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魁の紡ぎ  作者: 熊谷 柿
第3幕 北方民族の行方
34/42

翻弄の鮮卑

登場人物

〈漢〉

桓帝かんてい…………漢のみかど

唐衡とうこう…………漢の小黄門史しょうこうもんり。桓帝に仕える宦官かんがんのひとり。

梁冀りょうき…………漢の大将軍。桓帝により死に追い込まれる。

張奐ちょうかん…………漢の歴戦の将軍。故郷の涼州りょうしゅう隠棲いんせいしていたが、涼州武威郡の太守に復帰、大司農だいしのうの座に就く。

公孫延こうそんえん…………玄菟げんと郡の官吏かんり。漢からの独立を目論む。

段熲だんけい…………漢の歴戦の将軍。

公孫度こうそんど…………公孫延の子息。漢の都、洛陽で遊学する。

竇武とうぶ…………越騎校尉えつきこうい槐里侯かいりこう。桓帝の外戚がいせき

王衛おうえい…………張奐に仕える勇将。

鮮卑せんぴ

檀石槐…………鮮卑の部族の大人たいじん。各部族の大人を束ねる鮮卑のかい

素利そり…………鮮卑の部族の大人。鮮卑の軍師的存在。

慕容ぼよう…………鮮卑の部族の大人。万夫不当の豪傑。

宴茘游えんれいゆう…………鮮卑の部族の大人。鮮卑随一の狙撃手。

趙娥ちょうが…………檀石槐の妻。漢人。

和連かれん…………檀石槐と趙娥の子。

如羅じょら…………檀石槐の母。あやかしの雷獣らいじゅうにより檀石槐を身籠みごもる。

破多羅はたら…………檀石槐の祖母。如羅の母。巫者ふしゃのような特性を持つ。

弥加びか…………鮮卑の部族の女大人。剣術の手練者てだれ

厥機けつき…………鮮卑の部族の大人。素利の兄的存在。諸民族との盟約に奔走する。

置鞬落羅ちけんらくら…………鮮卑の部族の大人。宴茘游の副官。年長の歴戦の戦士。

成律帰せいりつき…………素利の弟。

陳正ちんせい…………漢からの亡命者。捕虜となった漢人を収容する施設の監督者。

李平りへい…………檀石槐に仕える漢人の使用人。

槐頭かいとう…………鮮卑の部族の大人。成長株の大人。

日律推演じつりつすいえん…………烏孫の捕虜となっていた鮮卑の部族の大人。宴茘游の副官。

柯最かさい…………鮮卑の部族の大人。娘子むすめだが長柄の武器の扱いに天稟てんぴんを見せる。慕容の副官。

南匈奴みなみきょうど

居車児きょしゃじ…………南匈奴の単于ぜんう。鮮卑の部族の大人、闕居を討った過去を持つ。

屠特ととく…………居車児の子息。次代の単于と目される。

夫餘ふよ

蓋蘇武ゲソム…………牛加ぎゅうかと呼ばれる夫餘の大将軍。

丁零ていれい

頡斤イルキン…………丁零の第二太子。盟約により鮮卑に合流する。慕容の副官。

烏孫うそん

昆弥コンビ…………烏孫の君主。

烏丸うがん

丘力居きゅうりききょ…………烏丸大人の有望株。成律帰の弟分。

 二万騎の餓狼がろうが、并州雁門郡へいしゅうがんもんぐんに急襲した。勢いはそのままに長城を越え、狙う城郭まち馬邑ばゆうだった。その勢いを妨げるものは何もなかった。

 先頭を駈けているのは、黒い大きな獣のように見えた。黒雷こくらい疾駈しっくする檀石槐だんせきかいだった。

 いつもなら素利そりが居る辺りで成律帰せいりつきが駈けていた。檀石槐の後方では、槐頭かいとう日律推演じつりつすいえんが付き従っている。両翼には、頡斤イルキン柯最かさいが頬に風を受けていた。

 素利そり慕容ぼよう宴茘游えんれいゆうも、各々が戦士を率い、北方の各地に一群を向けているはずだった。

 東から駈け寄せる一群が見えた。三千騎ほどだった。その一群を率いるように先頭を駈けるのは、白い装束である。烏丸うがん兵を率いた丘力居きゅうりききょだった。

 西からも砂塵さじんが上がっている。近付いて来るようだった。

 丘力居は、三千の烏丸兵を鮮卑せんぴの一群に合流させると、成律帰とくつわを並べて駈けた。

 自ずと目的の地、馬邑が目前であることがわかった。

 幾つもの列を成して、引っ切りなしに物資を搬送する漢兵が見える。その範囲と数からして、公孫延こうそんえんからの情報は、今度も本物であることがわかる。

 ただし、鮮卑の侵攻に備えたような守兵も相当数に見えた。隊伍を組んだ大小の軍勢が、搬送される物資に並んで整然と移動している。

「想定していたよりも敵の数が多いが、このまま進んで良いな、檀石槐?」

 成律帰は、前方に眼を凝らしたままただした。

 檀石槐は、違和感を覚えていた。確かに、眼前の馬邑には、相当量の物資が運び込まれている。いつにも増して、漢兵の備えも万全に見える。総勢二万ほどは居るようだった。

 檀石槐は、精悍せいかんかんばせを不敵に歪めた。

「素利の指示どおりだ、成律帰」

「了解。ほら、往くぜ、丘力居」

 成律帰に不気味な笑みが浮くと、一群を率い、烏丸兵を伴って檀石槐を追い越した。

 迫り来る餓狼の群れに気付いた漢兵は、戸惑う様子がない。まるで、現れるのがわかっていたように立ち向かって来る。成律帰と丘力居は、その漢兵の波に躍り込んだ。

 檀石槐は、西へ手をかざした。

 右翼の柯最と、血気にはやる槐頭の一群が馬首をひるがえした。

 西に見えていた砂塵が大きくなるにつれ、姿を現したのは漢軍だった。騎兵、歩兵、弓兵、総勢三万の軍勢だった。

 先頭の騎馬軍を率いている将は、凛凛りりしい顔に無精髭ぶしょうひげを生やし、截頭せっとう薙刀なぎなたを手に重鎧じゅうがいまとっている。見覚えがあった。王衛おうえいだった。

 それに少し遅れて駒を巧みにっていたのは、赤の折上巾せつじょうきんを被り、痩身そうしん軽鎧けいがいを纏っている。三寸ほどの白い顎髯あごひげが風に揺れていた。まぎれもない張奐ちょうかんだった。

 漢の朝廷は、張奐を大司農だいしのうに任じた。同時に、張奐はみかど勅旨ちょくしたまわっていた。

「北方に残り、鮮卑を蹂躙じゅうりんした後、朝廷に馳せ参じよ――」

 朝廷は、秘密裏に張奐へ兵を送った。それには、王衛が動いていた。寄せ集めの兵ではなく、これまで張奐軍に従軍したことのある兵を選りすぐった。

 更に、漢は、鮮卑へのえさいていた。北方の四郡へ大々的に物資を搬入した。中でも、并州雁門郡馬邑県に一際多くの物資を送ることにしていた。鮮卑のかい、檀石槐を誘うためだった。

 これ以上の脅威となる前に鮮卑をたたく。桓帝かんていに起死回生の戦略をさずけたのは、竇武とうぶだった。

「張奐さま、黒尽くめが、檀石槐です」

 王衛は、振り返ると張奐に告げた。張奐は、北叟笑ほくそえんだ。

「わかりやすい。狙うは檀石槐ただひとりだ。必ず手土産を朝廷に持って帰るぞ」

「はっ」

 三万の漢兵が割れた。張奐と王衛がそれぞれ率いる形になった。

 檀石槐は、馬足を緩めた。戦場に己の存在を誇示するようだった。突如の張奐の出現にも驚いた様子はない。むしろ、嬉嬉ききとしている。その檀石槐を中心に、鮮卑の一群は渦を巻き、交錯する。


 鮮卑の騎射が風を切った。千矢が王衛の軍に降る。鮮卑の一群が長柄を振って擦り抜けると、後方に陣を構えた弓隊の前で馬首を急旋回させた。

 王衛に向かって猛烈な勢いで馳せていた。横から走ったのは閃光だった。

 ギイイイン――。

 王衛は、咄嗟とっさ薙刀なぎなたを立てるようにして、その閃光を防いだ。

「あれれ?」

 ほこを手にしていた。慕容ではない。一瞬、驚いた表情を見せたが、すぐに柔和な笑みとなった。柯最だった。それだけで、辮髪べんぱつの娘子は馬首をひるがえすと、旋回してきた一群を率いて去って往った。


 左翼の頡斤は、大きな半円を描くように右へ旋回している。物資を守る漢兵の群れをえぐるように駈けた。頡斤がる短槍が、旋風の如く漢兵の首をね上げた。

 巨大な鉄槌てっついで漢兵を弾き飛ばす丘力居に、烏丸兵が騎射で援護している。

 成律帰は、次々と馳せ違う漢兵に、短刀の一閃を浴びせている。白い胡服が、返り血を浴びる度に赤く染まった。頡斤の参戦を認めると、一群を率いて馬首を翻した。


 疾駈する張奐は、檀石槐の姿を捉えた。戦場を悠々と並足で駈けている。檀石槐も張奐に気付いたようだった。背から剣を抜き放った。駈けて来た。

 孔雀くじゃくの羽のように八本背負っている。張奐は、背から板斧はんぷを二本取り出した。そのまま檀石槐に向かって駈けた。

「お前は大きくなりすぎた、檀石槐! 此処ここで仕留める!」

 張奐は、檀石槐の首を目掛け、流星の如く板斧を投げ飛ばした。刹那せつな、左の蟀谷こめかみに衝撃が走った。

飛礫つぶてか――⁉」

 左方を見遣みやると、顔に二本の痣が走った胡服の男が、腰に結わえた小さな皮袋から取り出し、しきりに何かを投げている。それは全て、張奐に後続する兵の顔に当っているようだった。それに乗じて、日律推演に付き従う鮮卑の戦士が騎射を放っている。

 檀石槐は、急速旋回しながら飛来する板斧を弾き上げた。黒雷こくらいの馬腹を蹴る。張奐が迫った。

 張奐は、板斧をぐようにして一閃を放った。

 檀石槐は、それをね上げた。板斧が、張奐の手から飛んで離れた。

 馳せ違い様に張奐は、檀石槐の顔を見た。笑っていた。

 勢いをそのままに、檀石槐は、神速の剣技で張奐の後続の間を擦り抜けた。檀石槐が駈け去った後に血飛沫ちしぶきが舞っている。日律推演の一群も檀石槐を追うようにした。

「黒尽くめだ! 檀石槐を狙え!」

 振り返って叫ぶ張奐に、後方から走り寄せている漢兵がを構えた。

 檀石槐は、弩兵に向かって駈けている。日律推演の一群が騎射を放つ。

 その刹那、弩兵軍の右側から猛烈な勢いで突撃したのは、白い胡服が鮮血に塗れた成律帰の一群だった。またたく間に弩兵が蹂躙されている。

 檀石槐は、それを目前に馬足を緩め、大きく右へ黒雷を巡らせた。


 矢の雨が降ってきた。王衛がそう思った次の瞬間には、短刀の一群に足止めを食らった。手数が多い。無闇矢鱈むやみやたらに短刀を振っているようだが、攻勢に転じる隙がないほどの白光だった。右の頬に大きな傷痕がある。

 王衛が率いた軍は、速度を奪われた。先ほどの長柄の部隊に速度を落とされ、次の短刀の部隊で完全に奪われていた。

「良し、退くぞ! 次は、向こうだ!」

 槐頭は距離を取ると、王衛には興味をいっしたように馬首を翻した。それに一群が付き従って引き返している。

 その間を擦り抜けるようにして現れた一群は、弓の一群だった。届くはずもない距離から矢が放たれていた。率いていたのは日律推演だった。放たれる矢の数が多い。加えて、面白いように漢兵に矢が突き立っている。

 すると、王衛の額が割れた。鮮血が噴出した。飛んできたのは飛礫だった。


 長柄の一群が、張奐軍に牙をいていた。先陣を切るような柯最が、矛を振る度に首が宙を舞っている。それに後続の戦士が勢い付いているようだった。

 危機感を覚えた張奐は、柯最の背を狙って、虚空こくうを斬るように板斧を飛ばした。

 刹那、振り返った柯最は、にこにこと笑っている。矛で板斧を叩き落した。張奐には興味も示さず、柯最は、物資を守る漢兵の一団に群れを率いて駈けた。


 額から血を流した王衛を認めると、日律推演の一群は馬首を返した。二本の刺青いれずみが走った顔が奇妙に動いた。笑ったようだった。

 はっとした王衛は、右に眼を向けた。短槍の暴威が間近に迫っている。白金しろがねよろいを纏っていた。赤い髪と緑の瞳をしている。鮮血の尾を引いた首が宙を舞う。後続も、長柄の武器で短槍の暴威に続いていた。

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