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魁の紡ぎ  作者: 熊谷 柿
第1幕 宿命の御子
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騎射戦

登場人物

元緒げんしょ…………異国の方士。

如羅じょら…………鮮卑せんぴの部族の娘子むすめ

投鹿侯とうろくこう…………鮮卑の部族の大人たいじん(部族長)。如羅の夫。

李平りへい…………如羅の父が連れて来た漢人の使用人。

破多羅はたら…………如羅の母。

檀石槐だんせきかい…………如羅が産んだ男児。鮮卑の部族の少年。

陳正ちんせい…………北の湖畔で暮らす李平の知人。漢からの亡命者。捕虜となった漢人を収容する施設の監督者。

其至鞬きしけん…………破多羅の夫。如羅の父。生前は鮮卑の部族の大人。

素利そり…………鮮卑の部族の少年。

慕容ぼよう…………鮮卑の部族の少年。

宴茘游えんれいゆう…………鮮卑の部族の少年。

「少し様子を見よう、素利そり

 素利は慕容ぼように従って、少し二人の遣り取りを傍観することにした。

 弓の少年は、柔らかに笑った。

「俺は、宴茘游えんれいゆうだ。教えてやっても良いが、相手に何かひとつでも尊敬できるところがなければ、教えることはできない。それが俺の部族の習わしでね」

 宴茘游は、胡禄ころくから三本の矢を檀石槐だんせきかいに手渡した。矢先に重石のようなものが付いているが、軟らかいものだった。

「騎射で、そのうちの一本でも俺に命中させることができたら教えてあげるよ。俺も同じ矢を三本持っている。俺が先に当てたら、そのまま帰ってもらう。一対一の騎射戦だ。るかい?」

 檀石槐は、手渡された矢を見遣みやりながら、何か思案しているようだった。

「騎射戦か。盛んと遊びに騎射を取り入れる部族があると聞いていたが、宴茘游の部族がそれだったか。檀石槐に勝算はあるのか、素利?」

 慕容は、眉間にしわを寄せて宴茘游に視線を凝らした。

「僕も檀石槐には会ったばかりだけど、不思議と檀石槐には期待してしまうんだよね」

 心配する素振りも見せず、笑みを浮かべた素利が慕容に応じると、檀石槐に聞こえるように声を張り上げた。

「檀石槐、僕も二矢射ちのやり方を知りたいよ。慕容も知りたいってさ」

「そ、素利! お前、勝手なことを――」

 檀石槐の後方で、素利と慕容がじゃれ合っていた。

「良し。やろう、宴茘游」

 檀石槐が、挑むような視線を宴茘游へ遣った。

「そうこなくっちゃ」

 馬上の宴茘游は、くるりと向きを変えると、檀石槐を誘導するように駈け出した。

「油断するなよ、檀石槐」

「これは単純な背の取り合い。要点は馬術なはずだよ、檀石槐」

 駈け出そうとした檀石槐に、難しいかおをした慕容と、笑みを浮かべた素利が声を掛けた。

たのしんで来るよ」

 そう云うや否や、檀石槐も宴茘游を追って駈け出した。素利が云ったとおり、相手の背後を取り、無防備な背に狙いを定めるのが常套じょうとう手段のようだった。

 宴茘游が誘うようにゆっくりと駈けている。檀石槐が追って来るのを見て、馬の速度を上げた。

 突如、宴茘游は馬首をひるがえした。迫る檀石槐に正面から向かう形になった。胡禄から重石の付いた矢を引き抜き、弓につがえる。檀石槐の胸に狙いを定め、放った。

 檀石槐には、馬首を翻した宴茘游が、矢を番えたのが見えた。このままだと、宴茘游の左側を馳せ違う。

 宴茘游が矢を放った刹那せつな、檀石槐の姿は馬上から消えていた。

「――――⁉」

 宴茘游は、裸馬と交錯したように見えた。

 咄嗟とっさに檀石槐は、左足を馬の背に掛け、左手でたてがみを掴み、馬の右側面に身を隠すようにしていた。

 馳せ違った宴茘游が、舌打ちして振り返ると、檀石槐は駈ける方とは反対向きに、再び馬上へ姿を現した。既に矢を番えている。その矢は、宴茘游の背に放たれた。

 はっとした宴茘游は、馬上で身を伏せると、檀石槐の矢は肩の上を走った。

 檀石槐は、くるりと前に向き直ると馬首を巡らせた。

 宴茘游も馬首を翻した。

 再び、互いに真っ向から挑む形になった。距離が縮む。馬上の二人は既に矢を番え、狙いを絞っている。

 きりきりとしなる弦から矢を放ったのは、宴茘游だった。

 その刹那、馬の背に足を乗せた檀石槐は、矢を番えたまま虚空こくう高く跳躍した。足元に宴茘游の矢が走ったのを視界に入れると、馬が馳せ違い、駈け去る宴茘游の背が見えた。

 虚空の檀石槐は、矢を放った。宴茘游を追うように走った矢は、どっとその背に当たって地に落ちた。

 それに少し遅れて、檀石槐も地に転がり落ちた。すぐさま立ち上がると、次の矢を番え、狙いを宴茘游の背に定めた。

 眼前の出来事に、慕容は呆気あっけに取られた。

「す、すげェ……」

 不意に、慕容の口からは小さな感嘆の声が漏れていた。

 背に矢が当った感触があった。宴茘游は、唖然あぜんとした表情に風を受けていた。

「檀石槐、勝負は付いたよ! 君の勝ちだ!」

 口許に手を添え、素利が発した大音声だいおんじょうに、宴茘游は愕然がくぜんとなった。

 檀石槐は、安堵あんどの表情を浮かべると、肩の力を抜いて弓と矢をしまった。

 宴茘游は、ゆっくりと旋回して檀石槐に馬を寄せた。

「俺の負けだよ、檀石槐。全てにおいて君の方が勝っていた。君が勝つのは、必然だった」

 宴茘游は、悔しさよりも驚きの方が勝った表情だった。

 素利と慕容も馬を寄せて来た。檀石槐の裸馬も大きく迂回うかいするように駈けると、ゆっくりと檀石槐の許へ戻って来た。

流石さすがに馬上から跳ぶとは思わなかったぜ、檀石槐」

 太いかいなを胸元で組んだ慕容が、笑みを浮かべて感心した。

 檀石槐は馬にまたがると、宴茘游を見遣った。

「普通に挑んでも、勝ち目はないと思ったんだ。だから、できるだけ虚を突くようにしたんだけど、上手くいったみたいだ」

 檀石槐を前に、宴茘游は苦笑を浮かべた。

「これで俺たちに二矢射ちを教えてくれるよな、宴茘游?」

 檀石槐は、破顔はがんした。

勿論もちろんだ。お前は剣も使うのか? 俺の方こそ、お前から教わることがたくさんありそうだ、檀石槐」

 宴茘游も破顔を返した。

「僕は、素利。以前に君を見掛けた時から、凄い弓の使い手だと思っていたよ」

 素利は、宴茘游に優しげな笑みを向けた。

「慕容だ。俺は棒術が得意だが、当然として弓もやる。俺にも弓の極意を教えてくれ」

 慕容も屈託のない笑みを宴茘游に見せた。

「俺は、宴茘游。これから仲良くして欲しい」

 宴茘游が、一際嬉しそうに笑った。どういう訳か、眼には薄っすらと涙が浮いていた。

「愉しかったな、騎射戦。今度、皆でやらないか?」

 檀石槐が、三人を見回した。意気投合した。

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