因縁の相手
登場人物
〈漢〉
桓帝…………漢の帝。
唐衡…………漢の小黄門史。桓帝に仕える宦官のひとり。
梁冀…………漢の大将軍。桓帝により死に追い込まれる。
張奐…………漢の歴戦の将軍。故郷の涼州で隠棲する。
公孫延…………玄菟郡の官吏。漢からの独立を目論む。
〈鮮卑〉
檀石槐…………鮮卑の部族の大人。各部族の大人を束ねる鮮卑の魁。
素利…………鮮卑の部族の大人。鮮卑の軍師的存在。
慕容…………鮮卑の部族の大人。万夫不当の豪傑。
宴茘游…………鮮卑の部族の大人。鮮卑随一の狙撃手。
趙娥…………檀石槐の妻。漢人。
和連…………檀石槐と趙娥の子。
如羅…………檀石槐の母。妖しの雷獣により檀石槐を身籠る。
破多羅…………檀石槐の祖母。如羅の母。巫者のような特性を持つ。
弥加…………鮮卑の部族の女大人。剣術の手練者。
厥機…………鮮卑の部族の大人。素利の兄的存在。近隣諸国との外交を担当する。
置鞬落羅…………鮮卑の部族の大人。宴茘游の副官。年長の歴戦の戦士。
成律帰…………素利の弟。
〈南匈奴〉
居車児…………南匈奴の単于。鮮卑の部族の大人、闕居を討った過去を持つ。
公孫延からの情報に、素利が更に精査を加えている。
この年、檀石槐は、西の鮮卑の一群を率いて并州雁門郡に侵攻した。貌触れの中には、宴茘游と置鞬落羅もある。宴茘游の用兵には巧みなものがあった。それを支える置鞬落羅との連携も申し分ない。戦果は上々たるものだった。
四か月後、檀石槐は、中ほどの鮮卑の一群を率いて幽州遼西郡に侵攻した。慕容の一群を伴った。果敢な慕容に、戦士たちも良く付き従っている。戦果も申し分ないものだった。
しかし、課題はあった。それは、宴茘游も慕容も一様に提起していた。若手の育成と戦力の増強だった。
千騎を超える一群を束ねる力量のある者が少ない。特に、慕容の一群はそれが顕著だった。僅かだが、足並みが揃わない局面がある。副官のような存在だった闕居を失った慕容の一群は、慕容の意思が隅々の戦士にまで伝わりきれていない。率いる戦士が多くなるにつれ、それは大きな綻びになり兼ねなかった。
東の鮮卑でも似たような状況だった。厥機が外交の担当となり、鮮卑を取り巻く民族間を駈け回っていた。厥機が不在の穴は、素利の弟、成律帰が埋めていた。
つまり、新たな大人たちの育成が、課題として浮き彫りとなっていた。
そして、漢の北辺、その守兵が増員されていた。張奐ほどの将が、まだ北辺には配属されていなかった。代わりに、守兵を増員して対応しているように見えた。宴茘游と慕容がそれぞれ率いた一群は、単に守兵の増員をものともしなかっただけだった。
鮮卑の人口は、戦果とも相まって増加傾向にある。年々、戦士も増えていく筈だが、それには時を要する。仮に、敗戦が続き、失う戦士が増えれば、侵攻する回数や人数も見直さなければならない。
檀石槐は、弾汗山の麓にある啜仇水の畔に大人たちを招集した。今回は、慕容と宴茘游の姿もあったが、厥機が不在だった。
その厥機と入れ替わるように出席したのは、成律帰だった。成律帰には、少し風変わりなところがあった。白い胡服を好んで着る。この日も白い胡服を纏っていた。
檀石槐は、大人たちを前に提唱した。
「侵攻に出た折、戦士たちをよく見る。これは、と思える者を見極め、育てる。当然、戦が得手というだけでは駄目だ。大人としての資質も見極めなければならない。これは重要なことだ」
檀石槐は、胡床に腰を下ろし、円座となっている大人たちを見回した。
「そうだな。芽が出そうな奴を見付けたら、いきなり副官のようなことをやらせてみるのも良いかもしれねえ」
腕組みをしている。頷きながら聞いていた慕容が、真剣な面持ちで付言した。
それに檀石槐も頷き返すと、続けた。
「そして、戦力の増員だが、これは、急な改善は無理だ」
「何処の部族も若い奴は多く居るが、戦場に出るにはまだ早熟だ。数年を掛け、徐々に戦士が増えていくということだろう」
一寸ほど伸びた髯を扱きながら、宴茘游が大人たちを一望した。
「けど、どうしても急激な戦力の増加が、必要になることもあるかもしれない。それを見越して、檀石槐が先手を打ったんだ」
「あん? どういうことだ、檀石槐?」
素利の意見を聞いた慕容は、首を傾げると檀石槐に尋ねた。
「此処で、厥機の仕事が生きてくる。急いで戦力を増強したい場合、盟約を交わした民族に援軍を申し出る」
「ほう!」
慕容は、膝を打って大きな声を発した。
「そういうことであれば、漢との距離が近い民族から盟約を交わした方が得策だな」
急激な戦力増加が必要となる場合、相手は漢である可能性が高い。それを見越して宴茘游が発言していた。
「これは、厥機にも伝えてある。今は、烏丸族と交渉している筈だよ」
素利は、宴茘游に微笑み返した。
「俺からも話して良いか?」
声の主に視線が集中した。白い胡服を纏っている。成律帰だった。揺れる藍玉の耳飾りが綺羅と輝いていた。
「何だ、成律帰? 何か云いたいことがあるの?」
素利は、怪訝な顔を弟の成律帰に向けた。
「まだ、兄者にも云ってねえけど、公孫延さんから助言が来ている。兄者が情報の精査で忙しそうだから、俺の処に間者を寄越したんだろう。良い機会だ。いずれ、大人の皆にも意見を聞くことになるだろうと思っていたからな」
「公孫延さんは、何と云ってるの?」
成律帰は、身を乗り出して大人たちを見渡した。成律帰に不気味な笑みが浮いた。
「南匈奴を取り込め――だとよ」
「――――⁉」
大人たちは、息を飲んだ。中でも慕容は眉間に皺を寄せ、瞑目した。無理もない。副官の闕居は、南匈奴の単于、居車児に討たれている。大人たちの反応を見て、成律帰は胸を反らして腕組みすると続けた。
「まあ、そうなるよな。闕居を殺ったのは居車児だもんな。だが、公孫延さんはそれをわかっていて助言している」
「続けてくれ、成律帰」
檀石槐も慕容と同じように、眉間へ皺を寄せ瞑目している。
成律帰は、一度、にこりと微笑んだ。
「南匈奴は、漢の属国に違いないが、張奐が失職した今、漢の監視が弱まっている。それに、単于の居車児は、以前、漢への反乱を張奐に看破されている」
「つまり、南匈奴は漢に恭順していない。長城の内側にいる南匈奴と盟約を交わすことで、僕たちの動きにも選択肢が増える、ということだね?」
成律帰が、再び不気味な笑みとなった。
「流石は兄者。そういうことだ」
「南匈奴が、俺たちの申入れを受け入れるか。どうも、それが見えないな」
静かに眼を開いた檀石槐が、成律帰と素利を見比べた。
「慕容は、どう思う?」
素利が、慕容に聞いていた。慕容の意見により、大きく左右されそうな案件だった。
慕容は、瞑目したまま応じた。
「闕居が死んだこととは、また別の話だ。俺は、檀石槐に付いて往くと決めている。それだけだ」
檀石槐は、微笑した。それを見た宴茘游と素利にも微笑が浮いていた。
慕容が、内心では激怒していることがわかっていた。眼を閉じたままでいるのが何よりの証拠だった。我慢を覚えた慕容が、大人たちの前で格好をつけている。それが、三人にはおかしかった。
「南匈奴と盟約を交わすにしても、時を要する筈だ。只、盟約を交わす相手のひとつとして数えておこう。この件は、厥機にも伝えておく」
瞑目する慕容を見遣った檀石槐は、諭すように語った。




