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魁の紡ぎ  作者: 熊谷 柿
第3幕 北方民族の行方
35/42

台風の目

登場人物

〈漢〉

桓帝かんてい…………漢のみかど

唐衡とうこう…………漢の小黄門史しょうこうもんり。桓帝に仕える宦官かんがんのひとり。

梁冀りょうき…………漢の大将軍。桓帝により死に追い込まれる。

張奐ちょうかん…………漢の歴戦の将軍。故郷の涼州りょうしゅう隠棲いんせいしていたが、涼州武威郡の太守に復帰、大司農だいしのうの座に就く。

公孫延こうそんえん…………玄菟げんと郡の官吏かんり。漢からの独立を目論む。

段熲だんけい…………漢の歴戦の将軍。

公孫度こうそんど…………公孫延の子息。漢の都、洛陽で遊学する。

竇武とうぶ…………越騎校尉えつきこうい槐里侯かいりこう。桓帝の外戚がいせき

王衛おうえい…………張奐に仕える勇将。

鮮卑せんぴ

檀石槐…………鮮卑の部族の大人たいじん。各部族の大人を束ねる鮮卑のかい

素利そり…………鮮卑の部族の大人。鮮卑の軍師的存在。

慕容ぼよう…………鮮卑の部族の大人。万夫不当の豪傑。

宴茘游えんれいゆう…………鮮卑の部族の大人。鮮卑随一の狙撃手。

趙娥ちょうが…………檀石槐の妻。漢人。

和連かれん…………檀石槐と趙娥の子。

如羅じょら…………檀石槐の母。あやかしの雷獣らいじゅうにより檀石槐を身籠みごもる。

破多羅はたら…………檀石槐の祖母。如羅の母。巫者ふしゃのような特性を持つ。

弥加びか…………鮮卑の部族の女大人。剣術の手練者てだれ

厥機けつき…………鮮卑の部族の大人。素利の兄的存在。諸民族との盟約に奔走する。

置鞬落羅ちけんらくら…………鮮卑の部族の大人。宴茘游の副官。年長の歴戦の戦士。

成律帰せいりつき…………素利の弟。

陳正ちんせい…………漢からの亡命者。捕虜となった漢人を収容する施設の監督者。

李平りへい…………檀石槐に仕える漢人の使用人。

槐頭かいとう…………鮮卑の部族の大人。成長株の大人。

日律推演じつりつすいえん…………烏孫の捕虜となっていた鮮卑の部族の大人。宴茘游の副官。

柯最かさい…………鮮卑の部族の大人。娘子むすめだが長柄の武器の扱いに天稟てんぴんを見せる。慕容の副官。

南匈奴みなみきょうど

居車児きょしゃじ…………南匈奴の単于ぜんう。鮮卑の部族の大人、闕居を討った過去を持つ。

屠特ととく…………居車児の子息。次代の単于と目される。

夫餘ふよ

蓋蘇武ゲソム…………牛加ぎゅうかと呼ばれる夫餘の大将軍。

丁零ていれい

頡斤イルキン…………丁零の第二太子。盟約により鮮卑に合流する。慕容の副官。

烏孫うそん

昆弥コンビ…………烏孫の君主。

烏丸うがん

丘力居きゅうりききょ…………烏丸大人の有望株。成律帰の弟分。

 頡斤イルキンは、王衛おうえいを捉えた。突撃の勢いをそのままに、王衛の頭上から短槍の閃光を走らせた。後続する長柄を振りかざした戦士たちも、王衛の軍に割って入った。

 王衛も劣っていなかった。短槍をね上げると、かさずぎ払う。弾かれると、突きが返ってきた。身をよじってかわす。一合、二合、三合――と、互いに攻防が続いた。

「もしや、御主が王衛という奴か?」

 短槍を頭上に構えた頡斤が、緑の瞳を輝かせながらただした。

「私も鮮卑せんぴでは、いささか有名と見える」

 王衛も頭上に截頭せっとう薙刀なぎなたを構えた。視界が赤い。割れた額から血が眼に入る。

 頡斤は、嬉しそうに笑った。

「これは幸運。御主をたおせば、慕容ぼようさんに認めてもらえる」

「慕容だと――?」

 八年も前のことだった。王衛は、并州雲中郡武泉県へいしゅううんちゅうぐんぶせんけんでの鮮卑せんぴとの交戦を思い出した。

 屈辱だった。武略では、誰人だれにも劣らないと思っていた。初めて負けを認めざるを得ない相手が、異民族の鮮卑に居た。それ以来、更に武へ磨きを掛けた。慕容をたおすためだった。

「聞き捨てならぬ名が出た。まずは、何処どこぞの異民族の貴様から我が薙刀なぎなたさびにしてくれる」

 王衛は眼をくと、馬腹を蹴った。

 それに応じたように、頡斤も真っ向から馬を駈った。


 虚空こくうね上がっているのは、首だった。漢兵の壁をえぐるように右に馬首をひるがえしている。柯最かさいほこに、後続の戦士も長柄の武器で漢兵を斬っている。それを騎射の戦士が援護していた。

 物資を守る漢兵たちの隊列は、既に崩れていた。潰走に転じるのも時間の問題に見えた。

「よし、運び出すぞ!」

 柯最の一群に援護されながら、烏丸うがんの兵は丘力居きゅうりききょの号令で物資の略取に入った。

「おい、他所見よそみするなよ」

 はっと、その声に振り返った張奐ちょうかんは、咄嗟とっさに背から板斧はんぷを抜いた。発止はっしと短刀の一閃を防いだ。

 不敵な笑みを浮かべている。白い胡服こふくが、鮮血にまみれていた。板斧の反撃をものともせず、短刀で弾いては、すんでのところでかわしている。成律帰せいりつきは、張奐を足止めした。

 張奐の兵は、成律帰が率いた一群による騎射にばたばたと斃されていた。

 物資を守る漢兵たちが崩れた。南に潰走を始めている。

 その南からは、砂塵さじんを巻き上げ、更なる軍勢が怒涛どとうの如く押し寄せていた。一万ほどの騎馬軍だった。どれも子羊の髑髏どくろを首に飾っている。南匈奴みなみきょうどの一軍だった。

 勇んで先頭を駈ける者の眼付きは、依然として鋭かった。獣毛をあしらったさくを被り、白んだ口髭を蓄えた知命(五十歳)の頃の丈夫、居車児きょしゃじだった。

「やはり、こうでなくては生きた心地がせぬわ! 漢兵は捨て置き、ありったけの物資を奪え!」

 垂涎すいぜんの餓狼の群れは、巨大な花が咲くように散ると、膨大な物資に群がった。


 虚空で矢が交錯している。その戦場ですっかり馬脚を止めているのは、檀石槐だんせきかいの一騎だけだった。檀石槐は、ゆっくりと滅魂めっこんの剣を天にかざした。

 

 潰走を始めた漢兵の追い討ちから、柯最の一群は引き返した。槐頭かいとうは、更に逃げ惑う漢兵を追っている。

 その槐頭に、凶矢が向かった。槐頭は、はっとした。その矢が眼前で止まっている。ただ止まっているのではない。誰人かの手を貫いて止まっていた。槐頭は、その手の主を見遣った。顔に二本のげいが走っていた。

「じ、日律推演じつりつすいえん、お前……」

 驚愕きょうがくしたような槐頭を他所よそに、日律推演は、無造作にその矢を抜き捨てた。

「深追いしすぎだ、槐頭。そろそろ頃合だ」

 日律推演は、何事もなかったかのように馬首をひるがえした。すぐさま、槐頭も日律推演の後を追うようにした。槐頭は、馬腹を蹴ってくつわを並べた。

 左手からは鮮血が溢れ出ている。日律推演に眼も合わさず、槐頭は気まずそうに云った。

「……すまねえ。たすかった」

 顔に走った二本の痣が歪んだ。

如何どうということはない。痛みなど感じぬからだだ」

 日律推演は、寂しそうに笑ったようだった。


 停止した檀石槐を中心に、柯最の一群が旋回して駈けている。それに、日律推演と槐頭の一群も合流した。更に大きな渦が、檀石槐を取り巻いているようだった。

「良く覚えておけ」

 張奐と対峙していた成律帰は、張奐の板斧を大きくね上げると、後退あとずさった。あざけり笑うような笑みが浮いた。

「俺たちにとって、もはや漢は他愛たあいもない相手だ」

 成律帰は、馬首を巡らせた。それに一群が従った。

 既に、略奪を終えた丘力居の烏丸は撤退を開始している。

 それに遅れたように、居車児の南匈奴も退却を始めていた。

「……南匈奴とも繋がっていたか」

 張奐は、ほぞんだ。其処そこへ、兵がひとつのしらせを届けていた。

「張奐さま、西の異民族、ていきょうが連合し、武威ぶい張掖ちょうえきに侵攻した模様!」

 張奐は、愕然がくぜんとした。つい先日まで治めていた地だった。大人しくしていた西の異民族が、檀石槐に呼応したように牙を剥いていた。

「……檀石槐!」

 張奐は、鮮卑の車懸くるまがけに怒気を放った。成律帰の一群が加わり、更に大きくなっている。まさに、檀石槐は台風の目だった。

 すると、東、北、西の三方に、濛濛もうもうとした砂塵が見えた。新手の鮮卑の一群のようだった。各々一万ほどが寄せていた。


「やっぱりね。必ず張奐が出てくると思っていたよ」

 翡翠ひすいの耳飾りが揺れている。東からの一万騎を率いていたのは、素利そりだった。

 素利は、北方四郡への物資搬送は、檀石槐を誘き寄せる罠だと察していた。分析を重ねてきた素利にとって、違和感しかなかった。察したからこそ、漢の罠に乗った。

 一番物資の多いところに檀石槐が侵攻する。漢は、そう踏んでいたはずだった。そこに配置する将は、張奐しかいない。西域の武威太守だった張奐を大司農に任じたのも、鮮卑の隙を作ろうという魂胆が見え見えだった。

 張奐を相手に、新たな大人たいじんたちの力量を測る。盟約した他の部族に奪わせた物資は、交易により鮮卑にも流れてくる。

 そして、別の地域に向けた素利、慕容ぼよう宴茘游えんれいゆうの一群を、途中から雁門郡に向かうようあらかじ手筈てはずを整えていた。

 漢による乾坤一擲けんこんいってきの戦略は、素利の頭脳に負けていた。

弥加びか、檀石槐を迎えに往って」

 素利の下知に、弥加の一群は馬足を上げて急行した。


 何度馳せ違っても、互いに致命傷を与えることはできなかった。

 距離を取ってにらみ合った二人は、互いに汗塗れだった。

 肩で息をした頡斤は、短槍を肩に掛けるようにして云った。

「武に磨きを掛けたのかもしれないが、それは慕容さんも同じこと。私を斬れぬなら、慕容さんの方が御主より上だ、王衛」

 整った顔が蘇芳すおうに塗れていた。額の血は既に止まっている。肩を上下させた王衛が、頡斤を睨み返した。

「時は等しく流れている。互いに武へ傾注したとして、私と慕容の何が違う?」

 頡斤は、馬首を返した。清清すがすがしい笑みを王衛に向けた。

「己の方寸ほうすんに、大志を宿しているか否かだ」

 頡斤は、馬を棹立たせると、鮮卑の車懸けに向かった。それに長柄の一群が付き従った。


 檀石槐は、滅魂めっこんの剣を背のさやへ収めた。馬首を北に向けると、黒雷こくらいを駈けさせた。車懸けの形が崩れ、檀石槐に引き寄せられるように後続した。

 その一群に、三方から向かってきた鮮卑の別群も、合流するように北へ馬首を転換した。巨大な一群が、悠々と撤退しているようだった。

「ぐむむ。やりおるわ、檀石槐――」

 張奐も、王衛も、追撃できなかった。鮮卑が長城を越えて、北に帰る様子を傍観するしかなかった。完敗だった。

 西暦一六六年――。

 てのひらを返したように、懐柔策に出た漢は、檀石槐を王に封じた。

 檀石槐は、それを固辞した。

 代わって、広大な鮮卑の領域を正式に東部、中部、西部の三部に分けた。東部を素利、中部を慕容、西部を宴茘游、それぞれに統治させることにした。

 漢の桓帝は、北方遊牧騎馬民族の鮮卑に恐れを成した。鮮卑のかい、檀石槐におびえるようにして、桓帝は死んだ。

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