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魁の紡ぎ  作者: 熊谷 柿
第2幕 蠢動の列国
22/44

智将の罠

登場人物

〈漢〉

桓帝かんてい…………漢のみかど

梁冀りょうき…………漢の大将軍。

唐衡とうこう…………漢の小黄門史しょうこうもんり。桓帝に仕える宦官かんがんのひとり。

張奐ちょうかん…………漢の歴戦の将軍。使匈奴中郎将しきょうどちゅうろうしょう

王衛おうえい…………張奐に仕える勇将。

公孫延こうそんえん…………玄菟げんと郡の官吏かんり

南匈奴みなみきょうど

台耆だいき…………南匈奴の部族の大人たいじん(部族長)。張奐により討たれる。

伯徳はくとく…………南匈奴の部族の大人。張奐に投降する。

居車児きょしゃじ…………南匈奴の単于ぜんう

屠特ととく…………十にも満たない居車児の子息。

鮮卑せんぴ

投鹿侯とうろくこう…………鮮卑の部族の大人。王衛により討たれる。

如羅じょら…………投鹿侯の前妻。檀石槐だんせきかいの母。(投鹿侯と檀石槐に血の繋がりはない)

檀石槐…………鮮卑の部族の青年。如羅の息子。部族より大人に推戴される。滅魂の剣の使い手。

李平りへい…………檀石槐に仕える漢人の使用人。

破多羅はたら…………如羅の母。檀石槐の祖母。

其至鞬きしけん…………破多羅の夫。如羅の父。生前は鮮卑の部族の大人。

素利そり…………鮮卑の部族の大人。檀石槐の同志。点魂の剣の使い手。

陳正ちんせい…………北の湖畔で暮らす李平の知人。漢からの亡命者。捕虜となった漢人を収容する施設の監督者。

厥機けつき…………鮮卑の部族の大人。素利の兄的存在。

弥加びか…………鮮卑の部族の女大人。剣術の手練者てだれ

成律帰せいりつき…………素利の弟。

慕容ぼよう…………鮮卑の部族の大人。檀石槐の同志。朱矛の使い手。

宴茘游えんれいゆう…………鮮卑の部族の大人。檀石槐の同志。大弓の使い手。

置鞬落羅ちけんらくら…………鮮卑の部族の大人。宴茘游の副官。年長の歴戦の戦士。

闕居けつきょ…………鮮卑の部族の大人。慕容の副官。年長の歴戦の戦士。

趙娥ちょうが…………漢の議郎ぎろう趙彦ちょうげんの次女。檀石槐に拉致されるが伴侶となる。

 公孫延こうそんえんからは、頻繁に情報がもたらされていた。

 中央から北辺へ移送される物資と場所が増えていた。公孫延も玄菟郡げんとぐんへ物資の輸送を求め、そのうちの一部を鮮卑せんぴに襲わせているようだった。近頃では、齎される情報の中に、注意を喚起するものも含まれていた。

 それは、使匈奴中郎将しきょうどちゅうろうしょう張奐ちょうかんの情報だった。武勇を誇る将ではないと云うが、才智に富み、北方の遊牧騎馬民族を手玉に取る器だと云う。

 拠点は置かず、北辺の地を不定期に移動している。公孫延も張奐の確かな動きを察知できないでいた。つまり、神出鬼没だった。そのため、警戒が必要とのことだった。

 西暦一五八年――。

 檀石槐だんせきかいは二十二を数えた。素利そりの分析と提案から、次の狙いを并州雲中郡へいしゅううんちゅうぐんに定めた。并州雲中郡への侵攻は二年振りとなる。趙娥ちょうがを鮮卑にさらって以来だった。糧食と家畜が、再び充足しつつある地だった。

 穹廬きゅうろに帰った檀石槐は、何気なく次の侵攻地と、予想した収穫量を妻の趙娥に告げた。

 それに趙娥はいぶかった。雲中郡の住人に対し、糧食と家畜の量が過分だと云う。

 確かに、わずか二年で急激に人口が増えたような糧食と家畜の数だった。

 だが、公孫延の情報を素利が分析していた。張奐の気配もない。加えて、今回は、慕容ぼよう宴茘游えんれいゆうも共働する。

 檀石槐は、趙娥の杞憂きゆうを一笑に付した。

 

 檀石槐が率いる鮮卑の一群は、并州雲中郡へ向けて進発した。騎馬七千ほどの進軍だった。その一群が、雲中郡の武泉ぶせんを目前にした時だった。

「別の一群が、後方から取り巻くように俺たちに付いて来ているが、援軍の要請でもしていたか、檀石槐?」

 殿軍しんがりの辺りで駈けていた厥機けつきが、怪訝けげんな面持ちで聞いていた。

 檀石槐とくつわを並べて駈けていた素利は、後方を見遣みやった。すぐさま、追随ついずいするような一群の物見を宴茘游に指示した。宴茘游は遠目が利いた。

「鮮卑……ではないな。烏丸うがんだと思うが、それにしても奇妙な動きだ」

 素利は、何度も振り返った。

 檀石槐は、駈ける馬上で腕組みをしていた。前方に眼を凝らしている。

 朱矛しゅぼうを小脇に抱えた慕容が、駒を寄せて来た。

如何どうも様子が面妖おかしいぞ。前方から風に乗って、馬群の足音が聞こえる気がするが……」

 眉間みけんしわを寄せた慕容も、檀石槐と並走しながら前方を眺めた。

「……あれ?」

 素利は、頬に受ける風から、微かな匂いを感じ取った。風が糧餉りょうしょうの匂いをはらんでいる。

「追って来る奴等は、小さな髑髏どくろを首に飾っているように見える。恐らく、南匈奴みなみきょうどだ」

 ひげなびかせ、駈け上がって来た宴茘游が、声を張って告げた。

 前方に眼を遣っていた檀石槐が捉えたのは、幾つもの幕舎だった。その前を重鎧じゅうがいの騎馬軍が横切るように駈けたようだった。檀石槐は、眼をいた。まだ、長城を越えていない。つまり、漢軍の方が長城を越えて来たということだった。

「こ、これは、もしかして……?」

 狼狽ろうばいしたような素利の声がふるえている。

「あれは、張奐だろう。しかも、南匈奴を手懐てなずけている。手強いな」

 慌てる様子も見せず、前方を見遣った檀石槐が、腕組みしたまま云った。

「おいおい、まさか、尻尾しっぽ巻いて逃げる訳じゃねえだろうな、檀石槐?」

 慕容は、不敵な顔付きになると、檀石槐をそそのかした。

真面まともな漢軍と一戦交えるのは悪くないが、厄介なのは南匈奴だな」

 朱の大弓を背負った宴茘游が、後方に注意を払っていた。

如何どうする、檀石槐?」

 素利は、冴えた眼差まなざしを檀石槐に向けると、裁可を仰いだ。

「俺たちもめられたものだ。長城を越えて来るなど、良い度胸をしている。遅かれ早かれ、張奐と干戈かんかを交える日が来ると思っていた。だから、慕容、宴茘游……」

「あん?」

「何だ?」

 檀石槐は、腕組みを解くと手綱を握った。慕容と宴茘游の方を向くと爽やかに笑った。

「存分に暴れて良いぞ」

 檀石槐は、馬腹を蹴った。

 それに、素利、弥加びか、厥機も後続した。

 慕容と宴茘游は、檀石槐の下知に顫えた。武者顫いだった。闘志を燃やした二人は、それぞれ麾下きかを従えて馬速を上げた。

 宴茘游は、即座に馬首をひるがえした。尾行する南匈奴を牽制けんせいに向かった。張奐の軍と挟撃きょうげきの形にはさせたくなかった。副官の置鞬落羅ちけんらくらが馳せ寄って来た。

 

 東に砂塵ありとのしらせを受けた張奐は、幕舎の中にあった。すぐさま胡床こしょうを外に持ち出すと、東を向いて腰を下ろした。左右に佇立ちょりつしたのは、重鎧じゅうがいまとった王衛おうえいと、子羊の髑髏どくろを首から下げ、胡服こふくに身を包んだ居車児きょしゃじだった。

「さて、まんまと網に掛かったな」

「想定よりも早く、此方こちらが流した偽報ぎほうに食い付きましたね」

 小さく見える砂塵に眼を遣りながら、王衛が応じた。

「食い付いたのは良いが、問題もある。漢の中に、鮮卑へ情報を流している者が居るようだ。この者をあぶり出さねば、鮮卑は容易に肥える。近い将来、脅威となり兼ねない」

「近年、鮮卑は、部族の大人たいじんたちがこぞって代替わりしている。それ以来、部族間で連携した動きを見せるようになった」

 張奐の左に立った居車児は、腕を組んでいる。遠方に走る砂塵に眼を遣っていた。

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