便箋35 脱出作戦 その2
「この籠手! なにやってるんだ!」
「ムカつく! ふざけないでよマジ!」
俺と魔女が窓穴に向かってどなる。
籠手のやつ、鉄格子を握りこんでしまったではないか。
俺も左腕を差しこみ、なんとか手を離させようとやってみるが……とても無理だ。すさまじい力でビクともしない。
カラっぽの籠手のくせに、なんという握力だ。
「くそ、まったくダメだ。どうする」
「おのれ籠手の分際で」
窓から抜いた俺の手は、もう真っ赤になっていた。爪は籠手と格闘した成果、血がにじんでいる。
「痛たた。どうするかなコレ、棒かなんかで突つきまくるか」
「じゃあこれ使おう。もう片っぽの足」
魔女がもう片方の脚甲を渡してきた。
……こんなもんでどうしろって言うんだ。だがとりあえず受け取ってしまう。
「こんなもんでどうしろっていうんだ?」
「とにかくやってみて」
とりあえず窓へ差し入れてみた。
ゴッ。
ズッ、ズッ!
脚甲を前後させて奥の籠手にぶつけてみるが、ぜんぜんダメだ。籠手のやつ、まったく格子を離そうとしない。
「ちょ、この……無理だ、こんなの」
「なかなか根性のある籠手じゃないの。わかった、今度は聖剣で試してみようよ。そういえば聖剣は?」
「1階の物置に放りこんだままだ。ちょっと取ってきてくれ、俺はもうちょっと脚甲でがんばってみるから」
「わかった。待ってて……って、ちょっと!」
魔女が走り出す。
そして階段の前で地面に伏せた。
「なんだ、どうした!?」
「いやなんでもない。これよ」
魔女が見せたのは、もう片方の籠手だ。
床に放置してあったのが、また勝手に玄関室へ行こうとしていたらしい。
「こいつ勝手にカブトのとこに行こうとする。おちおち目が離せないわね」
「驚かすなよまったく。もうそれ、お前が持っててくれ」
「無理無理! こいつ、私をツネろうとしてくる!」
「ああもう」
ワシャワシャとうごめく籠手。
激しく指を動かし、隙あらば魔女の服や体をつかもうとしている。
「ひいいキモ! 弟、これちょっと押さえといて!」
「ムチャ言うな。俺はいま脚甲持ってるだろ」
「右手開いてんじゃん」
「あのな! 俺の右手は折れて……も、もういい。踏んづけるから足元に置いてくれ。それと、はやく剣を取ってきてくれよ」
「よしきた。こいつめ、大人しくしなさい!」
「これ踏んで壊れたりないだろうな……うわっ、本当に気持ち悪いな!」
俺はおそるおそる、籠手を踏みつける。すごい力で抜け出そうとするので、あわてて体重を乗せた。足の裏から、籠手がうごく感触が激しく伝わってくる。
まるで巨大な虫でも踏んでるかのようだ、気味が悪い。
魔女は、とっとと階段を下りて行った。
そういえばあいつ、ずっと20歳の姿でいる。いつもなら目まぐるしく年齢を変えるのに、どういうつもりだろう。
まあそんなことどうでもいい。
さて……どうするかな。
俺は窓穴を覗きこんで舌打ちをした。籠手のやつ、まだ十字の鉄格子を握りしめてるぞ。なんというか、絶対に離さないという決意みたいなものを感じるほどだ。
「チッ、まいったな。よしこっちにも考えがあるぞ」
いいことを思いついた。
こうなったら餌で釣ってやる。魔女が戻ってきたら見てろよ。
「弟、聖剣持ってきた」
魔女が戻ってきた。
なんでかわからないが、年齢が15歳くらいになっているではないか。右手に剣、左手の籠手がわしゃわしゃと動き続けている。
「どうした、しばらく20歳で安定してたのに急に若く」
「階段上がったり下りたりすんの疲れるから若くなってみた。しんどいもん」
「それにしては遅かったじゃないか」
「籠手と脚甲以外のパーツ、下にほったらかしだったじゃん? ゆっくりだけどカブトのとこに這っていきそうだったから、まとめて物置に放りこんできたの。マジ疲れた」
「なるほどな、ご苦労さん。じゃあさっそくで悪いが剣を抜いてくれ」
「わかった」
シャキン。
魔女は聖剣を抜いて、折れた剣先を床に向けた。そのまま柄を俺に持たせようとする。
「はい、剣」
「ちがうちがう。剣はそのへんに置いといてくれ。で、鞘を逆さにしてくれ」
「へ? サヤ?」
「ああ鞘だ。そいつを逆さにして振ってみてくれ」
俺の言ったとおりに、魔女は聖剣をそっと床に寝かせた。そして鞘を逆に持ち、ふるふると振って見せた。
すると……
カラン!
剣の折れ端が、鞘から滑りおちた。
カランと剣先が床で弾む。
「あ、これって剣の先っぽ!」
「いいぞ、そいつを拾ってくれ。それから床の籠手を……まあいいか、踏んだままで」
ズリっ、ズリッ。
俺は籠手を踏んだまま、半歩ほど窓から離れた。窓に差しこんだままだった脚甲を抜いて、魔女に渡す。
代わりに、魔女から剣先を受け取った。
「先っぽ、鞘のなかに入れてたの?」
「お前から渡されたときに、なんとなくな。さて上手くいくかな……?」
俺は15センチくらいしかない剣先をつまみ、窓穴に近づけた。そして、ひらひらと揺らして見せる。
鉄格子を握りしめる、憎っくき籠手に見せびらかすようにだ。
「ほうら、こっちを見ろ」
パシパシ。
ピシン、ピシン。
窓の壁を、剣先で叩いてみせた。
「おい右手。これがなんだかわかるか? 特級神器だぞ」
ガシャ!
籠手が明らかに反応してみせた。鉄格子から手を離すことはしなかったが、確実にこっちに興味を示している。
あわただしく小指が立ったり曲がったりをくりかえしているではないか。まるで犬のシッポだ。
「お前の主人のアダンが、こいつを探してたのは知ってるぞ。俺がこれを盗んだせいで、アダンはカンカンなんだよな?」
挑発。
籠手を挑発する作戦だ。
「こんな折れた刀、俺はもういらん。表に捨ててしまうぞ……それっ!」
シュッ!
手首のスナップだけで、手裏剣のように剣先を投げる。投げるというか、窓のなかを滑らせる。
短刃は鉄格子のスキマをくぐり、籠手のギリギリ横を通りすぎていった。
やった!
砦の外へ飛んでいったぞ!
バッ!!
籠手は、あわてて鉄格子を離した。そのままガシャガシャと外へ向かう。まるで生き物のようだ。
落下した剣先を追い、ぴょんと飛び降りていった。
大成功だ!
「やったぞ魔女! 籠手のやつ、無事に外へ落ちてった!」
「弟すごい! やったやった!」
魔女が俺の腰に抱きついてくる。
ぴょんぴょんと飛び跳ねる、かわいい女の子。こういう屈託のない笑顔もできるのか、この女。
俺もうれしくなって、一緒に跳ねてみる。
いやいや。




