便箋38 ジバン・フレイ その1
「どこだ、ここは……?」
俺が目を覚ましたとき、最初に気づいたのは場所の違和感だった。
なんでベッドに寝てるんだ?
いつも床にマットを敷いて寝ているのに。
ゆっくりと腹をさすると―――激痛!
「ぅがあッ! 痛ててて!」
たまらずベッドに倒れこむ。
体を丸めてこらえるが、痛みはすさまじい。見れば俺の全身は、包帯でぐるぐる巻きではないか。
「ぐああああ! お、思い出した……俺は……」
思い出した。
俺は聖剣で刺されたんだった。こ、この痛みは……
「お、俺は、生きてるのか?」
マヌケにも今ごろ気がついた。
腹が痛い。
「な、なにがどうなって……ぐぅッ! うう……」
身をよじりながら、自分の体を擦ってみる。痛いし、温かいし、冷たいし、やわらかいし、固い。
間違いなく俺は生きている。
「ぐあっ! い……痛い!」
ズキィ!!
腕に、痛みと異物感を感じた。骨折とはべつの痛み……手の甲に、焼けるような激痛が走る。そうだった、右手を骨折してたんだった。
だれが巻いてくれたのか、包帯に覆われて傷口は見えない。
しかし、なにかあるぞ。
包帯の下に、コルク栓くらいの丸いものがある。なにやらボンヤリと光っているではないか。触ってみると、どうやら皮膚の下に埋めこまれているようだ。
な、なんだ?
冗談じゃないぞ、なんだこれは? もちろん取り除きたいが、包帯を破らないととても無理だ。
だが包帯の丈夫なこと……引っぱっても破れやしない。というか結び目すらない。どうやって巻いてるんだコレ。
そうだ聖剣は?
聖剣で包帯を切り裂けばいいんだ。
あたりを見回してみた。
だが見当たらない。
聖剣どころか、刃物と呼べるものはなにもなさそうだ。
「おや?」
足のあいだに、なにかある。
布団をめくってみると、リンゴほどの大きさの球体があった。やたらデコボコした形……赤と黒の縞模様がとても不気味だ。
「な、なんだこれ?」
触ってみると、気持ちの悪い温かさだった。
なんだ?
なにに使うものだコレは?
いや、とりあえず今はいい。
球体はいったん枕もとに置いといて、まず包帯を切れるような刃物をさがそう。
あらためてベッドの周囲を見回してみる。
大きなガラス窓から日が差しこみ、室内のほこりをキラキラと照らしている。乱反射する光のせいか、室内はやけに明るい。
あのガラスを割って、破片で包帯を切れないかな?
いやいや無理だ。
この砦の建材は、竜王の呪法で壊せないんだった。
いかん、頭がボケてるな……
え?
「……ガラス? え?」
なんで窓にガラスがあるんだ?
いままで砦にこんなの無かったろ。
「ガ、ガラス!? うぐっ……ま、窓にガラスだって……?」
ゆっくり身を起こす。
……ここ、どこだ?
あの砦じゃないぞ、ここ。
必死に腕を伸ばし、ベッドのわきにある窓枠をつかんだ。やっぱりおかしい。窓に触ることができるぞ。
ということは、ここは間違いなくあの砦じゃない。
うすく埃をかぶったガラス窓。
おそるおそる手をかけると、窓は外に向かって開いた。ウソみたいに簡単に開いてしまった。
そこから見下ろす景色は……
海だ。
見渡す限りの大海原。
押し倒されるほどの潮風が、ワッと吹きこんできた。窓がガタガタと音をたてる。俺は右手と腹の痛みも忘れ、ただ窓の外をキョロキョロ眺めていた。
海。
窓から身を乗り出し、上や下を確かめてみる。
ここはレンガ積みの建物だ。
どうやらこの部屋は2階のようだ。だが、さらに上にも階がある。
ぜんぶで4階建てか?
これは、ちょっとした城くらいあるぞ。あの砦とは比べ物にならないほど大きい。
敷地は広く、50メートルほど向こうまで庭がつづき、垣根の向こうはいきなり海だ。たぶん高台になっているのだろう。
そして庭の左側には、もうひとつ建物が見えた。
大きな煙突が5本もある、レンガ造りの建物だ。もしかしたら、あっちのほうが大きいかもしれない。
どう見ても工場のような建造物。だが工場だとすれば、なんの音もしないのは変だ。それに煙突からも煙は出ていない。ひどく静まり返っていて不気味だ。
あれはなんだろう。
わからない、ほかには何かないか?
下を見れば……
下を見れば!
人がいた!
誰だかわからないが、人がいた!




