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魁の紡ぎ  作者: 熊谷 柿
第3幕 北方民族の行方
32/43

新生の鮮卑

登場人物

〈漢〉

桓帝かんてい…………漢のみかど

唐衡とうこう…………漢の小黄門史しょうこうもんり。桓帝に仕える宦官かんがんのひとり。

梁冀りょうき…………漢の大将軍。桓帝により死に追い込まれる。

張奐ちょうかん…………漢の歴戦の将軍。故郷の涼州りょうしゅう隠棲いんせいしていたが、涼州武威郡の太守に復帰、大司農だいしのうの座に就く。

公孫延こうそんえん…………玄菟げんと郡の官吏かんり。漢からの独立を目論む。

段熲だんけい…………漢の歴戦の将軍。

公孫度こうそんど…………公孫延の子息。漢の都、洛陽で遊学する。

竇武とうぶ…………越騎校尉えつきこうい槐里侯かいりこう。桓帝の外戚がいせき

鮮卑せんぴ

檀石槐…………鮮卑の部族の大人たいじん。各部族の大人を束ねる鮮卑のかい

素利そり…………鮮卑の部族の大人。鮮卑の軍師的存在。

慕容ぼよう…………鮮卑の部族の大人。万夫不当の豪傑。

宴茘游えんれいゆう…………鮮卑の部族の大人。鮮卑随一の狙撃手。

趙娥ちょうが…………檀石槐の妻。漢人。

和連かれん…………檀石槐と趙娥の子。

如羅じょら…………檀石槐の母。あやかしの雷獣らいじゅうにより檀石槐を身籠みごもる。

破多羅はたら…………檀石槐の祖母。如羅の母。巫者ふしゃのような特性を持つ。

弥加びか…………鮮卑の部族の女大人。剣術の手練者てだれ

厥機けつき…………鮮卑の部族の大人。素利の兄的存在。諸民族との盟約に奔走する。

置鞬落羅ちけんらくら…………鮮卑の部族の大人。宴茘游の副官。年長の歴戦の戦士。

成律帰せいりつき…………素利の弟。

陳正ちんせい…………漢からの亡命者。捕虜となった漢人を収容する施設の監督者。

李平りへい…………檀石槐に仕える漢人の使用人。

槐頭かいとう…………鮮卑の部族の大人。成長株の大人。

日律推演じつりつすいえん…………烏孫の捕虜となっていた鮮卑の部族の大人。

南匈奴みなみきょうど

居車児きょしゃじ…………南匈奴の単于ぜんう。鮮卑の部族の大人、闕居を討った過去を持つ。

屠特ととく…………居車児の子息。次代の単于と目される。

夫餘ふよ

蓋蘇武ゲソム…………牛加ぎゅうかと呼ばれる夫餘の大将軍。

丁零ていれい

頡斤イルキン…………丁零の第二太子。盟約により鮮卑に合流する。慕容の副官。

烏孫うそん

昆弥コンビ…………烏孫の君主。

烏丸うがん

丘力居きゅうりききょ…………烏丸大人の有望株。成律帰の弟分。

 漢の都、洛陽――。

竇武とうぶではないか。何か変事でもあったか?」

 玉座に在る桓帝かんていの前に拝跪はいきしていたのは、越騎校尉えつきこうい槐里侯かいりこうの竇武だった。

 長女の竇妙とうみょう皇后こうごうに取り立てられている。云わば、竇武は桓帝の外戚がいせきだった。それゆえに、桓帝からの厚遇を受け、今の地位にまで登ったが、竇武は警戒を怠らなかった。

 梁冀りょうきの前例がある。宦官かんがんたちからの嫉妬しっとの眼に備えた。自らの行いを清くし、一族にもそれを強いた。朝廷のために名士を数多く推挙し、礼として寄せられる賄賂わいろは、公然と受け取ることにしていた。私利私欲がある訳ではなかった。それで宦官たちの眼をあざむけた。

 竇武は、漢の往く末をうれう忠臣だった。その竇武が、桓帝に面会を求めた。

 宦官たちの眼にも、竇武は害を成さないと映っていた。

「陛下のお耳に入れたき儀がございます」

「何だ? ちんの威光により、世と民は平穏ではなかったのか?」

 以前より頬がけた桓帝は、少々驚いた様子で竇武にただした。

 事実がつぶさに報告されていない。今や、朝政を牛耳っているのは宦官だった。守銭奴しゅせんどと化した宦官は、自分たちにとって不都合に働くことは、桓帝に伝えていなかった。してや、異民族による北辺への侵攻のことなど、桓帝の耳に入れようともしていなかった。

「漢の周囲でうごめく異民族どもが力を付けてきております。中でも、北辺の鮮卑せんぴは脅威。急速に勢力を増しておる様子。襲撃を受ける北辺の民は、財貨と家畜を奪われ、心休まるいとまもございません。どうか、陛下の御威光により、民に救いの手を……」

「そんなことが起きておったのか? 朕の耳には入っておらぬが……」

「陛下の御心を騒がせたくなかったのでございましょう」

 竇武は、宦官たちの敵意から逃れるような答弁をした。

「して、何か良い知恵はあるのか、竇武?」

「はっ。では、失礼して……」

 竇武は、桓帝に身を寄せると耳打ちした。

 桓帝は、竇武の提言にふむふむと頷首がんしゅした。

 それから間もなく、涼州武威郡りょうしゅうぶいぐんの太守だった張奐ちょうかんが、大司農だいしのうの座に就いた。朝廷の国家財政を司る九卿きゅうけいのひとつである。大きな出世だった。

 謹厳きんげんな張奐の選任は、国家の再生に踏み出したかのように見えた。

 しかし、これに胸をで下ろしたのは他でもない。鮮卑だった。

 公孫延こうそんえんからの情報でも、張奐が中央の要職に就いたことを告げていた。間違いないようだった。張奐が北辺に姿を現すようなことは、考えられなかった。

 檀石槐は、弾汗山だんかんさんふもとにある啜仇水せつきゅうすいほとり大人たいじんたちを招集した。

 穹廬きゅうろの中で会合をするには、暑さを感じる季節となっていた。啜仇水を眺めるように、胡床こしょうを円座に配置した。

 集ったのは、東方から素利そり成律帰せいりつき弥加びか槐頭かいとうだった。成律帰は、白い胡服こふくを白い鳥羽で彩った若者を連れていた。

 中央からは、慕容ぼよう頡斤イルキン辮髪べんぱつ娘子むすめを伴っていた。

 そして、西方からは、宴茘游えんれいゆう置鞬落羅ちけんらくら日律推演じつりつすいえんの顔触れだった。

 集った者の中には、互いに初対面の者もあった。

 檀石槐だんせきかいは、参集した大人たちを見回してから云った。

「諸部族との盟約は、厥機けつきの尽力により順調に進んでいる。夫餘ふよ丁零ていれい烏孫うそん、そして、烏丸うがんとは、既に交易が始まっている。今、厥機は、堅昆けんこんとの交渉を進めているところだ」

 檀石槐は、大人たちからの意見を促すように話を区切った。発言する者は居ないようだった。

「そして、張奐が中央へ去った。これに乗じて、北辺に大規模な侵攻を仕掛ける」

「大規模な侵攻?」

 慕容が、怪訝けげんな顔をした。これに応じたのは、素利だった。

「今回は、烏丸うがんの部族とも連携する。だから、今日も来てもらっているんだ」

 素利は、白尽くめの若者を見遣みやった。

 その若者は、弾かれたように佇立ちょりつした。ずとした様子だった。

「う、烏丸の、き、丘力居きゅうりききょです。よ、よろしくお願いします」

 巨漢だが、温厚そうな顔をしている。まだ二十にも満たないようだった。成律帰を兄のように慕う烏丸大人の有望株だった。

 烏丸族は、塞内さいないで漢人と同居する民族だったが、その勢力地は、鮮卑の東部と隣接している。丘力居は公孫延とも繋がっており、この丘力居を通して、烏丸との盟約は時を要せずして成っていた。

「若いが、用兵には眼を見張るものがある。どうか可愛がってやってくれ」

 同じように白い胡服を纏った成律帰が、大人たちを一望した。

「それと、東方からは新たに槐頭が参加している。大人となってまだ日も浅いが、充分な戦力だよ」

 素利が紹介すると、槐頭は、胡床に腰を下ろしたまま身を乗り出した。不敵に顔を歪めると、右の頬の傷痕きずあとが生き物のように動いた。切れ長の眼で大人たちを見遣った。

「俺が、槐頭だ」

「威勢の良い奴が出てきたな。だったら、俺も紹介させて貰うぜ」

 腕組みをした虎髭とらひげの慕容が、胸を張った。

「知っている奴も居ると思うが、まずは、此奴こいつが丁零の頡斤だ。腕も立つが、戦況を読む力も備わっている。此奴のお陰で、俺の仕事も大分減った」

 慕容は、左側に座した白金の軽鎧けいがいまとった若武者を見遣った。赤い髪に、瞳は緑だった。

 頡斤は佇立ちょりつすると、深々と頭を下げた。その眼は、檀石槐を見ていた。頡斤は、鮮卑の大人ではない。慕容直属の副官ということになっている。

 檀石槐とは、鮮卑に来たばかりの頃に面会していた。その時も気圧されそうだったが、やはり、今回も圧倒的な威厳を放っていた。鮮卑の王と呼ばれるに相応ふさわしい檀石槐に、頡斤は畏敬いけいの念すら抱いていた。

「そして、此奴が柯最かさいだ。大人になったばかりだが、長柄の才覚は、俺より上だ」

「――――⁉」

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