表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魁の紡ぎ  作者: 熊谷 柿
第2幕 蠢動の列国
21/42

老獪の智将

登場人物

〈漢〉

桓帝かんてい…………漢のみかど

梁冀りょうき…………漢の大将軍。

唐衡とうこう…………漢の小黄門史しょうこうもんり。桓帝に仕える宦官かんがんのひとり。

張奐ちょうかん…………漢の歴戦の将軍。使匈奴中郎将しきょうどちゅうろうしょう

王衛おうえい…………張奐に仕える勇将。

公孫延こうそんえん…………玄菟げんと郡の官吏かんり

南匈奴みなみきょうど

台耆だいき…………南匈奴の部族の大人たいじん(部族長)。張奐により討たれる。

伯徳はくとく…………南匈奴の部族の大人。張奐に投降する。

居車児きょしゃじ…………南匈奴の単于。

屠特ととく…………十にも満たない居車児の子息。

鮮卑せんぴ

投鹿侯とうろくこう…………鮮卑の部族の大人。王衛により討たれる。

如羅じょら…………投鹿侯の前妻。檀石槐だんせきかいの母。(投鹿侯と檀石槐に血の繋がりはない)

檀石槐…………鮮卑の部族の青年。如羅の息子。部族より大人に推戴される。滅魂の剣の使い手。

李平りへい…………檀石槐に仕える漢人の使用人。

破多羅はたら…………如羅の母。檀石槐の祖母。

其至鞬きしけん…………破多羅の夫。如羅の父。生前は鮮卑の部族の大人。

素利そり…………鮮卑の部族の大人。檀石槐の同志。点魂の剣の使い手。

陳正ちんせい…………北の湖畔で暮らす李平の知人。漢からの亡命者。捕虜となった漢人を収容する施設の監督者。

厥機けつき…………鮮卑の部族の大人。素利の兄的存在。

弥加びか…………鮮卑の部族の女大人。剣術の手練者てだれ

成律帰せいりつき…………素利の弟。

慕容ぼよう…………鮮卑の部族の大人。檀石槐の同志。朱矛の使い手。

宴茘游えんれいゆう…………鮮卑の部族の大人。檀石槐の同志。大弓の使い手。

置鞬落羅ちけんらくら…………鮮卑の部族の大人。宴茘游の副官。年長の歴戦の戦士。

闕居けつきょ…………鮮卑の部族の大人。慕容の副官。年長の歴戦の戦士。

趙娥ちょうが…………漢の議郎ぎろう趙彦ちょうげんの次女。檀石槐に拉致されるが伴侶となる。

 鮮卑せんぴの南方、長城の塞内さいない烏丸うがん蟠踞ばんきょしている。

 漢の地へ同居を許されている烏丸が、反乱したように北辺での侵攻を繰り返していた。その頻度は、鮮卑のそれを上回っていた。

 并州朔方郡へいしゅうさくほうぐん張奐ちょうかんの姿は在った。この時、使匈奴中郎将しきょうどちゅうろうしょうに任官されている。

 馬群が近付いているようだった。喧騒けんそうも聞こえている。烏丸が頻繁に奇襲していた。

 幕舎の中で、胡床こしょうに安座した張奐は、あわただしい将校たちを他所よそに、平然と兵書を講誦こうしょうしていた。

 対面には、重鎧じゅうがいまとった王衛おうえいが同じように座っている。張奐の講誦を涼しげな表情で聞き入っていた。

 烏丸の騎馬軍が迫る最中にあっても、張奐の落ち着き振りが兵たちに安心感を与えている。ふと、張奐は兵書から眼を離した。

「最近、きが良いのは、鮮卑せんぴかと思っていたが、矢庭やにわに烏丸が勢いを増してきたな」

 張奐は、三寸ほどの白んだひげしごいた。

「何か、違和感でも?」

 王衛は、澄んだ眼差まなざしを返した。

「お主も、烏丸の兵の動きを見ているであろう? どうも、目的があるようで腰が座っておらん。本腰を入れて略奪をしているように見えぬのだ。闇雲やみくもにこの朔方の地を荒らしている。それを導く首魁しゅかいが、烏丸の中に見えてこぬ」

「烏丸は、何者かに扇動せんどうされている――ということでしょうか?」

「うむ。では、王衛。烏丸に反乱をそそのかし、得をするのは誰人だれだ?」

 王衛は、手を口許に添え、考え込むようにした。

「鮮卑が烏丸と手を組んでいる様子はありません。それに、烏丸に反乱させても鮮卑に利はない。西のきょう族も同様です。段熲だんわい将軍が眼を光らせている中、羌族がそのような小細工をするとは思えません」

「そうであれば、首魁は南匈奴みなみきょうど単于ぜんう居車児きょしゃじだ」

 張奐は、冴えた眼の光を放ちながら続けた。

「反乱の本番はこれからだな。おとりのような烏丸の小規模な反乱に眼を向けさせ、南匈奴の居車児が本命の大規模な反乱を企み、軍備を整えているというところか」

たたくのは、南匈奴ですね」

 王衛は、胡床から腰を上げた。

「あれは、反骨はんこつの主と聞いている。漢に恭順の意を示しながら、反乱の機をうかがっているのであろう。塞内にあっても、異民族は異民族ということか。まずは、烏丸を手懐てなずける。王衛は、南匈奴へ向かう準備を」

「心得た」

 王衛は、きびすを返して幕舎から出た。

謀略ぼうりゃくを好む若造は、手許に置いて飼い馴らすとするか」

 張奐は、三寸ほどの白んだ髯を扱きながら独語した。かんばせに不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 一万騎だった。眼下の原野で、胡服こふくまとった騎馬軍が駈けていた。奥の原野では、同規模の歩兵と弓兵が、それぞれ調練している。

 胡服を纏い、部族の繁栄を願う子羊の髑髏どくろの首飾りを着けている。丘陵のいただきで十にも満たない男児を肩車し、満悦の表情を浮かべていたのは、南匈奴の単于、居車児だった。鋭い眼付きが、狼を髣髴ほうふつとさせる。獣毛をあしらったさくを被り、口髭を蓄えた強仕きょうしの頃の丈夫だった。

 ひとり、胡服の兵が慌てた様子で居車児に駈け寄った。ひざまずくと、口早に告げた。

「使匈奴中郎将の張奐が、近くまで進軍しております! 居車児さまのお目通りを請いている模様ですが、如何いかが致しますか?」

 そのしらせに眼をいた居車児は、血の気が引いた。まだ、機は熟していなかった。烏丸の扇動に勘付かれるには早過ぎた。居車児は東に眼を凝らした。小さな砂塵さじんが見えた。

此方こちらの兵の陣容を悟られるのは得策ではない。急ぎ全兵を散会させよ。張奐は、俺が出迎える」

 居車児は担いでいた男児を肩から下ろし、その兵に預けると馬上の人となった。

屠特ととくを頼む」

 云うや否や、居車児は丘陵を駈け下りた。東の砂塵に向かって疾駈した。


 よろいを纏った騎馬軍を率いていた。先頭を駈けてくる者は、赤の折上巾せつじょうきんを被り、痩身そうしん戦袍せんぽうを纏っている。傍らに重鎧を纏った凛凛りりしい顔付きの偉丈夫いじょうぶを従えていた。

 北方異民族の監視役として、朝廷より派遣された将の噂は耳にしていた。智将の張奐とそれにはべる剛将の王衛。甘く見ていると痛い眼に遭う。肝に銘じていたつもりだった。ゆえに、細心の注意を払い、蜂起ほうきの機をうかがっていた。

「――――⁉」

 居車児は眼を疑った。鎧を纏った騎馬軍の後方からは、烏丸の騎馬軍が付き従っている。駒を止めた居車児は、張奐の一軍が近付いて来るのを待った。額の汗が、一筋頬を伝った。

「南匈奴の単于、居車児だな? 単騎で態態わざわざお出迎えとは、殊勝しゅしょうなことだ。それとも、これ以上の進軍に何か不都合でもあるのか?」

 張奐に笑みは浮いていたが、眼は笑っていなかった。

 居車児は、張奐と視線も合わさず下馬すると、拝跪はいきした。

「張奐将軍が近くを移動していると耳にした故、挨拶に馳せ参じたところです」

悪戯いたずらに暴れまわる烏丸を、おとなしくさせてきた。なあに、従順な奴等ではないか」

 張奐は、烏丸の各大人に使者を派遣し、ちらつかせた金銭により講和に至っていた。その折、反乱の首謀者は、南匈奴の居車児であるとの証言を得ていた。

「お前にも従順な態度を見せて欲しいものだ」

 居車児は顔を上げた。張奐から笑みは消えていた。貫くような視線が居車児に向けられている。張奐は、視線を逸らさず続けた。

「南匈奴が、漢の属国であることは承知しているな? 居車児よ、即刻、過大な兵を漢に進呈しろ。南匈奴に守兵以外は無用。もなくば、離反りはんの意ありと見て、今より攻め入り、南匈奴を亡ぼす」

「な、何と――⁉」

「お前には、わしに侍ることを許す。儂の片腕となれ、居車児」

 居車児は、愕然がくぜんとなると、項垂うなだれた。

「さて、次は、奔放ほんぽうな鮮卑にきゅうを据えてやらねばな」

 張奐は、冷ややかな眼差しを項垂れた居車児に向けた。三寸ほどの白んだ髯を扱くと、北へ眼を遣った。

 大きな雲がひとつ、空に流れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ