便箋42 ジバン・フレイ その5
そのとき、いきなりドアが開いた。
バアアアアアアアン!
「うわあッ、誰だ!」
おもわず飛び上がる。
全身の傷に激痛が走った。
「ぎゃあ! 痛たたたたたたたたたた! き、き、貴殿は何者だ!」
悶絶しながら叫ぶ。
ケープマント。
さっき折り紙を投げこんだマント野郎が入ってきた。
痛みをこらえながら、なんとか相手の素性をたずねる。さっきのマントと同一人物かどうかはわからない。ケープマントこそ同じだが、さっき見たときより小柄な感じだ。
もしかしたら別人なのでは?
ちょっとケープのサイズが大きすぎるように見える。裾なんか、床についてしまってるじゃないか。完全に姿を隠しきる不気味なマント。
俺は、砦でゴーストに襲われたときのことを思い出した。
まさか、中身がないなんてことないだろうな。
「ど、どなたか? あなたが助けてくれたのか?」
身構える。
なんとか平静な態度を装ってみるが、さっきの悲鳴を聞かれたあとだし無意味かもしれない。もしもケープが敵なら、今の俺では手も足も出ない。これからどんな目に合わされるのか……
俺はベッドから降りるべく、ゆっくりと動いた。襲いかかってくるかもしれないので警戒したいが、まるで亀のようなスピードでしか動けない。
ダメだ。
とても戦える体調じゃない。
床に降りた俺は、ゆっくり、ゆっくりと跪いた。
「……なにとぞ、貴殿の慈悲を乞いたい。このとおり伏してお願い申し上げる」
頭を垂れて、口上を述べる。
平伏―――
「貴殿は、砦の魔女をご存じござらんか。私とともに生活していた魔人ござる。知っておられたら、どうかお教え願いたい」
「目の前にいるじゃん」
……え?
この声は。
おそるおそる顔を上げると、そこにはフードを脱いだ魔女がいた。
「ま、ま、魔女!」
とんでもない甲高い声が出た。びっくりしすぎて動けない……固まる。
「本物か!?」
「なによ本物って! 当たり前じゃん、見てわかんないの!?」
怒る魔女。
14歳くらいの、いちばんメンドくさい年齢だ。
「なに!? ご存じござらんか~↑だって。ぜんぜん似合わない言いかた!」
「あ、あ、あの。魔女」
「うるさい! ちょっと黙って!」
「あの……」
「マジありえない! ありえないすぎる!」
俺が困惑してることなどお構いなしだ。
魔女はなにを怒ってるのか、体を小刻みに上下させながらワーワー言い始めた。ドスドスと派手な音を立てながら、いらいらと足踏みを続けている。
「もうさ! お前が死ぬんじゃないかとビクビクしながら、毎日毎日看病してあげたのに! なんなん!」
「えっと、すいません」
「やっと目を覚まして、なんかロマンチックな感じのアレになるかと思ったのに! 思ったのにさ!」
「はい。あの、はい」
「ほら出た、ハイハイ言っとけばいいみたいな空気! あたしがなにを怒ってんのか、どうせわかってないくせに!」
「魔女だと一目で気づけなかったことを怒ってるんじゃないのか?」
「それッにっ……そうだけど!」
「許してくれ。状況がわからなすぎて、気がつく余裕がなかったんだ」
「それにしたって……!」
「いやしかし。お前がいま城にいないって手紙に書いてあったから。まさか、いるなんて思うかよ」
「ちょうどこの城の主人に会いに行こうとしてたの! だから置き手紙しようと思って、あれ書いたの!」
「いやでも……」
「そしたら弟が窓から顔出してんだもん。だからあわてて手紙投げたの!」
「なにもそんな乱暴な……それより、もう起きてるってわかってるんだから手紙はよかったのに」
「あわててたから混乱したの。そういうことって誰にでもあるじゃん」
「ま、まあね。よくあるね」
「フー! フー!」
「魔女、助けてくれてありがとう」
「フー!」
「頼むから機嫌を直してくれ」
「……あたしのこと愛してる?」
「愛してる」
「ならいいけど」
「わ、悪いけどちょっと、立たせてくれないか。痛くて痛くて……」
まだ跪いたままの俺は、ふるふると手を差しだした。我ながら情けないが、とても自力で立ち上がれない。
だが魔女は、黙って俺の手をながめている。
手を取ろうとしてくれない。
「魔女。手を貸してくれないか」
「……やだ」
「どうして?」
「どうしても。だって弟、なんにもわかってないし」
「わかってるさ」
「ウソ! わかってない」
「ああ、わからなかった。でも、やっとわかった」
「……」
「床に座ったら見えたんだ。マントの裾からお前の足が、チラッと」
「……見えちゃったの?」
「見えたよ。すまん……お前が投げた手紙を読んで、いろいろ考えてしまったんだ」
「考えたってなに? 考える要素なんかあった?」
「手紙に、魔女が俺を運んでくれたって書いてあっただろ? 俺、あれをウソだと思ってしまったんだ」
「…………最ッ低」
「ああ、最低だ。お前の足を見るまで気づかなかった。俺は最低だ」
「……」
「遅くなったけど、ちゃんと理解したよ。ありがとう魔女。お前のおかげで助かった」
「……」
「お前を犠牲にしてしまって、本当にすまないと思ってる」
「……」
「愛してる魔女。俺もお前を愛してる」
「うう……」
魔女の目に涙。
ポロリポロリと涙をこぼし、魔女はようやく俺の手を取ってくれた。
魔女の、鉄の腕。
冷たい魔女の手が、俺の手に触れる。
籠手だ。
アダンの聖鎧、魔女はあの籠手を装着している。マントの裾からは脚甲も見えた。
魔女に支えられ、俺はやっと立ち上がる。
一瞬の間も置かず、俺は魔女を抱きしめた。
「魔女……俺の魔女」
「ぬあ」
変な声を出す魔女。
とてもロマンチックとは言えない、マヌケな声。一歩動いた魔女の足が、ガシャンと金属音を鳴らした。




