便箋32 無題 その2
思わず2枚とも拾って文面を見返す。
痛てて、右手で拾ってしまった。
■■■【 手紙A 】■■■■■■■■■■■■■
・勇者アダンよ、助けてくれ。
・今週中に竜王を倒しに行ってくれ。
・お前が帰ったあと、竜王軍がやって来た。
・私はいま、ヤツらの目を盗んでこの手紙を書いている。
・竜王は新しい魔術を発明したそうだ。
・魔女の血を50人分集めて飲めば、不死となる魔法だ。
・お前がこの手紙を読んだとき、私はもう竜王に連れ去られているだろう。
・竜王が不死になれば、もう誰にも倒すことはできなくなる。
・勇者アダンよ、私を助けに竜王の城へ来てくれ。
・竜王は来週にも50人の魔女を集めるという。
・かならず今週中に竜王を倒してくれ。
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■■■【 手紙B 】■■■■■■■■■■■■■
・勇者アダンへ。
・お前はいま、女の子からこの手紙を受け取ったはずだ。
・お前が去ったあと、7歳の女の子がやってきて扉を開けてくれた。
・まったく面識のない女の子だが、たまたまこの砦を見つけて扉を開けてくれた。
・あいにくだったな勇者、私はこのまま逃げる。
・さて私の恩人たる女の子だが、この砦に残るそうだ。
・理由は家出らしい。
・ここには水も食料もないから帰れと言ったが、言うことを聞かない。
・そこで女の子は置き去りにすることにした。
・恩人を置き去りにするなど理解できんかもしれんが、魔人とはそういうものだ。
・ともあれ、さすがに1日たてば腹も減って、家に帰る気になるだろう。
・まあ扉が開かないから帰れないんだけどね。
・というわけで、その子を砦から解放してやってくれ。
・ちなみにその子が死んだ場合、私は魔法でそれを知ることが出来る。
・その子に手を出せば、お前がしようとしたことを公表するぞ。
・重ねて警告する。
・私の恩人に手を出せば、お前は破滅だ。
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パサ。
パサ……思わず手紙を落とした。
舞い落ちた紙2枚。
そのそばに転がるカブトに、思わず話しかけてしまう。
「ま、まさかお前……この手紙を見て、俺と魔女の名前を呼んでたのか?」
「魔ァア女……! ジバァンンン!」
空洞のどこから声を出しているのか、カブトはまだ魔女と俺の名前を唸っている。こいつには知能など無いのだろうか。
いや、だとしたら手紙を読めるわけがない。
まして、その中から人名だけを読み上げるなんて出来るわけがない。
ということは―――
「まさか、これが聖鎧の神器の力なのか?」
「魔女ォオオ!」
「じゃあ……この袋はなんなんだよ」
「ジバァンンン!」
指の痛みをこらえながら、布袋のヒモをほどく。
すると……
ひらり。
袋の中から、1枚の紙が出てきた。
なんだろう?
拾い上げると、ただの白紙だった。
さらに袋には、食料や水の入ったビン、インクの壺、ほかにも色々入っていた。
この白紙は……なんだろうこれ?
あとで魔女に見せるか。
「おまたせ」
「うおっ」
と、思っていたら魔女が来た。いきなり声をかけられてちょっとビビった。20歳くらいになっている魔女。
その手に抱えているのは、これまた汚い小袋だ。
「内ドア開いてたんだね。これはツイてた」
「ああ。指は大丈夫か、魔女」
「私は大丈夫。傷口の成長を進めたから、すぐに完治すると思う。ちぎれてたら再生すんの不可能だったけど」
「……たいしたもんだな」
魔女の手には、まだ布切れが巻かれたままだった。しかしあまり痛がっている様子はない。どうやら本当に心配なさそうだ。
「弟が血を止めてくれたからね。失血で魔力が低下したら、再生すんのも難しかったもん」
「そうか。安心した」
「それより手ぇ見せて。私の薬草使って治癒魔法かけたげるから」
「薬草? そんなもんあったのか」
「この薬袋は私のとっておきよ。魔界の霊薬コレクション、これだけはずっと隠し持ってたの」
「俺にもヒミツにしてたってわけか」
「つまんないこと言ってないで右手出して」
「……痛くしないでくれよ。頼むから」
魔女は薬袋から枯れ葉を何枚か取り出すと、いっぺんに口に放りこんだ。くちゃくちゃと嚙んで、柔らかくなった葉っぱを1枚づつ俺の右手に貼りつけていく。
右手はすでに限界らしく、指を動かすこともできない。もう、葉っぱを乗せられただけでも痛む。
「くちゃくちゃ……よしこれでいい」
「ぐ痛ッ! 痛てぇ……!」
よだれまみれの薬草に覆われた俺の右手。それを魔女は、なでるような仕草をはじめた。
「ブツブツブツ」
なにやら変な呪文を唱える魔女。
俺の手をさするようなジェスチャーを続ける。触れられてるわけじゃない。なのに、なんかどんどん患部が温かくなってきた。これが魔女流の治癒魔法だろうか。
ともかく、ちょっとでもマシになるならありがたい。
いやそれよりも……
「痛てて……魔女、そろそろ説明してくれ。この鎧はなんなんだ?」
「あとにして。呪文の詠唱ができない、ブツブツブツ……」
「じゃあ俺が勝手にしゃべる。俺の言うことが合ってたら、うなずいてくれ。間違ってたら、首を横に振ってくれ」
「こくり」
「あの鎧……空っぽで動いてたよな? あれは特級神器の能力か?」
「こくり」
「空っぽで動いてたけど、だれかが操縦してたのか?」
「ふるふる」
「じゃあ、鎧自身の意思で動いてたのか?」
「こくり」
「俺やお前の名前を呼んでたけど、そこのニセ手紙を読んだんだと思うか? その、そこに落ちてるやつ……俺たちが書いた手紙」
「こくり」
「その、しつこいようだが。ホントに鎧が手紙を読んだのか?」
「こくり」
「鎧がだよ? 字を読んだのか!?」
「こくりこくり!」
「こ、これは口にするのも恐ろしいが……あの鎧は持ち主の命令を聞いて、分身みたいに活動する能力があったんだと思うか?」
「こくり」
「だからつまり……もしあの手紙を読んだのがアダンだったら、するであろう行動をしたんだと思うか?」
「……」
「するであろう行動ってのはつまり、その、俺たちを殺そうとしたであろうと……」
「こくり」
「もしも本人が来てたら、おなじように砦に入ってきていた?」
「こくり」
「本人だったら、俺たちは殺されてた……?」
「こくり」
「じゃあ、アダン本人はどうして来なかったんだよ」
「……ふるふる」
首をふる魔女。
すこし気を悪くしたのか、眉をしかめた。
「す、すまん。そんなことお前が知るわけないよな……」
「当たり前じゃん、バカ!」
「うお! きゅ、急にしゃべるなよ」
「治癒終わったよ。もう動かせる」
「え……おお、いやまだけっこう痛いぞ。でも動かせるな」
「だから動かせるって!」
ゆっくりと指を曲げてみる。
しびれや痛みはまだあるが、折れた骨はくっついたらしい。あんな短時間で大したものだ。やっぱりこの女、すごい魔法使いだ。
「アダンのやつ、どうなったんだろうな。死んだのかな?」
「それが可能性の①。アダンはなんでか知らないけど死んで、残った鎧がアダンの行動をトレースし続けた」
「アダンがそう都合よく死ぬとは思えないがな。というか、使用者が死んでも活動できるもんなのか? この鎧」
「神器によるけど、このレベルのアイテムなら数日は動けるだろうね。蓄積した魔力が無くなったら、充電切れで動かなくなっただろうけど」
「……ほかの可能性は?」
「可能性の②。アダンは生きてる。なんかの都合で来れなくなったんで、代わりに鎧だけ派遣した」
「派遣ね。なんか聞き覚えのある言葉だな」
「……イヤミ言うならもう話してやんない」
「すまん」
「フン!」
「ほかの可能性ってあるかな?」
「思いつかない」
「……」
「思いつかない」
「あ、そうだ。さっきそのカブトから紙が出てきたんだ」
「紙? どんなの?」
「でもなにも書いてないんだよ。ほら、これだ」
「どらどら」
俺はポケットに入れた白紙を取り出して見せた。
折りたたんだそれを広げて、魔女に渡す。
「たしかになんも書いてない……って、ちょっ!」
魔女は目を丸くした。
驚きの声。
「これ魔導録になってる! すっご!」




