便箋50 結びの挨拶
「俺と結婚してくれますか、砦の魔女殿」
「……お受けします、ジバン・フレイ殿」
「これで、アダンに出す手紙は決まったな」
「ふふ!」
「結婚式の招待状を出そう」
「ふふふ!」
「さて、どうやって兄上をもてなしたものやら」
「ちゃんと出席して来てくれるかな、義兄殿は」
「来たくなるような文面を考えるしかないだろう」
「矢も楯もたまらず駆けつけたくなるような案内状ね」
「考えよう」
「うん、考えよう。ふたりで」
「あ」
「どうしたの? あ」
パリン。
ピィイイイ!
ピイイイイイイイ!
ピヨピヨ。
ピヨ!
「生まれた」
「かわいい」
ダークコンドルのヒナが生まれた。
美しい黒い毛に覆われた、かよわい姿。粘液にまみれながら、俺の手の中でぴいぴい鳴いている。
なんて元気なんだ。
俺ではなく、魔女を見ているのには少し複雑な気持ちになった。呪文の効果なんだろうが、俺が持ってやってるのに無視かよ。
だが、ちいさな頭にタマゴの殻を被ったままのヒナの姿よ。
おもわず笑ってしまった。
「かわいいな」
「ようこそ君よ」
「ぴいぴい! ぴいぴい!」
やかましい。
自分を閉じこめていた牢獄を、自分の力で破ったぞ。そう誇らしげに主張するように、ヒナは鳴きつづける。
見事だぞ、と俺は思った。
「ヒナ貸して」
「うん? ああ」
魔女は両籠手を受け皿のようにして突き出してきた。まだ殻を被ったままのヒナを、慎重に渡してやる。
なんだか20歳のはずの魔女は、年齢を変えたわけでもないのに大人びて見えた。ただただ、新しく生まれた命を慈しむ目。
「……これがあの怪鳥になるなんて信じられんな」
「でもこんな小さいのに、すごいテンション高い。とんでもないモンスターになる素質あるよ」
「自力で殻を破ったくらいだからな」
「そこはふつうでしょ」
「なら、俺たちもこの城から出ないとな」
「この子に笑われるね」
「ああ、本当にそうだ」
「うん」
「……ちょっと聞いていいか?」
「なに?」
「なんでお前、いきなり10歳くらいになってるんだ?」
「あたしの顔を覚えさせなきゃ。全部のあたしを。ねー、ダーコン」
「またその名前かよ」
「今度は30歳の私だ。よく見てるのよ、ダーコン」
「いそがしいお母さんだ」
「よし、次は一気に90歳の私だ」
目まぐるしく年齢を変える魔女。
それを見せられるヒナの混乱はすさまじいようだ。ぽかんと口を開けて、魔女が変化する様子を眺めている。
生後1分でこんなワケのわからないものを見せられたら、たまったもんじゃないな。
俺と魔女はまだ牢獄にいる。
依然として命の危機に瀕している。
頼れるのは、残念ながらアダンだけ。
アダンに来てほしい。
だから手紙を出そう。
「手紙、どんな内容にしようか」
「まずはこの城の全景図を描かないとね。あとは城の幹部についてとか。アダンの役に立つ情報を書いとかないと」
「アダンに戦わせる気満々だな、お前」
「どうせ戦いになるに決まってるもん。きっと血の雨が降るわよ」
「おそろしい。どんどん来てほしくなくなってきた」
「私もおそろしい。だから手紙は、なるべく穏やかな内容にしないと。そのうえでインパクトのあるやつ」
「また難しいな……まず書き出しは『拝啓、聖鎧の勇者アダンへ』とか」
「却下。それのどこがインパクトあんのよ」
「そうか? それじゃあ……親愛なる兄上―――」
「却下却下。平凡すぎる」
「ムッ、じゃあどんなのがいいんだよ」
「お義兄さまへ、とかがいい。誰だコイツってなって、きっと読んでくれると思わない?」
「ほぉ。それで、内容は?」
「砦から現在までに起こったことぜんぶ書く! 私たちがなにを企んだのか、ぜんぶタネ明かしすんの。読み終わった瞬間、ブチキレて飛んできてくれるはずよ」
「きゃきゃきゃ却下却下却下!」
「ダメ?」
「それのどこが穏やかなんだ! 俺を殺す気か!」
「なるべく穏やかに書くから」
「絶対に反対だ! もしそんな手紙書いてアダンに送ってみろ、俺はこの窓から投身自殺するからな!」
「そんなことされたら私いきなり未亡人になる。困る」
「だったら書くなよ!」
「わかった」
「絶対だぞ!」
「わかったってば」
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以上が、今日(玄歴1547年2月21日)までの出来事でございました。
急ぎ、私たちが軟禁状態かつ存命でありますことをお伝え申しあげる次第でございます。
お義兄さま、どうかお助けください。
愚かで哀れな弟夫婦を、なにとぞお助け下さいませ。
義兄上さまがこの手紙をお読みになられているとき、私たちがどうなっているか見当もつきません。
しかしながら、私はそんなに不安を抱えておりません。
私はもう、ひとりではないからです。
もし私たちがまだ存命であれば、欠かさずお手紙をお送り続けます。
恐れながら、50ページにもなってしまいました。
このような長い手紙を最後までお目通しいただき、幾重にもお礼申し上げます。
それでは末筆ながら、ご健勝を祈って。
敬具。
~ 追伸 ~
愚妹、恥ずかしながら不勉強なのですが。
たしか人間が魔物と契約することは、たいへんな重罪だと聞いたことがございます。
私にニセ手紙を書くよう依頼されました件。
魔物の子女らを使役されております件。
どちらも教会法に反しておられるのではないかと、いささか心配しております。
いいえ、義兄上がそのような罪を犯すはずがないと、夫は申しております。
私もそう信じております。
さりながら念のため。
義兄上さまの名誉のため。
教皇庁と王室執政部に、本件について質問状をお送りしたいと考えております。
「まさか勇者アダンが、異端の罪状に抵触なんてしておりませんよね」、と。
きっと法皇様からも王陛下からも、すばらしいご返答をいただけるものと信じております。
だって義兄上はご多忙にもかかわらず、この哀れな義妹にお手紙をくださるほどお優しい方ですもの。
魔導録の手紙、消えてしまうのが悲しくて、私が復元いたしました。
義兄上さまのお手紙ですもの。
大切に、大切に保管しております。
人間界のすべての皆さまに見せびらかしたい気持ちです。
再来月の末日には、質問状といっしょに発送できるのではないかと存じ、先んじて義兄上にお許しをいただきたく存じます。
重ねて恐れ入ります。
教会ならびに王宮へ手紙を発送する予定は、5月31日でございます。
ご都合悪しき場合は、それまでにご来訪いただきご指導いただければ幸いでございます。
くれぐれもよろしくお願いいたします。
親愛なる、聖鎧のアダン様へ。
聖鎧の魔女より。




