第7話 旅立ちの刻
世話になった牙狼村をあとにして旅に出るタクマ
冬が終わり、牙狼村にも遅い春が訪れようとしていた。
雪解け水が小川のせせらぎを力強いものに変え、木々の枝には固い蕾が
顔を覗かせている。アンナと納屋で藁縄を編む作業も、もう終わりだ。
俺は、この村で過ごした充実した日々を思い返し、深く息を吸い込んだ。
まる3年以上が過ぎ、俺はこの村にすっかり馴染んでいた。
だが、武道大会でジェド相手に咄嗟に合気道の技を使ってしまった
あの日から、ずっと考えていたことがある。
ロンは「新しい牙狼拳が生まれてもいい」と言ってくれた。しかし、
俺がこのまま居続けることで、牙狼族が長年培ってきた独自の文化を
変えてしまっていいのだろうか。
それに、俺はこの世界のことを何も知らない。神様に「精進せよ」と
送り出された意味を、ここで安穏と暮らすことだけで果たせるのだろうか。
決心は固まった。
その夜、俺はじぃ様とロンに「話たい事がある」と切り出した。
リリアとアンナも心配そうに見守る中、俺は土下座に近い形で頭を下げた。
「じぃ様、ロン、皆んな。今まで本当にお世話になりました。
俺、この村を出て旅に出ようと思います」
「…タクマ…いやっ!」
アンナが息を呑むのが分かった。
「どういう風の吹き回しじゃ、タクマ」じぃ様が静かに問う。
「俺はこの村で生き返ったも同然です。でも、俺は自分のことを
何も思い出せないまま、この世界のことすら知りません。牙狼拳を学び、
皆さんに助けてもらったこの力で、もっと広い世界を見て、何かこの
村の役に立てることがないか探したいんです。それに…」
俺は顔を上げ、ロンを真っ直ぐに見た。
「俺がいることで、牙狼拳の形を変えてしまうかもしれない。
それは、俺の本意じゃない」
ロンは腕を組んで黙っていたが、やがてふっと息を吐いた。
「…お前らしいな、タクマ。俺は、お前がもたらす変化も面白いと
思ってたんだがな」
「ロン…」
「だが、お前の意思なら仕方ない。じぃ様も、いいよね?」
じぃ様は煙管をふかし、ゆっくりと頷いた。
「お前はもう、ただの余所者ではない。牙狼拳ブルーファングの称号を
持つ者じゃ。胸を張って行け。牙狼族の仲間として、お前の武勇を世界に
示すのも良いかもしれん」
「じぃ様…ありがとうございます!」
「タクマ…行っちゃうの?」
ずっと黙っていたアンナが、震える声で言った。その目には涙が
浮かんでいる。
「アンナ…ごめん。でも、必ずまた顔を見せに来るよ。もっと強くなって」
「……うん。待ってる。絶対だからね!」
アンナはそう言うと、懐から小さな革袋を取り出し、俺に握らせた。
「これ、ギーの牙で作ったお守り。タクマを守ってくれるように、
私がお願いしといたから」
「ありがとう、アンナ。大切にするよ」
数日後の早朝、俺は村の入り口に立っていた。ロン、リリア、じぃ様、
ジェドたち稽古仲間、そして村中の人々が見送りに来てくれた。
「タクマ、これを持っていけ。道中の足しにしろ」
ロンが革袋と、使い込まれた剣を手渡してくれた。
「剣? 俺には牙狼拳が…」
「馬鹿野郎、牙狼拳だけで災難を防げれるわけじゃあねえよ。それに、
あの合気とかいう技も、武器を持った相手を想定してるんだろ? 護身用だ」
「ロン…ありがとう」
「タクマ、元気でな! 次に会う時は、どっちが強くなってるか勝負だ!」
ジェドが笑う。
「ああ、望むところだ!」
「タクマ!」
最後に、アンナが駆け寄ってきた。
「これ! お母さんさんと一緒に作ったんだ。干し肉とパン、
たくさん入ってるから!」
ずっしりと重い荷物を受け取る。
「…ありがとう。じゃあ、行ってくる」
「うん…行ってらっしゃい!」
涙をこらえて笑顔を作るアンナに背を向け、俺は歩き出した。
何度も振り返りそうになるのを堪え、牙狼村を後にした。
邂逅と牙狼の初陣
村を出て数日。森を抜け、ようやく街道らしい道に出た。
地図も持たない旅だが、まずは人が集まる大きな町を目指すことにした
。ロンの話では、この街道を東に何日か行けば、「リューン」という
商業都市があるらしい。
街道を歩いていると、不意に前方から金属音と怒声、そして悲鳴が
聞こえてきた。
(…面倒事か?)
警戒しながら音のする方へ駆け寄ると、数台の荷馬車が停められ、
10人ほどの薄汚れた男たちが商人らしい一行を襲っているところだった。
山賊だ。
「ヒャッハー! 金目のものと女は置いていけ!」
捕まっている商人の女性から悲鳴に近い大声で命乞いをしていた!
「や、やめてください! 助けて!」
商人の護衛らしい者も数人いたが、多勢に無勢で打ち倒され既に
事切れているようだ。
黙って見ていられなかった、カッコ良く飛び出したいのは山々だが、
しかし今飛び出した所でやられてしまう可能性が高い。
どうするか……少し戻った所が小高い崖になっていたよな…よし!
「そこまでだ!」
俺は大声で叫び、山賊たちの前に躍り出た。
「あんだテメェ、ガキが邪魔だ!それとも死にたいのか!」
頭目の頭らしき男が下卑た笑いを浮かべる。
「悪いが、お前ら山賊だろ?その人たちを解放しろ!」
「ふざけやがって! 野郎ども、やっちまえ!」
四方から山賊たちが剣や棍棒を振りかざして襲いかかってくる。
すかさず、襲って来た1人目を軽くいなし小走りに元来た道へ
ただ走る、山賊たちも罵声と共に追いかけてくる。途中、振り返りながら
「お〜い、お前ら足遅くない?運動不足なんだよ、よく山賊なんか
やってるな辞めちまえよ!」
おちょくって崖まで追いかけて来るのを確認した。ようやく追いついて
来た山賊たちの数を数え、崖の手前で落ち着く為に大きく深呼吸して
息を整え、俺は腰を落とし、牙狼拳の構えを取り待ち構えた!
これで正面からの敵だけに集中出来る!少しの余裕が勝率を上げるのだ。
「おりゃあ!」
真っ先に来た男の剣を、紙一重で体捌き(さばき)でかわす。同時に
懐に飛び込み、がら空きの胴体に牙狼拳の掌底を叩き込む。
「ぐっ…!」
エナジーは込めていない。だが、鍛え上げた一撃は男を「く」の字に
曲げて吹き飛ばした。
「なっ!?」
驚く仲間を尻目に、二人目の棍棒を左手で受け流し、その腕を掴む。
(合気道…四方投げ!)
相手の力を利用して腕を捻り上げ、そのまま地面に叩きつける。
受け身を知らない男は、肩から落ちて悶絶した。
「こ、こいつ…!」
立て続けに仲間が倒され、山賊たちは怯む。
「牙狼、スマッシュ!!」




