便箋4 砦の生活 その4
改めて読んで……我ながら情けない。
魔女の言ったとおり、この手紙にはウソがある。
というかウソだらけだ。
まず、手紙の中に出てきた勇者アダンの弟。
それは俺のことだ。
ウソじゃない。
俺は本当に「聖鎧の勇者アダン」の弟だ。
名前はジバン。
盗賊なんかじゃないし、もちろん死んでなどいない。こうしてちゃんと生きている。
俺は勇者アダンの弟である。
兄とは比べられないほど弱いが、それでもまあ、国から魔界調査を任される程度のレベルだ。
……どうしても、兄に俺の生存を知られたくないのだ。いっそのこと死んだと思ってもらいたい。いや、俺は死んでなければマズいのだ。
そのために俺は、架空の盗賊の名義で手紙を書いた。まあ、このへんの事情を説明すると長くなるのだが。
とにかく俺は、竜王軍とまっっっったく関係ない事情でここにいるわけだ。たまたま通りかかった砦を、竜王軍の要塞だとカンチガイしてしまったのだ。
それは要塞ではなかった。
魔女専用の監獄だった。
一生の不覚である。
手紙にも書いたが、この砦は魔女を投獄するための施設だ。
もともとは竜王軍の出城のひとつだったそうだが、とっくに使われなくなり刑務所に流用されたらしい。
だが俺の入手した魔界の情報は、残念ながら古すぎた。勇んで侵入したものの、入口には一方通行の魔法がかけられていた。
出ようと思ったときには、もう遅かった。
固く閉ざされた扉は、内側からは決して開かなかった。
そして砦に収監されていたのが、あの魔女だったわけだ。
どんな罪を犯して投獄されたのかは知らないが、竜王の怒りを買っての終身刑だ。相当な罪なのだろう。
もちろん魔界の法治も刑務も、人間の俺の知ったことじゃない。
問題は、この刑務所ならぬ刑務砦の立地だ。
この砦は、竜王の城に向かうためのルート上にある。つまり竜王城を目指して進軍すれば、かならず立ち寄る要所にあるのだ。
もしも兄……勇者アダンまでこの砦に閉じこめられれば、竜王軍と戦える者はいなくなってしまう。
それも重大な問題だが、ひとまず俺の命だ。
砦に閉じこめられたと知ったとき、俺は心の底から恐れた。
魔女が俺のことを、竜王軍にバラすのではないかと。
そりゃそうだろう。
知らない人間が、いきなり自分の独房にやってきたのだ。ふつうの囚人なら、看守に通報するに決まってる。
そうなれば俺は、竜王軍に連行されてそのまま処刑だ。
俺は、心の底から恐れた。
だが俺はまだ、竜王軍に見つかっていない。
魔女が俺を匿っているからだ。
看守が来るとき、俺は砦の地下室に隠れているのだ。
この砦には、ときどき竜王軍の上級モンスターがやってくる。この砦の看守をつとめるモンスターだ。看守が来るとき、俺は砦の地下室に隠れている。
この看守が、ときどき砦に食料を運んでくるのだ。だいたい一週間分をまとめて持ってくる感じだろうか。
竜王軍は、この砦には魔女しかいないと思っているにちがいない。だから配給される食糧はひとり分だけだ。
魔女は子供の年齢になることで、食事量をほぼ半分に減らしている。そしてもう半分を、俺に分け与えてくれてるというわけだ。
もちろんそのことは感謝している。
食事のとき魔女はいつも5、6歳くらいの姿であり、だからこそ今夜は、大人の姿で食堂に来たのでギョッとさせられた。
魔女はときどき、こうやって俺をおちょくる。
屈辱だ。
……もうおわかりだろう。
なぜ俺が、魔女に匿われて生かされているのか。
魔女と俺の思惑が一致したからだ。
すべては、この砦から脱出するためだ。
砦の入口は、竜王の呪術によって絶対に開けられない。
内側からは。
したがって誰かに外から開けてもらうしかないわけだが、それができるくらいなら苦労しない。
扉を誰かに開けてもらうよりも、もっと現実的な方法がある。
竜王の魔力を断つことだ。
砦は竜王の魔力によって封鎖されている。つまり竜王が死ねば、自動的に扉の封印は解除されるのだ。
すなわち、勇者アダンが竜王を倒してくれればいいのだ。そうすれば魔女も俺も、この砦から出ることができる。
いや訂正する。
ほかでもない世界平和のためだ。
兄には、この砦をスルーして竜王城を目指してもらわねばならない。もし兄までこの砦に囚われてしまったら、すべてが終わってしまう。
だから俺は手紙を書いた。
誰でもいい、この手紙を読んでくれ。
そして兄に伝えてくれ。この砦に来るなと。
はじめてこの砦に来た日、魔女は言った。
私の使い魔に手紙を持たせ、暗黒海にバラ撒こうと。
暗黒海の海流は、地上の海につながっている。
数百枚、数千枚と手紙を海に撒きつづければ、きっと1枚くらいは誰かの目に触れるはず。そうすれば、かならず勇者にも伝わるだろう。
勇者アダンよ、砦に行ってはならぬと。
いまの俺にできるのは、明日も明後日も手紙を書き続けることだけだ。手紙を拾った者よ、砦のワナを兄に伝えてくれ。それだけを祈って書き続けるだけだ。