便箋9 破綻の日 その3
「なにがあったんだよ。魔女は……魔女はどこだ!」
恐ろしい。
まさかこの血は魔女の血か?
無数に飛び散った肉片肉片肉片。魔女はこの玄関室で、爆散して死んでしまったのか?
恐怖に襲われる。
俺は、この砦でひとりぼっちになってしまったのか?
いや……
……?
!!
いや、ちがう!
2階から声がした。
魔女の声だ。
魔女が生きている!
俺は声のするほうへ駆け出した。
魔女、魔女!
お願いだから生きていてくれ、俺をこんなところで1人にしないでくれ!
2階から、わめき散らす声がつづく。
魔女の声に間違いない、ようやく聞き取れるようになった。
「なんで、どうして……!」
「お前は最低のクズよ!」
「ぜったいに許さない!」
よかった、生きているのは確かだ。
だが、どうやら激怒しているらしい。無理もない、俺がゴーストを殺したせいですべてが終わってしまったかもしれないのだ。
正直、上に行くのが恐ろしい。
もしかしたら魔女に殺されるかもしれない。
いや待て。
生きているにしても、無事とは限らない。下の血だまりは、魔女のものかもしれない。だとすれば凄まじいケガをしているはずだ。
死なれてたまるか!
魔女に死なれてたまるか!
「弟! はやく来て、弟! 助けて!」
魔女が俺を呼んでいる。
悲痛な声で。
2階のどこだ!?
階段をあがる―――
いた。
魔女がいた。
服はボロボロの上、血だらけではないか。
髪から足首まで、真っ赤に染まっている。
魔女は叫んでいる。
俺にではく、窓の穴に向かって。
「許さない! お前を殺す、殺してやるからな!」
窓穴に向かって怒鳴る魔女。
泣きじゃくっている。
だが俺を見つけるや、ヨロヨロとしがみついてきた。そして窓の外を指さす。
「弟! 裏切られた! うわあああん!」
血に染まっていて気付かなかったが、いまは50歳くらいだ。しかし魔女は、子どものようにわんわんと泣きながら俺に訴える。
「いや、ちょっと……え?」
何がなんだかわからず、俺は窓をのぞいた。
そして飛びのく。
「な……うわっ!」
「ギャアア! ギャアア!」
ダークコンドルだ。
魔女の使い魔の、怪鳥。
バッサバッサと上下しながら、向こうもこちらを見ている。その目は……信じられないが、笑っているように見えた。
「ギャアアア! ギャアア!」
けたたましくダークコンドルは叫ぶが、その声は笑っているようにしか聞こえない。ざまあみろとでも言わんばかりに。
「ふざけるな! お前ふざけるなよ!」
魔女も黙ってはいない。
「そんなつまらない理由で、私を竜王軍に売ったのか!? こんなヤツだって知ってたら、使い魔になんかするんじゃなかった!」
「ギャアアア!」
「ふざけんなお前! ふざけんなお前!」
「ギャアアア!」
「許さん、許さない!」
「ギャアアア!」
「わあああん! 弟―――!」
俺にしがみついて泣く魔女。
それを見るや、ダークコンドルは勝ち誇ったような叫び声をあげ、そして飛び去ってしまった。
……なにがなんだかわからない。