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魁の紡ぎ  作者: 熊谷 柿
第3幕 北方民族の行方
26/43

大抜擢

登場人物

〈漢〉

桓帝かんてい…………漢のみかど

唐衡とうこう…………漢の小黄門史しょうこうもんり。桓帝に仕える宦官かんがんのひとり。

梁冀りょうき…………漢の大将軍。桓帝により死に追い込まれる。

張奐ちょうかん…………漢の歴戦の将軍。故郷の涼州りょうしゅう隠棲いんせいする。

鮮卑せんぴ

檀石槐…………鮮卑の部族の大人たいじん。各部族の大人を束ねる鮮卑のかい

素利そり…………鮮卑の部族の大人。鮮卑の軍師的存在。

慕容ぼよう…………鮮卑の部族の大人。万夫不当の豪傑。

宴茘游えんれいゆう…………鮮卑の部族の大人。鮮卑随一の狙撃手。

趙娥ちょうが…………檀石槐の妻。漢人。

和連かれん…………檀石槐と趙娥の子。

如羅じょら…………檀石槐の母。あやかしの雷獣らいじゅうにより檀石槐を身籠みごもる。

破多羅はたら…………檀石槐の祖母。如羅の母。巫者ふしゃのような特性を持つ。

弥加びか…………鮮卑の部族の女大人。剣術の手練者てだれ

厥機けつき…………鮮卑の部族の大人。素利の兄的存在。

置鞬落羅ちけんらくら…………鮮卑の部族の大人。宴茘游の副官。年長の歴戦の戦士。

成律帰せいりつき…………素利の弟。

 漢のみかど桓帝かんていは、宦官かんがん唐衡とうこう等と共に、梁冀りょうきの専権に反発する機会をうかがっていた。

 梁冀の妻である梁女瑩りょうじょえいが病で世を去ると、桓帝と唐衡は、梁冀の討伐に打って出た。屋敷を禁軍に取り囲まれ、事の次第を悟った梁冀は、呆気あっけなく自害した。後に、梁冀の財産を調べると、国庫の半分ほどもあった。

 その梁冀に連座して、死刑や免職になった者は、三百人を超えた。朝廷には人が居ないようになった。

 張奐ちょうかんは、死罪こそ免れたものの、官職は取り上げられ、故郷の涼州りょうしゅうでの隠棲いんせいを余儀なくされた。張奐も梁冀が推挙した者のひとりだった。

 北辺の変事に眼を光らせ、謀略ぼうりゃくに巧みな張奐が失脚し、天は鮮卑せんぴに味方したかに見えた。

 しかし、異変は、それだけで収まらなかった。

 辺境の各民族にまで、鮮卑では漢から略奪した物資で潤っていることが伝わった。それに加え、先導する檀石槐だんせきかいの名も、各地に鳴り響いた。

 隣接する東の夫餘ふよ、北の丁零ていれい、西の烏孫うそんが、頻繁に鮮卑へ侵攻した。幸い、奥地までの侵攻ではなく、鮮卑がどう出るのか牽制けんせいしているようなものだった。

 それを追い返すのに各地の大人たちは奔走ほんそうした。素利そり慕容ぼよう宴茘游えんれいゆうも、戦士を率い、神出鬼没の侵入者に応戦した。鮮卑の大人たいじんたちは多忙を極めた。

 更に、これも変事と云えば変事だった。檀石槐と趙娥ちょうがの間に、男児が生まれた。

「部族の和が、いつまでも連なるように――」

 そう願いを込め、和連かれんと名付けられた。

 檀石槐は、赤子の和連を持て余した。どう扱って良いのかわからなかった。

 趙娥は、和連の世話で忙しそうにしている。家畜の世話どころではなかった。隣の穹廬きゅうろから如羅じょらが手伝いに来ていたが、忙しさは変わらないように見えた。

 鮮卑では、家庭のことは女に主導権がある。和連に逡巡しゅんじゅんする檀石槐に、どんな災禍さいかが降り掛かるかわからなかった。

 きまりが悪くなった檀石槐は、そそくさと隣の穹廬に移動した。奥では、破多羅はたらが静かに編み物をしている。既に古希こき(七十歳)を迎えていたが、健勝だった。

 檀石槐は、胡床こしょうにどっと腰を下ろした。何もしていないのに疲れている気がした。様々なことが一度に起きているようだった。何から着手すべきか、わからなかった。

「孫さんや、大人たるもの、常に忙しくしておるものじゃ。こんなところで休んでおる場合ではないのう」

 破多羅は、手許に視線を落とし、編み物を続けていた。

「気付いたら、鮮卑の周りは敵だらけになっていた。漢に侵攻する前に、周りの諸民族の侵攻を防がなければならない。それに人が割かれ、思うように事が進まない」

「忙しければ、趙娥のように誰人だれかの手を借りれば良い。そもそも、夫餘や丁零は敵なのかえ? 我ら鮮卑と似た者同士。手を取り合えば良いではないか」

 破多羅の言に、檀石槐は、はっとなった。

「婆さま、恩に着る」

 破多羅はかおを上げると、檀石槐の姿はもうなかった。微笑が浮いた破多羅は、再び手許に視線を落とすと編み物を続けた。


 檀石槐は、弾汗山だんかんさんふもとにある啜仇水せつきゅうすいほとりに大人たちを集めた。

 集ったのは、素利、弥加びか厥機けつき置鞬落羅ちけんらくらだった。

「宴茘游は、参加できる状況にない。いつ、烏孫が急襲を仕掛けて来るかわからないからな。代わりに俺が来た」

 み上げと顎鬚あごひげが繋がっている。鼻の下に髭はない。笑みを浮かせ、目尻のしわを深くした置鞬落羅が云った。

「慕容も来られないだろう。北も丁零の動きが穏やかじゃないからね。夫餘には成律帰せいりつきを向かわせているよ」

 素利は、弥加と厥機が張った穹廬に皆をいざなった。円座になって胡床に腰掛けた。慕容と宴茘游の不在に、どこか寂しさを覚える。

 慕容は、北の丁零の侵攻に備え、宴茘游は、西の烏孫を牽制していた。東の夫餘には、素利の弟の成律帰が不測の事態に備えている。そのような状況でも、集った者は檀石槐の言葉を待った。

「過去にも例がない。周りの各民族が、こぞって我ら鮮卑に侵攻している。これも、俺たちが漢からの略奪に成果を上げ続けているからだ」

 檀石槐は、集った大人たちを見回した。弥加が目線をらして下を向いた。頬が赤らんでいる。気にも留めず、檀石槐は続けた。

「考えてみれば、周りの諸民族も我らと似たようなもの。争うのは得策ではない。奪うのは漢からだけで良い」

 腕組みした素利は、瞑目めいもくして檀石槐の話を聞いた。ゆっくりと目を開けると、檀石槐を見遣みやった。檀石槐と眼が合った。

「……同盟か? もしくは、連合――?」

 尋ねた素利に、檀石槐は微笑を刷いた。

「ああ。同盟でも連合でも良いが、それぞれの民族と交易しよう。互いに必要な物資を、同じ対価の物で交換する。糧食に不足しているのならば、糧食を譲り、俺たちが苦しいときは、たすけてもらおう。そういう盟約を各民族と交わしたい」

「それは、良いね。後顧こうこの憂いなく、漢の侵攻に集中できる。張奐も前線には出て来ない。侵攻を厚くするのにも良い時期だ。諸民族と盟約を交わすなら、早いに越したことはない」

 素利にも笑顔の花が咲いた。

「ちょっと、待て。名案だと思うが、諸民族もそれなりに癖のある連中だ。交渉に難儀するのではないか、檀石槐?」

 身を乗り出したのは、置鞬落羅だった。集った者の中では最年長だった。

「だから、外交の担当を選任したい。交渉によって、今の状況を利に変える重要な役だ」

「だ、誰人だれに……?」

 素利も身を乗り出すようにしてただした。

 檀石槐は、大人たちを見回した。弥加が貌を上げて檀石槐を見遣った。頬が赤らんでいる。檀石槐は、意中の者に眼を合わせた。

「頼まれてくれないか、厥機」

「お、俺――⁉」

 厥機は、驚きの表情をさらした己の貌を指差した。

「うん。悪くない人選だよ。厥機なら上手くやれると思う」

 素利は、驚愕きょうがくしている厥機に微笑を向けた。十ほども歳の離れた兄貴分のような存在は、柔らかい物腰と気さくな性質たちだった。加えて、戦では粘り強さを見せる。苦境でも簡単にはあきらめない性分だった。外交の担当には適任の人材だった。

 嫣然えんぜんと微笑んだ弥加が、隣に座っている厥機の肩をぽんと叩いた。

「厥機か。ならば安心だ。宴茘游には俺から報告しておく。反対はしないだろう」

 置鞬落羅も、厥機に優しい笑みを見せた。

 厥機は、意を決したように立ち上がった。

「わかった。皆がそう云うなら、やってみる。どんな奴らと会えるのか、今からたのしみだ」

 厥機は、北叟笑ほくそえんだ。頼もしかった。

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