便箋41 ジバン・フレイ その4
「ぐっ……」
腹の痛みがひどくなる。
これ以上、動き回るのはムリだ。ああ、くそ。
くそ、痛い……
お、落ち着け。
もう一回、はじめから考えてみよう。
とりあえず、どうやってあの砦から脱出できたんだろうか。
魔女が俺を連れ出したと手紙には書いてある。
いやいや、絶対無理だ。
足を撃たれた魔女が、俺を担げるわけがない。仮にできたとしても、ここまで走ってくるなんてムチャだ。
火事場の馬鹿力にしても不可能すぎる。
ということは、俺たちを助けてくれた何者かがいるはずだ。
さっきのケープマントのやつか?
手紙を投げこんできた、あの怪しいやつ。正体はわからないが、あいつが助けてくれたんだろうか?
「ま、まさか……」
まさか。
さっきのアイツは竜王?
あれは竜王だったのではないのか!?
ここは竜王の城?
だとすれば、あの砦。
あの砦から俺たちをどうやって連れ出したのか、考えるまでもないではないか。
竜王ならば、砦に自由に出入りができて当り前だ。
だって、砦に一方通行の魔法をかけた本人なのだから。
砦の内情が、手紙にくわしく書かれていたのも説明がつく。
魔女を拷問して聞き出したんだ。
つまり……
「魔女は、もう用なしってことじゃないか」
俺は青ざめた。
体中の血管が縮み上がる。
魔女はもうこの世にいないのか?
竜王に処刑されたのか?
もともと無期懲役刑の囚人。
それが脱走まで企てたとあっては、魔女を生かしておく理由がない。必要なことを聞き出したあとは、もう用済みではないか。
いや待て待て、早まるな!
まだ、そうとは限らない。
だが魔女が生きているにせよ、竜王に捕えられていては無事ではいないだろう。
じゃあ、俺を生かしている理由はなんだ?
治療までして、どうして俺を生かしておくんだ?
ニセの手紙を使ってまで、魔女の生存を信じさせようとするのはなぜだ?
……そんなの決まってる。
俺を改造する気だ。
ガタガタ。
ガタガタガタ。
俺は震えあがった。
俺を、生物兵器として利用する気だ。
たしか魔女に聞いたぞ。
竜王は、敵の体内に遠隔爆弾をしかける呪文を使えると。
俺の体内に、魔法の爆弾をしかけたに違いない。
そうだ。
右手だ。
包帯で見えないが、手の甲になにかが埋めこまれている。包帯の下で、いまも青白い光を放っている。
手の甲を慎重に触ってみた。
石ころほどの大きさのなにか……右手に埋まってるこれは爆弾なんだ!
俺を洗脳して、アダンに特攻させるつもりなんだ。
弟の俺なら、アダンに近づけると考えて……外にあった巨大な工場のような施設は、人間の改造工場なんだ!
ということは、さっきのフードのやつは、竜王の手下だ。
俺が逃げ出さないように、魔女が無事だという手紙を見せてきたんだ。俺が絶望して自殺などしないように。
窓だけが開く理由もこれで説明がつく。
外から竜王軍のスナイパーが、俺を狙ってるんだ。俺に不審な動きがあれば、即座に撃ち殺せるように見張ってやがるんだ。
俺が爆弾のことに勘付いたら、ただちに始末する気なんだ。
ガタガタガタ。
ガタガタ……
ドンッ!
「うわっ!」
飛び上がる。
「あいたた! な、なんだ……あ、わ、忘れてた……!」
枕もとに置いといた謎の球体を床に落としてしまった。落下の音に、本気でビビった。腹の痛みに耐えつつ、腕をベッドの下に伸ばす。
べつに落っことしたままでもいいのだが、爆発でもされたらたまらない。拾うしかない。
「うんしょ…………くそ、どれもこれも爆弾に思えてきた」
泣きたくなってきた。
もう死んだ方がマシだ。
「って……アレ? なんかおかしいぞ」
あれ?
なんでだ?
俺を生体兵器に改造するだけなら、なんで俺の洗脳してないんだ?
俺、ふつうに俺のままだぞ。
それより待てよ?
外から俺が見張られてるなんて、ありえない。そんな必要があるなら、窓のある部屋なんかに俺を置いとくわけがない。
そもそも、なんで俺は拘束されてないんだ。
俺を監禁する気なら、ベッドにくくりつけるなり、それこそ檻にでも閉じこめとけばいいんだ。
もし俺に爆弾なんか仕掛けたのなら、みっちり監視されてなきゃおかしい。外から俺の様子をうかがうなんて非効率すぎる。
「どうなってるんだ……?」
なんとか拾い上げた赤黒い球体を、ふたたびベッドに置いた。
おかしい。
これが爆弾であれマジックアイテムであれ、窓から捨てられるんじゃないのか? もちろんやらないけど。
これが竜王軍の備品なら、こんな不用心なことするだろうか?
なんかこの推理も無理があるぞ。
なんで俺は拘束されてないんだよ。
ちょっと変すぎるだろ。
「……本当にどうなってるんだ?」
ダメだ。
真剣に考えてみるが、状況がちっともわからない。整合性のある説明がまったく出来ない。意味不明すぎる。
考える。
わからない。
そのとき。
バアアアアアアアン!
そのとき、いきなりドアが開いた。




