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北の大地
空は、晴れている。
草原に北から一陣の風が吹いたかと思えば、空には雷鳴が轟いた。
眩い光を放った稲妻が草原に落ちた途端、それは狗のような形を成し、電光石火の如く北へ走り去った。
「チッ」
その光を眼で追いながら舌打ちしたのは、ひとりの老夫だった。
見れば、蓑笠を被った頭は額が異常に突出し、鼻はひしゃげ、反歯である。身の丈は六尺(約一五〇㎝)にも満たず、藜の杖を突いている。どういう訳か右足が木脚で、漆黒の襤褸を纏っていた。背には一本の剣を背負っている。
「いつの間にか、長城を越えてしまったではないか。大事に至らねば良いが……」
銅鑼のような声音だった。独り言ちたその老夫は、走り去った光を追うように、ゆっくりとその歩を進めた。
また、北から風が吹いた。
雄大に広がる草原を撫でたようだった。




