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魁の紡ぎ  作者: 熊谷 柿
第3幕 北方民族の行方
33/42

四拠点への一挙侵攻

登場人物

〈漢〉

桓帝かんてい…………漢のみかど

唐衡とうこう…………漢の小黄門史しょうこうもんり。桓帝に仕える宦官かんがんのひとり。

梁冀りょうき…………漢の大将軍。桓帝により死に追い込まれる。

張奐ちょうかん…………漢の歴戦の将軍。故郷の涼州りょうしゅう隠棲いんせいしていたが、涼州武威郡の太守に復帰、大司農だいしのうの座に就く。

公孫延こうそんえん…………玄菟げんと郡の官吏かんり。漢からの独立を目論む。

段熲だんけい…………漢の歴戦の将軍。

公孫度こうそんど…………公孫延の子息。漢の都、洛陽で遊学する。

竇武とうぶ…………越騎校尉えつきこうい槐里侯かいりこう。桓帝の外戚がいせき

鮮卑せんぴ

檀石槐…………鮮卑の部族の大人たいじん。各部族の大人を束ねる鮮卑のかい

素利そり…………鮮卑の部族の大人。鮮卑の軍師的存在。

慕容ぼよう…………鮮卑の部族の大人。万夫不当の豪傑。

宴茘游えんれいゆう…………鮮卑の部族の大人。鮮卑随一の狙撃手。

趙娥ちょうが…………檀石槐の妻。漢人。

和連かれん…………檀石槐と趙娥の子。

如羅じょら…………檀石槐の母。あやかしの雷獣らいじゅうにより檀石槐を身籠みごもる。

破多羅はたら…………檀石槐の祖母。如羅の母。巫者ふしゃのような特性を持つ。

弥加びか…………鮮卑の部族の女大人。剣術の手練者てだれ

厥機けつき…………鮮卑の部族の大人。素利の兄的存在。諸民族との盟約に奔走する。

置鞬落羅ちけんらくら…………鮮卑の部族の大人。宴茘游の副官。年長の歴戦の戦士。

成律帰せいりつき…………素利の弟。

陳正ちんせい…………漢からの亡命者。捕虜となった漢人を収容する施設の監督者。

李平りへい…………檀石槐に仕える漢人の使用人。

槐頭かいとう…………鮮卑の部族の大人。成長株の大人。

日律推演じつりつすいえん…………烏孫の捕虜となっていた鮮卑の部族の大人。宴茘游の副官。

柯最かさい…………鮮卑の部族の大人。娘子むすめだが長柄の武器の扱いに天稟てんぴんを見せる。慕容の副官。

南匈奴みなみきょうど

居車児きょしゃじ…………南匈奴の単于ぜんう。鮮卑の部族の大人、闕居を討った過去を持つ。

屠特ととく…………居車児の子息。次代の単于と目される。

夫餘ふよ

蓋蘇武ゲソム…………牛加ぎゅうかと呼ばれる夫餘の大将軍。

丁零ていれい

頡斤イルキン…………丁零の第二太子。盟約により鮮卑に合流する。慕容の副官。

烏孫うそん

昆弥コンビ…………烏孫の君主。

烏丸うがん

丘力居きゅうりききょ…………烏丸大人の有望株。成律帰の弟分。

 慕容ぼようの右隣で、にこにこと笑っている。

 華奢きゃしゃ体軀たいく辮髪べんぱつ娘子むすめだった。その柯最かさいに、大人たいじんたちは息を飲んだ。無理もない。武勇で名の通る慕容が、こうも簡単に力量を認めるなど、これまでにないことだった。

 柯最は、慕容が見出した逸材だった。慕容のように、幼い頃から棒で家畜を操縦していた。慕容は、柯最が十四の頃に出会った。長柄の武器を使わせてみると、その才は開花した。斬るべきところが光って見えるという。慕容は、武勇だけでなく、大人たる器量の持ち主へと柯最を育成した。

 柯最は、笑みを浮かべた柔和な顔で一礼した。

「じゃあ、次は、俺からの紹介だな」

 宴茘游えんれいゆうも腕組みとなると、胸を反らすようにした。

「皆も聞いているだろう。日律推演じつりつすいえんが戻ってきた。以前よりも、戦場での嗅覚きゅうかくは増している。まぎれもない即戦力だ」

 宴茘游は、左に座した日律推演に眼を遣った。

 日律推演の部族では、十年ほどの間、大人が不在だった。部族の民は、望みを捨てず捕虜となった日律推演と連れ去られた者の還りを待っていた。

 しかし、帰還したのは、日律推演だけだった。日律推演は、部族の民に低頭して謝罪した。変わり果てた大人の容姿と、残された遺族へ謝罪する日律推演の姿に、部族は再び日律推演を大人に推し上げていた。

「待っていた、日律推演。お前の力を貸してくれ」

 檀石槐だんせきかいは、日律推演に笑みを向けた。

 それに日律推演も笑みを返した。顔に走った二本の青い痣のようなげいが、奇妙に動いた。日律推演は、佇立ちょりつすると大人たちを見回した。

「日律推演だ。人相は変わってしまったが、こうやって集まれる日を夢見てきた。少しは役に立てると思う」

「良い男になって還って来たじゃねえか、日律推演」

 恐れ知らずな慕容は、優しげな眼でせせら笑った。

「おいおい、烏孫うそんなんかにとっ捕まって、長い間、奴隷だったような弱者が戦力だって? 顔に入ったすみは罪人のあかしだ。そんな非力な奴と一緒に戦場を駈け回るなんざ、俺は御免だ」

 鋭い眼付きを日律推演に走らせたのは、槐頭かいとうだった。

「おい! 貴様……」

 宴茘游は、弾かれたように腰を上げた。槐頭に食って掛かろうとするのを日律推演が制した。

「良いんだ、宴茘游」

 日律推演に浮いたのは、寂しげな微笑だった。しかし、顔の刺青いれずみがそれをわからなくさせていた。

「槐頭」

 檀石槐は、槐頭を見詰めた。

「お前が大人となって日が浅いのは知っている。だが、大人に不可欠なものは、人の心の痛みを知ることだ。これを知らねば、いつになっても部族をまとめることなどできない」

 槐頭は、檀石槐をにらみ返した。それを冴えた眼差まなざしで受け止めた檀石槐は、続けた。

「日律推演から人の心が何たるかを学べ、槐頭」

 くやしげな表情となった槐頭は、その場から逃げ出すように席を立った。

「槐頭、待ちなよ!」

 それを追ったのは、素利そりだった。

「嫌な思いをさせて悪かったな、日律推演。槐頭も血気にはや性質たちだ。お前に引けを取りたくなかったと見える。すまん」

 檀石槐は、胡床こしょうから腰を上げると、日律推演に頭を下げた。

「おいおい、世間から鮮卑せんぴの王と云われるお前が、俺に頭など下げるな、檀石槐。これくらいでへこたれる玉ではないことくらい知っているだろう」

「まあ、あれくらい威勢が良くなければ、鮮卑の将来も暗い」

 宴茘游はそう云うと、日律推演とそろって腰を下ろした。

「何だよ。殴り合いの喧嘩でも見られると思ったのによ」

 慕容は、宴茘游と日律推演をあざけり笑った。

 宴茘游の右に座していた置鞬落羅ちけんらくらは、呆気あっけに取られていた。既に五十を過ぎ、集った者の中では最年長だったが、一癖も二癖もある大人たちを前に、傍観せざるを得なかった。

 檀石槐の言動を眼に、どういう訳か、弥加びか恍惚こうこつとした表情を浮かべている。

 頡斤イルキンも似たようなものだった。目の当たりにした檀石槐の器のようなものに、緑の瞳を輝かせていた。

 終始和やかな笑みを絶やさず、落ち着き払っていたのは、柯最だった。

「今や漢は、北辺の地に大量の物資を移送しようとしている」

 檀石槐は、話題を変えた。それに反応したように、大人たちの顔付きも変わった。

「大きな拠点は四つだ。并州へいしゅうは、雁門郡がんもんぐん五原郡ごげんぐん幽州ゆうしゅうは、上谷郡じょうこくぐん遼西郡りょうせいぐん。その中でも、并州雁門郡に大規模の物資が運び込まれる」

「だから、僕たちも四つに分かれて行動する」

 いつの間にか戻っていた素利が云った。槐頭は、戻っていなかった。

「并州五原郡は、宴茘游と置鞬落羅が一万を率いる。幽州上谷郡には、慕容が一万、幽州遼西郡は、僕と弥加が一万を率いて侵攻する」

「大規模の并州雁門郡には、檀石槐が向かうのか?」

 宴茘游の問いに、素利は一度、うなずいて続けた。

「并州雁門郡は、二万を率いる檀石槐を向ける。これに、丘力居きゅうりききょ烏丸うがん三千も加わる。そして、檀石槐には、成律帰、槐頭、頡斤、柯最、日律推演が付き従う」

 弥加は、肩を落として項垂うなだれた。

 一方、頡斤は拳に力が入った。

「これから鮮卑を引っ張る次世代の大人たちだ。俺も力を見極めたい」

 檀石槐は、行動を共にする大人たちに眼を細めた。

「面白そうじゃねえか。俺はひとりか。久し振りに自由にやらせて貰うぜ」

 慕容は、首と肩を回した。ゴリゴリと音が鳴った。

「僕もだけど、慕容と宴茘游も、これまでとやることは一緒だよ。侵攻の折は、戦いと略奪に夢中になるのも良いけど、戦士たちを見極め、育成していくということも忘れないで」

「そうだったな」

 宴茘游は、もありなんと云わんばかりに、首を縦に振った。

「何てこった。これじゃあ、自由に暴れる間もねえな」

 肩を落とした慕容に、一同は声を上げて笑った。

「良し。では、期日は追って伝える」

 檀石槐は、胡床から腰を上げた。それにならったように大人たちも座を立つと、再び各地へ散って往った。

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