便箋39 ジバン・フレイ その2
人がいた!
誰だかわからないが、人がいた!
だ、誰だ!?
魔女……魔女か!
「お、おい! ちょっと!」
俺は叫んだ。
「魔女か!?」
茶色のケープマントを被っているので、誰だかわからない。
そいつは真下の菜園らしき場所で、なにやらよくわからない作業をしている。枝で地面に、魔方陣らしき図形を書いているではないか。
「もし! そこのあなた……!」
俺は叫ぶ。
「ま、魔女か!? 魔女なのか!」
ケープの人物が、俺の声に気づいたらしい。
ゆっくりと2階の俺を見上げてきた。間違いなく俺と目が合っているはずだが、2階からだとフードが影になって顔は見えない。
あれは魔女なのか?
わからない。
男なのか女なのか、魔人なのか人間なのかもわからない。
「もし! あのちょっと! ここはどこですか!」
俺はそのまま呼びかけ続けたが、そいつは何も答えない。代わりに、大あわてでマントのポケットを探っているではないか。
なにかを取り出そうとしている……?
「ッッッ!!」
しまった!
俺は自分のマヌケさに絶望した。
ここはもしかしたら、竜王軍の施設かも知れない。
あいつは竜王の配下のモンスターかもしれない。
わざわざ自分から声をかけてしまった。
そいつは、ポケットからなにかを取り出した。
武器か!?
思わず身構えてしまうが、もうどうしようもない。
終わった―――
いや、武器じゃないぞ。
なんだ、あれは。
紙だ。
折り紙だ。
二等辺三角形に折りたたんだ紙を、そいつは頭の上に持ち上げた。その腕は、なにやら金属のように鈍く光って見える。
「な、なんだ?」
なにかと思って見ていると、そいつは鋼色の腕を振り下ろした。
折り紙を投げた!
すごいもので、尖った紙は2階へまっすぐ飛んできた。窓から飛びこんだそれは、俺の横を通りすぎて床に舞い降りる。
「うわっ、こっち来た! な、なんだコレ……えっ! あれ!?」
折り紙に注目していた数秒の間だった。
ふたたび下を見ると、さっきの人物はもういなかった。きょろきょろと周囲を見回すも、もう誰もいない。
「おおーい! おおーい!」
腹の傷を押さえながら、俺はあいつを呼ぶ。
「うぐっ、おおーい! だ、誰かいないのか! 魔女……ゴホッ! はあ、はあ……」
ダメだ。
痛みでこれ以上、大声を出せない。窓をゆっくり閉めて、俺はベッドに倒れこんだ。
ここは魔界なのか?
だとしたらさっきの人物は、魔人だったのか?
なにもわからない。
さっきのが魔女なら、折り紙を投げてくるなんて意味不明なマネをするとは思えない。それ以前に、フードを被ったまま顔も見せないなんて考えられない。
さっきのは魔女じゃない。
じゃあ誰だったんだ?
いや、魔女はどうなったんだ?
俺が生きてるということは、あいつも生きてるのか?
「うぐ……」
精一杯の力を振りしぼって、どうにかベッドから降りた。
「がっ! あ、あれ……?」
体勢を崩して、骨折した右手を床についてしまった。激痛……と思ったが、あんまり痛くない。不思議に思い、包帯が巻かれた指を慎重に曲げてみる。
あんまり痛くない。
今度は伸ばしてみるが、やっぱり痛くない。
骨折が治ってるぞ?
どうなってるんだ?
完治こそしてないが、動かすのに不自由がない程度には治っている。
い、いったいあれから何日経ってるんだ?
骨折がほぼ治ってるなんて、1日や2日じゃないぞ。腹の傷がふさがってないところを見ると、さすがに何週間も経ってるわけじゃないようだが……
いやいや!
そんな何週間なんてあるわけない!
「く、くそ。何がどうなってるんだ……」
四つん這いになって、さっき飛んできた折り紙に近づく。手に取ったそれは、なんだか矢羽を思わせる流線形をしていた。
まじまじと眺めてみるが、魔力は感じない。2階まで飛んできたのは魔法ではなく、ただ放り投げただけだったようだ。
なんでこんな折り紙が、鳥みたいに飛んできたんだろう?
紙自体が、なにかのマジックアイテムなのだろうか。
ガサ……
「え……あっ!」
紙の真ん中、谷折りになった部分に目を見張る。
内側に文字が書いてあるではないか。
細かい字でびっしりと。
手紙だ!
これは手紙だ!
ガサガサガサ!
あわてて折り紙を開くと、やっぱりそうだ。丁寧な文字で書かれた、魔女からの手紙だ!




