便箋46 鳥かご その3
「……俺たち、まだピンチだよな。けっこうピンチだ」
「そうなのよ。このままだといずれヤバい」
「教会の恐喝計画とやらが順調にいって、事業の立て直しが軌道に乗った段階くらいかな。魔人は、俺たちを始末するだろうな」
「そりゃこんなこと表沙汰にできっこないしね。秘密を知ってる私たちは、間違いなく消されるよ」
「そうはさせるか。返り討ちにしてやるさ」
「……無理だよ、もう私たち戦う手段ないもん。ていうか聖剣があってもアイツに勝てっこない。ここの城主、とんでもなく高位の魔人だよ」
「どのくらい強いんだ? さすがに竜王ほどじゃないんだろ?」
「うーん。満月の晩とかだったら竜王レベルかも」
「満月? なるほど、バンパイアの一族か。いや人狼か?」
「ううん。タヌキの妖怪」
「急にスケールが……」
「バカにしちゃいけない。め~っちゃくちゃ強いんだよ。幻術とか使うし」
「まいったな。殺されるとわかってて、ここにいるしかないのか」
「だからさ」
「うん」
「なんとかここを逃げ出して、ふたりで人間界に行こうよ」
「うん!?」
「弟が神器の盗難犯じゃなくなれば、大手を振って人間界に帰れるじゃん。私はもう魔界にいられないんだもん、いっしょに連れてってよ」
「魔女と暮らしてるなんて知られたら、俺は火刑だ」
「そのときはいっしょに焼け死んで」
「なんという恐ろしい女……いやじゃなくて」
「ダメ?」
「ダメじゃないよ。でもここから出られないんじゃ、しょうがないだろ」
「そこをがんばって逃げようよ。私たち、あの砦からも脱出できたじゃん」
「……」
「ね?」
「……そうだったな。そうだった」
「きっとここからも出られるよ」
「そのとおりだ。ああ、そのとおりだ……!」
「あはは」
「はは……そのとおりだ!」
「あははは!」
魔女は笑う。
俺も笑う。笑ったせいで腹に激痛が走った。
「うぐ! あ、痛たたた! た、助けてくれ!」
ふらふらと後ずさり、俺はベッドに倒れこんだ。
「いててて!」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃない。し、死ぬ……は、ははは」
ひっくり返った亀のような俺。我ながら情けないが、笑うしかなかった。魔女に手を引かれ、ようやく上体を起こす。
ついでに魔女もベッドに腰かけた。
俺に密着するように横に座る。外でいろんなことをしていたのだろう、ほわんと土のにおいがした。
「わ、我ながら情けないな。ひとりで起き上がることもできない」
「これじゃ作戦どころじゃないね。いま出来ることは無さそうだし、まずは弟の全快を待たないと」
「い、いや。できることならあるぞ。紙とペンは手に入らないか」
「紙とペン? 手紙でも書くの?」
「ああそうだ。たくさん紙が必要になるぞ、インクもな」
「なんの手紙? ていうか手紙なんか出せないよ。ここの城主が許すわけない」
「許すさ。出すのは広告だからな」
「……はい? 広告?」
「魔界中に、マジックアイテム修復の広告を出すんだ。無差別的にな」
「なにそれ? そんなダイレクトなチラシ、聞いたことないけど」
「俺だって無いよ。誰も聞いたこと無いはずだ、いま考えたんだからな」
「はい?」
「まあ聞けよ。いずれここの事業が再開することになったら、客に来てもらわないといけないだろ?」
「うん」
「だから広告を手紙で送りまくるんだ。注文が殺到すると言えば、ここのタヌキ魔人もノッてくるさ」
「そうかもだけど……それで? それがここから脱出する話と、どうつながるの?」
「じゃあクイズだ。魔界でいちばんポピュラーなアイテムはなんだ?」
「そりゃ武器だよ」
「その次は?」
「次? うーん、回復系の道具かな」
「その次は?」
「えー次? たぶん移動のアイテムかな」
「それを横領する」
「……え?」
「修理の依頼が来れば来るほど、たくさんのアイテムがここに集まってくることになるぞ。なかには解毒のアイテムも、移動のアイテムもあるはずだ」
「……」
「そのなかには、人間界に帰れるアイテムもあるかもしれない」
「……」
「どうせここで働かされるなら、集まったマジックアイテムで脱走しよう。そのためには、たくさん注文が来てくれないと困る。だから広告を出すんだ」
「え~、そんな上手くいく?」
眉をしかめる魔女。
俺は得意なって説明をつづけた。
「やってみないとわからないぞ。もう後がないんだから、やってみるべきだ」
「広告もいいんだけどさ。それより、先に書かなきゃいけない手紙があるんだけど」
「なんだ? なんの手紙だ?」
「……」
「……」
「……」
「? おい」
「勇者アダンに」
「……え?」
「アダンに手紙を出したい。私がこの城にいるから、助けに来てって手紙」
「え……は!?」
「ここの地図も書く。あ、城の見取り図も書かないと」
「……」
「アダンに助けに来てほしい。この城まで来てほしいの」




