便箋40 ジバン・フレイ その3
手紙だ!
これは手紙だ!
ガサガサガサ!
あわてて折り紙を開くと、やっぱりそうだ。丁寧な文字で書かれた、魔女からの手紙だ!
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親愛なる、私のジバン。
お前がきっと目を覚ますと信じて、この手紙を書く。
お前はいま、理解不能の状況に困り果ててるだろう。
まず、いまお前がいるのは魔界だ。
南ゼルモア海に面する城だ。
私たちが閉じこめられていた砦から、120リコメートルほど離れた場所にある。
覚えてる?
あのときお前は、籠手に刺されて気を失った。
私は、死にそうになってるお前を玄関室まで連れて行った。
外に落とした籠手が、外扉を開けてくれるのを期待してだ。
言うまでもないことだが、それは内ドアを閉めることを意味する。
そうなれば、もう砦にさえ引き返せなくなる。
気を失ったお前とふたり、玄関室で私は思った。
私はお前を愛してる。
だからお前がもし息絶えたら、私もそのまま玄関室で死のうと思った。
お前のあとを追って。
幸い、そうせずに済んだ。
5分もしないうちに外扉が開いた。
お前の計画通り、籠手が開けてくれたんだ。
夢にまで見た、外への出口が開いた。
私は飛び出した。
必死に走った。
走って走って走って、走り抜いた。
しばらく走ったところで、私は馬車を買った。
馬車を走らせること2日、私はようやく隠れ家になりそうな場所を見つけた。
それが、お前がいま目覚めた城だ。
私はいま、この城にいない。
だが、かならずお前のもとに戻る。
だから安心して待っててほしい。
愛をこめて。
お前の魔女より。
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「ふ、ふふふ。はっはっは」
思わず笑いがこみ上げる。
もとの流線形に紙を折り戻そうと思ったが、まったく折る順番がわからなくなった。だから広げたまま、もう一度読み返す。
ふう。
今度はため息が出た。
「なんだこの、ウソだらけの手紙は」
もうわけがわからん。
状況がまったく理解できない。
ふと視線を上げると、部屋のドアに気がついた。
木製のドア。
もしかして、この部屋から出られるだろうか。窓が開いたんだし、ドアも開くんじゃないか?
よっこらしょ、よっこらしょ。
体を引きずりながらドアまで這いずって行った。ようやくたどり着き、ドアノブに手を伸ばす。
ガチャ。
ガチャガチャ。
何度か回してみるが……
「ふ……ぐぅ……! あ、開かないな」
ぜんぜん動かなかった。
どうやらカギがかかっているらしい。まさか、外からしか開かない呪法がかかってるわけではないだろうが。
よっこらしょ、よっこらしょ。
ふたたび四つん這いでベッドに戻る。死に物狂いでベッドにあがり、ごろんと仰向けになった。
ドサっ!
痛たた……
右手、腹、背中の傷、それに加えて頭痛もしてきた。とくに右手に光る異物が痛い。もうなにも考えたくないが、考えずにはいられない。
「ぐっ……!」
叫び出したい衝動をおさえ、俺は静かに考える。
とりあえず、さっきの手紙について考えよう。
まず内容だがメチャクチャだ。
魔女が、俺を玄関室まで連れて行ったって?
ハハハ、どうやって?
足を撃たれた魔女がどうやってだ。
そのうえ、砦から逃走しただと?
そのとき俺をどうしたんだ。
おんぶして走ったとでもいうのか?
気を失った俺を背負って?
その間、大ケガした俺は失血死もせずにいたというのか?
道中で馬車を買った?
どこにそんな金があったというんだ。
この城を隠れ家にしている?
人間の俺を匿ってくれる施設など、魔界のどこにあると言うんだ。
まさかこんな大きな城が、空き家だったとでもいう気か?
この手紙は完全にウソだ。
メチャクチャなことばかり書いてある。
だが、そうなるとおかしなことがある。
なんでこの手紙は、あの砦で起こったことに詳しいんだ。
とくに最後の日、俺が刺されたことまで記述してあるではないか。
その事実を知っているのは……
知っているのは、俺と魔女だけだ。
つまりこの手紙を書いたのは、魔女ということになる。
じゃあなんで、魔女はこんなデタラメの手紙を書いたのか?
考えられるのは……
いやいや。
もうひとり、あの場にいたやつがいるぞ。
聖鎧だ。
あの鎧は、俺たちと一緒に砦にいたんだ。
だからあの日のことを知っているし、なによりあの鎧は喋ることもできた。
じゃあ文字を書くこともできるんじゃないか?
このウソ手紙は鎧が書いた―――?
「ふ、ふふ」
ありえない。
いや、あの鎧なら手紙を書いたとしても驚かない。なにしろ手紙を読んだくらいだからな。書いたとしても不思議じゃない。
だが鎧がこれを書いたなんて有り得ない。
だって、手紙にちゃんと書いてあるじゃないか。
玄関室と。
俺たちは鎧の前で、玄関室なんて言葉は一度も使ってない。
あの砦のエントランスを「玄関室」と名付けたのは魔女だ。だからあの部屋を玄関室と呼ぶのは、この世で俺と魔女しかいないはずだ。
つまりこの手紙を書いたのは、いや、書けるのは魔女しかいない。
やっぱりこの手紙を書いたのは魔女だ。
じゃあ、なんでこんなデタラメな手紙を書く?
答えはひとつしかない。
無理やり書かされたんだ。
「アダン……!」
ギリっ!
俺は歯を咬みしめた。
俺が気絶した後、砦にアダンが来たに違いない。
竜王軍じゃない。
竜王軍なら、オレを生かしておく理由がない。
じゃあ俺を助ける理由があるのは誰だ?
アダンだけだ。
アダンめ!
事情が変わったか、気が変わったか……とにかくあの日、アダンは砦に来たのだろう。そこで聖剣に刺された俺と、足を撃たれた魔女を見つけたに違いない。
そしてなにが起こったか、鎧から一部始終を聞かされた。
折れた聖剣を見て考えたはずだ。
弟が死んではマズい。
なんとしても生かして、教会に連行しなければ。
だからヤツは俺を砦から連れ出し、この建物に運んで治療した―――
下にいたケープマントは、ヤツが使役しているとかいう魔物娘だろう。つまり折り紙にして投げこんできた手紙は……
「ははは」
罠だ。
魔女がここに戻ってくると書けば、俺が逃走しないとでも思ったんだろう。
俺を騙す必要がある。
ということはつまり、魔女はここにいないということだ。
やがて魔女を人質にして、俺を懐柔するつもりなんだ。
いや脅迫する気だ。
つまり……
「くそっ、あの悪魔め……!」
アダン!
アダンめ!
あの野郎、魔女を拷問したな!
無理やり、魔女にあの手紙を書かせた。
そしてどこか、この城とは別の場所に監禁してるんだ!
その証拠に、俺が城内を動き回れないように、ドアを施錠しているではないか。魔女の不在を確かめられてはマズいからだ。
じゃあ、なぜ窓は施錠されてない?
ふふふ!
決まってる。
……あれ?
なんでだ?
「あれ、なんでだ? なんで窓は施錠されてないんだ?」
ゆっくりともう一度、窓に手をかけてみた。
ギギギイと音を立てて、簡単に開くガラス窓。ぜんぜんふつうに開く。
「どうなってるんだ? ここからふつうに逃げられるぞ……?」
アダンがこんなミスを犯すはずがない。
ということは……
え?
俺をここに連れてきたのは、アダンじゃないのか?
おかしい。
なにか推理が間違ってたか?




