便箋37 脱出作戦 その4
俺の腹に、剣が刺さった。
先の折れた剣なのに……恐ろしい力で貫かれたらしい。腹から背中にかけて、聖剣が俺を刺し抜いていた。
おそろしい痛みと冷たさが内臓に伝わる。
痛い。
ゴボッ!
もう一度、今度は血の塊を吐く。
「お、弟!」
背後で魔女の叫び声がした。
……ちょっと待て、背後?
ああそうか、俺は魔女をかばったのか。
我ながら大したもんだ。よく間に合ったもんだ。籠手が剣を振り下ろすより早く、魔女の盾になったのか。
ははは……
腹に刺さった剣、籠手はまだその柄を握っていた。
グルン!
籠手はぐるりと握りを変える。捩じりながら、剣をさらに押しこむつもりだ!
「うぐ……さ、させるか」
あわてて籠手を捕まえた。右手の骨折とか言ってる場合じゃない、必死で柄から引きはがす。
「どう、どうだ。捕まえたぞ……!」
どうにか捕まえることができた。俺の手から逃れるべく、激しく指を動かしている。だがもう遅い、むなしく空気を搔くだけだ。
しめた!
死ぬほどの痛みをこらえながら、よろよろと窓穴に向かう。
一歩、また一歩。
俺は窓へ進む。
ぐじゅ、ぐじゅ。
刺さった剣が、すこしづつ腹を切り裂く。
ドッ!
とうとう俺はヒザをついてしまった。
「うぐぁ! あああ!」
絶叫。
「お、弟! おとうと!」
ずる、ずる!
魔女が足を引きずりながら寄ってきた。
あれ?
魔女が老人になってるじゃないか。シワだらけの顔をさらにクシャクシャにして、大粒の涙を流している。
「お、弟。なんちゅうことじゃ……うぅ!」
「魔女……はあ、はあ。だ、大丈夫か?」
「わ、私の心配なんぞしとる場合か! 剣が、剣が刺さってしもうとる!」
「ああ、しくじったな。籠手なんかにやられるとは……ハァ、ハァ、な、情けない」
「ど、どうしよう……どうしたら……」
泣く魔女に、俺は「どうにもならないよ」と言おうとした。
だが、声が出ない。
これはいけない。
頭がぼんやりしてきた。
ああ、これはいけない―――
「ま、魔女。頼みがある……この籠手を、外に捨てて……くれ……」
「な、なにを言うとるんじゃ! 剣を抜かんと……!」
「捨ててくれ……こいつに外扉を開けさせて……砦から逃げないとな……」
「お、弟! お、お願いじゃて、お願いじゃからもう……!」
「ハァ、ハァ……頼む。せっかく捕まえたんだ、頼むからムダにしないでくれ……」
「お、弟……ひぃいい」
シャツと言わずズボンと言わず、俺はもう真っ赤に染まっていた。出血は止まらず、床は血だまりになっている。
寒い……
「そ、そとに出たかった。お前と一緒に……」
「わ、私も。私もお前と……」
俺は最後の力をふりしぼり、籠手を魔女に渡した。この瞬間、なぜか籠手の重さをまったく感じなかった。まるで、なにも持ってないみたいだった。
「ほ、ほら魔女。気をつけろよ……」
「おとうと……」
泣き続ける魔女。
枯れ木のように細い手が、俺の手に触れる。たぶん数秒のことだったが、俺には1分くらいに感じられた。
魔女に籠手を託した。
なのに俺の腕は重くなってきた。変だな、籠手を持ってるときは重さを感じなかったのに。渡してから重く感じるなんて。ダメだ、もう手を上げていることもできない。
だが、ほっとした。
魔女はもう籠手を捨てたかな。
わからない。
もう、何も見えない。
ああしまった。
聖剣を抜かないと。
なんとか腹に手を伸ばし、柄を握る。ひと思いに抜きたいのだが……ダメだ、力が入らない。
教会から盗んだ聖剣。
いつかは教会に返しに行くつもりだったのに、俺に刺さってちゃ返しようがない。これは困った。
死ぬ。
ああ、これは本当に死んだ……
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「どこだ、ここは……?」




