便箋43 ジバン・フレイ その6
「魔女……俺の魔女」
「ぬあ」
変な声を出す魔女。
とてもロマンチックとは言えない、マヌケな声。一歩動いた魔女の足が、ガシャンと金属音を鳴らした。
「いてて」
「ねえ、弟」
「なんだ?」
「怖かった、弟に嫌われるのが」
「嫌いになんかならないよ」
「……あの日、なにがあったか聞きたい?」
「ああ」
「弟が刺されたあと、あたしは籠手と脚甲を急いでハメた。どうせこのまま死ぬんなら、いっそ神器を使って脱出できないかって考えたの」
「よく決心できたな、そんなこと」
「夢中だったから」
「夢中か」
「籠手と脚甲をハメたら、ものすごい怪力になれた。弟を片手でも引っぱれたもん。撃たれた足だって、脚甲履いたとたん走れるようになった」
「よくあの鎧が、お前の思いどおりに動いてくれたな」
「アダンから来た手紙、覚えてる?」
「アダンの手紙?」
「ほら、あの魔導録の手紙」
「ああ、もちろん覚えてる」
「あの手紙に、あたしがアダンの友達だって書いてあったじゃん? あなたの友、アダンって」
「ああ……そういやそんなこと書いてあったな」
「それを籠手に見せてやったの。で、私はアダンの友達だぞって言ってやったの」
「まさか……そんな冗談の一文を、鎧は真に受けたのか?」
「うん。籠手も脚甲も、すんなりあたしの命令を聞いてくれた」
「……そんな手が通用するとはな」
「いまにして思えばだけどさ」
「うん?」
「最初っからこの方法で鎧を従わせることを思いついてたら、弟が刺されないですんだかも」
「ホントだな。今となってはだけど」
「えーっと、どこまで話したっけ?」
「お前が俺を引きずっていったとこまでだ。玄関室にだろ?」
「そうそう。玄関室まで弟を引きずってって、内ドア閉めたの」
「躊躇とかしなかったのか? だってその……」
「しなかった。いま思い出したらちょっと無謀だったけど」
「ちょっとって」
「まあ結果は知ってのとおりだけど。すぐに外扉が開いたから助かったってわけ」
「作戦が上手くいったんだな」
「窓から落っことした籠手と脚甲が開けてくれたの。あたし、すぐに外に出て……」
「そして、扉を開けてくれた籠手と脚甲も装備したのか」
「うん。両手両足の完全武装で走りまくった。弟をオンブして3日走ったけど、ぜんぜん疲れなかった」
「……そして、いまも武装したままなわけか」
「鎧のエネルギーも、とうとう3日目に尽きたの。そしたら脱げなくなっちゃった。あたしムッチャ泣いた。もう一生このままなんだって」
「……魔女」
「弟のバカ! あたしの手紙読んだんなら、それくらいのこと察してほしかった! 察してほしかったのに……」
「すまん。手紙に、俺を担いで走ったって書いてあっただろ? そんなことできるわけないと思いこんでしまった」
「バカ! なんでそんなに勘が鈍いの!? 鈍感!」
「鎧を利用するところまで、考えが及ばなかった。というか、いくらなんでも無茶だ。ちゃんと書いといてほしかった」
「弟なら気づいてくれると思ったのに!」
「本当にすまない。あの手紙をウソだとばかり思ってしまった」
「最低!」
「ごめん」
「この手足を見られたくなくて、ダサいマントまで羽織って隠してたのに……ていうか手紙投げたとき、あたしの籠手見えなかったの!?」
「すまない。じつは見えた」
「だったらなんで気付かないのよ! それ以前に、あたしかどうかすら気付いてくれなかった!」
「悪かった。ただその、言い訳かも知れないんだけど、あの手紙はちょっと俺には難しすぎた」
「怖かった……この手足を見られたくなかった。弟に嫌われるのが……」
「嫌いになんかならないよ。俺を助けてくれたんだもの」
「弟は女心をぜんぜんわかってない」
「いや……そりゃ俺、男だし」
「……体はもう大丈夫なの? どっか痛いとことか無いの?」
「いや全身痛いさ。あ、そうだ」
「なに?」
「俺の手に、なにか埋まってるんだ。これってなんなんだ? なんか光ってるんだが、包帯で見えないんだ」
「そ! そ、それは……」
「これは?」
「……」
「魔女?」
「それはアレ。回復薬」
「なんだいまの間は。回復薬って?」
「砦から逃げる途中で、行商人から回復薬買ったの。体に直接埋めこむやつだから、よく効くでしょ」
「これ回復のアイテムだったのか? それにしてはやたら痛むぞ」
「痛いのは、ちゃんと効いてるって証拠。右手の骨折と背中は、ほとんど回復してるんじゃない?」
「ああ、骨折のほうは大丈夫だ。そう言われたら、背中まで剣で貫かれたんだっけ。背中はぜんぜん痛くないところを見ると、やっぱり効いてるんだな薬」
「ね?」
「そういや、俺が刺されてから何日経ってるんだ?」
「砦を逃げてから、まだ5日だよ」
「5日……そんなに気を失ってたのか」
「弟、その間に14回くらいオネショした。脱がして洗濯して、ついでにヒゲも剃ってあげたよ」
「う、うそだろ……この歳で漏らすなんて恥だ。しかも女性に見られるなんて……」
「しょうがないじゃん、気絶してたんだし」
「お前は男心をまったくわかってない」
「あたし、女だし」




