便箋34 脱出作戦 その1
ガシャン。
ガシャン、ガシャン……
「!」
「!」
砦の奥から、足音が近づいてくるのが聞こえた。
いや、足音かどうかはわからない。
とにかく金属音。
金属音が、だんだん近づいてくる。
「え、鎧!? ホントに来た??」
「お、おい危ないぞ!」
魔女が廊下に飛び出す。
あわてて追う俺。
玄関室の外で、俺たちが目にしたものは……
「おいおいおい。ウソだろ」
「なんてこと」
俺も魔女も、逃げることなく立ち尽くしてしまった。
玄関室のド真ん前、そこにあったのは……
ブーツだけだった。
いやブーツというか、正確には脚甲か。
とにかく鎧の、ヒザから下の部分だ。
左右の脚甲だけで、カシャンカシャンと歩いて玄関室までやってきたらしい。まるで幽霊が歩いて来るようにだ。
そのさらに後方から、ふたつの籠手が近づいてきていた。ずるずると、左右の籠手がゆっくりゆっくり床を這いずってくる。
その後ろには胴鎧が。
肩当てが。
さらにその他の部品が……と、競うように近づいてくるではないか。それも、じわじわと。
廊下はもう、鎧のパーツが一直線に並んでいる状態だった。
「これは……面白いな。てっきり完成してから来るもんだと思った。未完成のまま集まって来るとは健気な」
「とりあえず鎧に自動修復機能が備わってんのはわかったし、自律して動けるってのもわかったね。あとはこいつら全部、外に放り捨てようよ」
「……うまくいくかな」
「こいつらが元の鎧に戻ろうとする執念は、かなりのもんだよ。砦のなかにカブトだけ残しとけば、取り戻すためになんとしても外扉を開けるんじゃないかな。そしたら私たち、砦から出られる」
「じゃなくて。どうやって鎧を外に出すんだよ?」
「窓からに決まってるじゃん。鉄格子のスキマを通して」
「……」
「そうと決まったら2階に行くわよ。カブトは外扉の前に置いといて、ほかのやつ全部運ばなきゃ」
「もうムチャクチャだ」
「とりあえず私、足のやつ持ってくから。あと籠手よろしく」
魔女はブーツを2本、ひょいひょいと抱えて歩き出した。途中、まだ這いずっている籠手や胴鎧をぽんぽん飛び越え、もう階段を上がっていく。
「……」
俺はしばらく呆然と立っていた。
やがて、ふたつの籠手が俺の足元までやってきたのに気づく。
「え……うわっ! き、気持ち悪い!」
もぞもぞ。
俺の足を撫でまわす、両の籠手。
おそるおそる拾いあげ、魔女のあとを追いかけた。右手はどうにか動くが、まだ痛い。なんとか左手だけで籠手ふたつを拾い上げる。
両籠手は、うぞうぞと指を動かし続けている。何度も落っことしそうになりながら、どうにか2階に向かった。
廊下には鎧の部品がまだいくつも這いずっているので、避けるように歩かないといけない。
しかしまあ、鎧とはこんなに多彩な部品で構成されているものなのか。大きなのから小さいのまで、さまざまな鉄板の大行列だ。
さすがに胴体の部品は大きすぎて、あの窓をくぐれるとは思えない。
……魔女はどうする気なんだろう。
そして―――2階。
2階に上がると、魔女は脚甲に話しかけていた。
うそじゃない。
鎧の脚甲をふたつ床に立てて、それに話しかけていた。
「いい? 私はいまからお前たちを窓から放り捨てる。そのあと籠手も外に放りだす」
くどくど。
「砦のなかにある他のパーツと合流するには、外から扉を開けて入ってくるしかないからね」
「な、なにやってるんだ?」
俺は固まる。
「ただし! 足と手だけじゃ、扉のノブに高さが届かないじゃない? だから小石かなんか積み上げて、籠手がそこによじ登れるようにしてあげてほしいわけ」
くどくど。
「さきにあんたら落とすから、石コロかなんかを扉の前に積み上げといてよ。そしたらそれを籠手がよじ登ってノブ回せるじゃん? わかった?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる足。
魔女の話を理解してるのかしてないのか、ブーツのような部品だけでジャンプしまくっていた。
ぴょんぴょんぴょん。
ガシャガシャガシャ。
「……これがこの世の光景か」
俺はちょっと怖くなった。
まだ俺の腕のなかで、籠手はごそごそとうごめいている。もはやホラーだ。
「魔女、籠手持ってきたぞ。これからどうするんだ……って、おいちょっと!」
「あ、また! 弟、捕まえて!」
ぴょんぴょん。
ガシャンガシャンガシャン!
脚甲が階段に向かって跳ねていく。どうやら1階へ降りようとしたらしい。俺は籠手を放り捨てて、あわてて脚甲をつかまえた。
すると今度は、籠手がシャカシャカと階段へ這っていくではないか。
ああもう!
すかさず魔女が籠手に飛びついた。
「こいつ! よかった、捕まえた」
「もうとんでもないな。いいかげんさっさと捨てよう。なあ魔女、上手くいくんだろうなホント……」
「祈るしかないね。こんだけ元気な鎧なら、きっと大丈夫だよ」
「神よ……」
とりあえず魔女が、脚甲のひとつを窓に押しこんだ。
前にもさんざん言ったが、この窓にはガラスなどない。ただ壁に穴が開いているだけだが、その壁の厚さは40センチ以上ある。
そこへ、ズルズルと脚甲を押し入れていくわけだが……
脚甲は、半分も入りきらないうちに止まってしまった。
「弟、途中で止まっちゃった。ちょっと窓覗いてみて」
「なんだ? まさか鉄格子に引っかかったとか言わないよな?」
俺は窓をのぞき、ため息をついた。
見事に途中の鉄格子に引っかかっているではないか。十字架を思わせる鉄格子。なんというか、どうみても脚甲より狭そうに見える。
無理じゃないのか、くぐらせるの。
「弟、なんとかして。私まだ指が痛いから無理」
「こんな役回りばっかりだ、俺」
ガッ!
ガッ!
ちょっと脚甲を前後させてみるが、カカトの部分が格子にぶつかってしまう。しかたなく腕を突っこんで、カカトの角度を調整してみる。
もちろん右手はまともに動かせないので、使うのは左手だ。
やってみるとわかるが、利き手じゃない手は精密な作業にまるで向いてない。自分でもじれったくなるほど思うように動かせない。
しかも、ただでさえ狭い窓。
すでに脚甲が入ってるところへ、さらに腕まで突っこんだもんだから、スキマなどまったく無い。奥が見えないもんだから手探りでやるしかない。
「弟、まだあ?」
「ちょ、ちょっと静かにしてろ!」
何 度 も 言うように、だ。
この窓の鉄格子、腕の太さにジャストフィットしすぎて痛いんだよ。というか俺の腕とおなじ幅穴を、脚甲なんかが通り抜けられるのか?
いや大丈夫らしい。
筒状になっている脛の部分は、前後ふたつのパーツに分かれていた。それらはベルトでつながっており、それを外すことで筒状の形をくずせた。
裏側の曲鉄板を反転させ、表のもう1枚に重ねる。そうすれば鉄格子をくぐらせることは可能なようだ。
だからあとは、カカトさえ通すことができれば……
ガチャっ。
がちゃッ!
「くそ、なかなかこれは……あ! いったぞ!」
ガチャ!
やった、ようやくカカトを通せたぞ。と思ったら、脚甲は簡単に外へ捨てられた。今までの苦労がウソのように、するんと落ちていった。
「ふう。上手くいったぞ」
「やったやった! じゃあ次は籠手ね。はやく手を捨てて外扉開けさせようよ」
魔女が右籠手を渡してきた。
手を捨てる、という魔女の言葉に俺はすこし笑ってしまった。その籠手も、手首から下の部分は2枚の曲板に分かれていた。
よかった。
ベルトをはずして、さっきと同じように鉄板を重ねる。もっとはやくこの方法に気付けば、さっきあんなに苦労せずにすんだのに。
まあいい、籠手をそっと窓穴に差し入れる。このサイズなら、ふつうに鉄格子をくぐらせて外に押し出すことができるだろう。
と思った。
甘かった。
「この籠手! なにやってるんだ!」
「ムカつく! ふざけないでよマジ!」
俺と魔女が窓穴に向かってどなる。
籠手のやつ、鉄格子を握りこんでしまったではないか。
俺も左腕を差しこみ、なんとか手を離させようとやってみるが……とても無理だ。すさまじい力でビクともしない。
カラっぽの籠手のくせに、なんという握力だ。




