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魁の紡ぎ  作者: 熊谷 柿
第2幕 蠢動の列国
23/42

原野の戦い

登場人物

〈漢〉

桓帝かんてい…………漢のみかど

梁冀りょうき…………漢の大将軍。

唐衡とうこう…………漢の小黄門史しょうこうもんり。桓帝に仕える宦官かんがんのひとり。

張奐ちょうかん…………漢の歴戦の将軍。使匈奴中郎将しきょうどちゅうろうしょう

王衛おうえい…………張奐に仕える勇将。

公孫延こうそんえん…………玄菟げんと郡の官吏かんり

南匈奴みなみきょうど

台耆だいき…………南匈奴の部族の大人たいじん(部族長)。張奐により討たれる。

伯徳はくとく…………南匈奴の部族の大人。張奐に投降する。

居車児きょしゃじ…………南匈奴の単于。

屠特ととく…………十にも満たない居車児の子息。

鮮卑せんぴ

投鹿侯とうろくこう…………鮮卑の部族の大人。王衛により討たれる。

如羅じょら…………投鹿侯の前妻。檀石槐だんせきかいの母。(投鹿侯と檀石槐に血の繋がりはない)

檀石槐…………鮮卑の部族の青年。如羅の息子。部族より大人に推戴される。滅魂の剣の使い手。

李平りへい…………檀石槐に仕える漢人の使用人。

破多羅はたら…………如羅の母。檀石槐の祖母。

其至鞬きしけん…………破多羅の夫。如羅の父。生前は鮮卑の部族の大人。

素利そり…………鮮卑の部族の大人。檀石槐の同志。点魂の剣の使い手。

陳正ちんせい…………北の湖畔で暮らす李平の知人。漢からの亡命者。捕虜となった漢人を収容する施設の監督者。

厥機けつき…………鮮卑の部族の大人。素利の兄的存在。

弥加びか…………鮮卑の部族の女大人。剣術の手練者てだれ

成律帰せいりつき…………素利の弟。

慕容ぼよう…………鮮卑の部族の大人。檀石槐の同志。朱矛の使い手。

宴茘游えんれいゆう…………鮮卑の部族の大人。檀石槐の同志。大弓の使い手。

置鞬落羅ちけんらくら…………鮮卑の部族の大人。宴茘游の副官。年長の歴戦の戦士。

闕居けつきょ…………鮮卑の部族の大人。慕容の副官。年長の歴戦の戦士。

趙娥ちょうが…………漢の議郎ぎろう趙彦ちょうげんの次女。檀石槐に拉致されるが伴侶となる。

 張奐ちょうかんは、眉間みけんしわを寄せて眼を細めた。

「その連携が近隣の諸民族をも巻き込み、大きな廻渦うねりになると厄介だ。鮮卑せんぴの中に、大人たいじんまとめる大人が居るな。心当たりはあるか、居車児きょしゃじ?」

「多分、檀石槐だんせきかいという奴だろう。荒くれ者の大人を斬って、その座にのし上がったと聞いている。会ったことはないがな」

「これは、長城を越えてきた甲斐があったな」

 張奐は、微笑を浮かべると、三寸ほどの白んだひげしごいた。

手筈てはずどおりだ。頼んだぞ、王衛おうえい、居車児」

うけたまわった」

 凛凛りりしい顔付きで拱手きょうしゅすると、王衛はきびすを返した。

 暗然とした居車児は、応じることなく南匈奴みなみきょうど軍の許へと向かった。

「檀石槐か。どれほどの器量の持ち主かたのしみだ」

 戦袍せんぽう軽鎧けいがいを纏った張奐は、胡床こしょうに座したまま、勢いよく駈け出す騎馬軍を見送った。

「漢に飼われている南匈奴のこと。本腰を入れて我らの相手をするとは思えないが」

 宴茘游えんれいゆうに馬を寄せた置鞬落羅ちけんらくらが、弓嚢きゅうのうから弓を取り出した。

「張奐の方には、檀石槐と慕容ぼようが向かっている。別働隊のような南匈奴を近付けたくない。それよりも、檀石槐と慕容の方が心配だ。置鞬落羅は、千を率いて其方そちらに向かってくれ」

「ひとりで大丈夫か、宴茘游? 相手は此方こちらの倍は居るぞ?」

「大丈夫だ。慕容も同じことを考えているはず

 迫る南匈奴の兵が、騎射の構えを見せている。宴茘游は、弓嚢から弓を取り出すと矢をつがえた。後続の戦士たちもそれにならっている。

「また、後で会おう、置鞬落羅」

 宴茘游は、膝で馬をった。馬首が右にひるがえる。矢が宙を切って南匈奴の兵に突き立った。

 鮮卑の戦士たちも、流れるように馬首を右に切ると、波状の矢が南匈奴の兵に走った。

 南匈奴の兵たちは、銘々に矢を射返すと、退いて往った。誘っているような動きだった。

 

 四千ほどだった。重鎧じゅうがいに身を包んだ騎馬軍が、長柄を手に迫っている。率いている者は、勇壮な顔立ちだった。截頭せっとう薙刀なぎなたを手にしている。

「俺の対手あいてはあれだな。少しは愉しめそうだ」

 慕容は、向かって来る重騎兵に馬首を向けた。同時に、近くの闕居けつきょに指示した。

「後方の南匈奴が気掛かりだ。闕居は宴茘游のところに向かってくれ」

「随分と勇ましいな、慕容。相手は歴戦の重騎兵に見えるがな」

「宴茘游も同じことする筈だ。恐らく、置鞬落羅を寄越している」

 闕居は、新世代の台頭に思わず微笑を湛えた。

「無理はいかんぞ、慕容」

 長柄の千騎を従えた闕居は、馬首を翻すと、後方に向かった宴茘游の許まで走った。

 一塊となって突進してくる重騎兵に、真っ向から挑む形だった。慕容は、それに猪突猛進するほど愚かではなかった。率いる戦士を散らし、塊となって猛進してくる重騎兵を削るように馳せ違った。

 寄せて来た置鞬落羅が、戦士を横に展開し、重騎兵を包囲するようにして騎射を放つ。矢が重鎧に弾かれている。一塊になって駈ける重騎兵が、置鞬落羅の包囲を破った。

 無理に抗わない。敵わないと判断したら、すぐに背を向け一目散に遁走とんそうする。それで良かった。

 鮮卑にとって、逃げることは恥ではない。攻撃から退却への変わり身が早い。そして、兵法というものもない。鮮卑の戦士たちは、率いる大人の背を見て戦う。大人が勇躍すれば、自ずと戦士も士気が上がる。先頭を駈ける大人の背を見て、呼吸を計り、己がすべきことを判断する。兵法を基に理詰めで動く漢兵にとって、対処し難い特性と云えた。

 これを補填ほてんする存在が、その特性を知る居車児の南匈奴だった。


 鋭い眼付きが鈍く光ったようだった。短刀を抜き放った居車児は、身を伏せるようにして疾駈しっくしている。単騎で駈けているようだが、大きく間を開けて二千ほどの麾下きか追随ついずいしていた。

 原野を大きく迂回うかいした居車児は、張奐の本陣に向かう鮮卑の一群の右から迫った。先頭を駈ける檀石槐は、気付いていない。居車児は、舌舐したなめずりした。

 ――れる。

 居車児がそう思った刹那せつなだった。

 一矢が眼前を走った。続けざまに飛んで来る矢で、後続がばたばたと射落とされているのが気配でわかる。はっとして左を見た。一騎、寄せている。閃光が頭上から走った。

 居車児は、短刀を頭上にかざしてそれを防いだ。ひとつに束ねた長い黒髪をなびかせている。柳眉りゅうびの下から殺意のある眼光が放たれていた。弥加びかだった。

 弥加は居車児と並走するようにして、剣を放った。一合、二合――。

 居車児は弥加の鋭い剣筋を、短刀で何とかしのいだ。

 弥加は、不気味な笑みを浮かせると、馬首を翻した。居車児の後続を掃討する気のようだった。

 居車児は、檀石槐をあきらめた。麾下はまだ半数以上は付いて来ている。別働隊と合流し、次の獲物を狙うことにした。居車児は戦場から離脱するように、原野を大きく迂回した。

「このまま往けば、張奐は居るだろうが、明らかに罠だな」

 檀石槐の視界には、歩兵の壁と、その後方に五十ほどの盾兵が密集しているのが見えた。

「罠もひとつではないみたいだね」

 素利そりも前方に視線を凝らすと、後方を駈ける厥機けつきに向かって、指で大きく弧を描いた。

「厥機、頼んだよ」

「了解」

 素利の声に、厥機が部族の戦士を引き連れ、大きく離脱した。

 

 退いたかに見えた南匈奴の別働隊が、反転していた。騎射の体勢で宴茘游の一群に向かっている。

「そろそろだな」

 宴茘游は、見方同士の距離を取って、南匈奴を迎え撃つ速度を落とした。えて虚空こくうに弧を描くように一斉騎射を放つ。飛来する矢に釣られた南匈奴の兵が、空を見上げた。

「後は任せろ、宴茘游!」

 風のようだった。宴茘游の一群の隙間を疾駈で馳せたのは、長柄を手にした闕居の一群だった。

 突如として眼前に現れた長柄の部隊に、慌てた南匈奴の騎射も狙いが定まらない。竜巻に飲まれたように、手や首が虚空にね飛んだ。

 宴茘游が率いた一群も騎射で応戦している。別働隊の南匈奴が潰走するのも間もなくに見えた。宴茘游は馬首を翻し、檀石槐の許に駈けた。

 

 置鞬落羅の一群が、重騎兵を率いる将に騎射で狙いを定めている。闇雲に矢を放っても効果がない。置鞬落羅は、一塊となった重騎兵の速度を落とすことを狙った。

 向かって飛んで来る矢を、難なく截頭の薙刀で叩き伏せている。端整な表情にはまだ余裕があるように見えた。しかし、確実に重騎兵の速度は落ちていた。

 その重騎兵の横っ腹から一群が突撃した。

「関節を斬れ! よろいと鎧のぎ目を狙え!」

 慕容の大音声だいおんじょうに、後続も躍動した。重騎兵から繰り出される長柄の矛先をくぐり、ね上げ、薙ぎ払う。そして、電光石火の一閃を放つ。鬼神のような慕容を先頭に、王衛が率いる重騎兵の群れの横っ腹は、食い破られていた。

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