便箋45 鳥かご その2
「……え?」
「監禁されてんの。いま」
俺は魔女の体から手をおろした。
自分でもいま気づいたが、ずっと魔女を抱きしめたままだった。いつのまにか20歳くらいになってる魔女は、俺と目を合わそうとしない。
「……」
「監禁されてんの、私たち」
「……」
「……やっぱ3択にすればよかった」
「うつむいて言うな、こっちを見てくれ。いや待てよ、ぜんぜん監禁されてないだろ。窓も開くし……というか、お前ふつうに建物に出入りしてるじゃないか」
「建物じゃない。工場をふくめた城の敷地から出られないの。魔人の呪法で」
「んな!?」
「びびった?」
「あ、あ、当たり前だ! ちゃんと説明してくれ!」
「弟、手ぇ貸して」
「手?」
「手」
魔女が俺の右手に触れる。
籠手の感触がとても冷たい。ゆっくりと、手の甲に埋まった回復薬を撫でた。
ジィン!
持ち上げられた腕に、するどい痛みが走る。
「さっきから光ってるんだよ、これ」
「うん。きれいでしょ?」
「いや、きれいだけどさ」
「……」
「もしかしてこれは……回復薬じゃないのか?」
「ごめん、ウソついた。これ、ホントは回復薬じゃない」
「それは……どっちの意味だ? 回復薬を使ってないってことか?」
「回復薬を使ったのはウソじゃないよ。実際にケガもよくなってるでしょ。でも行商人から買ったのは、ホントは塗り薬だった。ごめん、いまお前の右手に埋まってるのは回復薬じゃないの」
「じゃあ、これはなんだ?」
「見て」
ズル……魔女がケープの襟を引き下げる。伸縮のある素材らしい。ぐいと引っ張られ、魔女の首から、さらに胸元まで露わになる。
俺は思わず目をそらした。
「見てったら」
見る。
そこには宝石のようなものがあった。
首と胸の中間くらいの位置に、コルク栓くらいの大きさの宝石が埋まっていた。肌に直接埋まったそれは、ぼんやりと青白く光っている。
「弟の右手にあるのと、おんなじアイテムだよ」
「……どういうアイテムだ?」
「この城の敷地内にいるかどうか判断するセンサー」
「……センサーの意味がわからないが、とても嫌な予感がするぞ」
「簡単に言うと、この城の外に出たら毒素を出す仕組みになってんの。外そうとしても毒化する」
「なんという……!」
「ここの魔人に埋めこまれちゃった。私たちが逃げないようにするための安全装置ってわけ」
「……待て。最初から説明しろよ」
「最初からって言われても」
「そもそも、どうして俺たちこんなとこにいる」
「砦から逃げ出したあと、宿を探したの。とりあえずの隠れ家にするために」
「うん」
「その宿を経営してたのが、この城の魔人だったわけ」
「は? いや、ここの城主はマジックアイテムの事業してたんじゃないのか?」
「それが操業停止になってたから、副業的にホテル業やってたんだって」
「……それで?」
「私、弟の看病するためにここを借りたの。そしたらその宿の支配人に、私が脱獄囚だってバレたの。なんか新聞で知ったんだって」
「え……新聞記事になってるのか? というか魔界に新聞なんかあるのか?」
「あるよそりゃ。その支配人の報告で、城主が宿まで来ちゃってさ。竜王に通報されたくなかったら言うとおりにしろって」
「……なんてこった」
「そんで剣を奪われて、そのままこの城に連れてこられたの。脱走防止のセンサーまで埋めこまれて、あとはご覧のとおり」
「なん……と……!」
「それだけじゃなくて」
「まだあるのか!」
「教会から金を受け取ったあとは、事業の再開のために私たちをここで働かせるって言ってた」
「なななななんだって!?」
「つまり労働力にするために、私たちは生かされてるってわけ」
「イヤだ! そんなもん!」
「私だってイヤだけどさ。でも、おかげで私たちはここに隠れてられるんだよ? そうじゃなきゃ行き倒れてるか、とっくに捕まってるかだよ」
「……」
「それに私、もう魔界のどこにも行き場なんかないし」
「じゃあ……なんで逃げたんだ」
「へ?」
「どこにも行き場がないんなら、なんであの砦から逃げたりしたんだ」
「だって逃げたかったんだもん。もうあそこウンザリだったし」
「…………あ、そう」
「ムカ! なにその反応」
「いや、つまらないこと聞いちゃったと思ってな」
「そう言えば俺もおなじだったと思ってな。人間界に、もう居場所がないのを忘れてたよ」
「……どう? 怒った?」
「なにが?」
「私が城主より強かったら、こんなことにならなかったもん。だから怒った?」
「……」
「弟?」
「……すこし話はそれるんだけどさ」
「なに?」
「魔女は、ここの魔人に会いに行くところだったんだよな?」
「うん。弟が起きたからやめたけど」
「あとでまた行くか?」
「どうしようかな、行こうかな」
「まず、なにしに行くとこだったんだ?」
「べつに大したこっちゃないよ。ちょっと思いついた用事があっただけ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……魔女」
「どしたの?」
「考えたんだが。いや……やっぱりいい」
「言ってよ」
「これは、その、とてもリスキーな話なんだが。その魔人に頼んでさ」
「うん」
「剣を盗んだのは、最初からその魔人だった……ってことにしてもらえたりしないかな?」
「ひょ?」
「いや、つまりだ。そうしてもらえたら俺は、剣の盗難事件と無関係ということになる」
「……」
「その魔人が剣を盗んだことにしてもらえないかな」
「……」
「どうせここから逃げられないんだったら、せめて利用できるものは利用してやろうかなと」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「びっくりした」
「やっぱダメだよな。うん」
「じゃなくて、アイディアがカブった」
「ああ……え?」
「あははは」
「?」
「あはは! 私が魔人に会いに行こうとしたのって、それを提案しようと思ったからなんだよね」
「え゛っ」
「私もそれを魔人に頼みに行こうと思ってたの。弟が人間界で犯罪者にならずにすむなら、そうしてもらおうと思ったの」
「……魔女」
「あはは! アイツなら、絶対この提案に食いついてくるって!」
「お前、魔人のことをアイツとか……え、ホントに耳を貸してくれそうなのか?」
「くれるくれる。確実に!」
「し、しかし提案しといてなんだが、こんなムシのいい頼みを……」
「だって魔人が剣を盗んだってシナリオにすれば、モンスターが自由に教会に出入りできたってことになるじゃん」
「……ああ!」
「教会の連中、きっと震えあがるよ。今度は神器の盗難くらいじゃすまないって思わせれば、身代金も脅し取りやすいってもんじゃない」
「た、たしかに」
「きっとあの魔人も、この話にノってくるって」
「なるほど……だよな。うん、そうだな」
「きっとそう!」
「……ふーむ」
「なに? なんか言いたそうな顔だけど」
「……俺たち、まだピンチだよな。けっこうピンチだ」
「そうなのよ。このままだといずれヤバい」




