便箋8 破綻の日 その2
「侵入者、見ぃつけた」
……煙がしゃべった。
煙じゃない!
ゴーストだ。
実体を持たないモンスター!
どうしてこんなところに!??
「ひゃははは。やっぱあの魔女、人間をかくまってやがった。手紙のとおりだあ」
笑うゴースト。
ふわりふわりと空中を泳ぎまわる。
「竜王様が知ったら、まとめて処刑だあ。おお怖い怖い、ひゃはは」
竜王様が知ったら……
竜王「様」?
!?
「まさか貴様! か、看守か!?」
バンっ!
箱から飛び出すと同時に、俺はゴーストにつかみかかる。しかしなんの手ごたえもなく、触れることもできない。
「くっ!」
「ひゃはは、バーカ!」
けたたましく笑うゴースト。
ふわりと白布のような体をくねらせて、宙に舞う。
「魔女もお前も終わりだよ、ばいばーい」
ゴーストが、すぅと壁に消えた。
吸いこまれるように。
に、逃がすか!
「待て!」
あわてて階段まで追う。
ようやく暗闇が薄れて視界が開けてきた。だがゴーストはもう、2メートルも上を飛んでいた。慌てる様子もなく、階下の俺に手を振っているではないか。
「やーい、ここまでおいでーだ」
「舐めるな……」
ダンッッ!!
俺は一足で階段を飛び上がる。そして腰の聖剣を真横に抜いた。
シャン!
先端が折れた刀身、だがギリギリ届いた。ゴーストの煙体を上下に切り離す!
「ギャッ、痛い! こ、これは特級神器……!」
断末魔をあげるゴースト。
「い、いぎゃあああああああああ……」
かき消えるようにゴーストが霧散した。
よかった、まだ剣に精霊の力が残っていたらしい。
しかし焦った。
まさかゴーストの看守が来るとは。
してやられた。
物理的に出られない魔方陣だが……なるほど、物理体を持たないモンスターなら出入りは自由なわけだ。魔女が地下室に隠れるよう指示していたのは、これが理由だったのか。
「さて……し、しまった!」
安心したのもつかの間、俺は自分のしたことに愕然とした。
やってしまった。
竜王軍の役人を倒してしまった!
なんてことをしてしまったんだ……!
1階へ俺は走った。
「魔女! すまない、やってしまった!」
折れた剣を持ったまま、俺は駆けまわる。
「どこだ、魔女!」
食堂にもいない。
俺の部屋にもいない。
大部屋にもいない。
まさか、まさかもう砦にいない?
そんな馬鹿な。
エントランスへ向かう。
すると―――
「な、なんてことだ!」
息が止まる。
内ドアが開いているではないか。
触れることさえできなかった内ドアが……玄関室へのドアが開いている!
まさか出られるのか?
外への扉も開いているのか?
砦から出られる―――?
俺は折れた剣を構えたまま、恐る恐る玄関室をのぞきこんだ。まさか魔女もいるのか?
だがそこには―――
「うおッ! な、なんだ!?」
玄関室をのぞき、絶句した。
血まみれだ。
5メートル四方ほどの玄関室は、肉片と血で真っ赤じゃないか。すさまじい臭いに、俺は顔をそむけた。
「う……」
すさまじい有り様の玄関室。
血祭というべき室内の奥に、外扉はあった。
外扉は開いていない。
開いていないではないか。
だが、だが、本当に出られないのか?
確かめずにいられるか!
血で染まった玄関室へ飛びこんだ。
「うおっ……くッ!」
ベシャ!
足をすべらせ、ヒザをついてしまう。ズボンにべったりと血が付いた。
知ったことか!
一心不乱にドアにすがりついた。
だが、外扉にもノブはなかった。がっしりと閉じられた扉は、なんの突起もないのっぺらぼうだ。
上を見ても下を見ても、開くための部品はない。
しかも……
「は、ハハハ。そりゃそうだ」
触れない。
ドアを押そうと全体重をかけるが、どうしても触ることができない。あとほんの数ミリなのに、扉と指は接触できない。
ははは……、わかってたさ。
「ハハハ。この血は……」
血まみれの手を見る。
まさか、この血は。
「なにがあったんだよ。魔女は……魔女はどこだ!」