便箋31 無題 その1
カブトの下には、何もなかった。
無い。
アダンの首が無い。
「……え?」
首のないアダン。
冗談じゃなく、本当に首がない。
俺は転がったカブトに目を向けた。
まさか、さっきの一撃で首がもげたのか?
いや違う。
床のカブトは、まちがいなく空っぽだ。
首なしの鎧。
不気味に直立したまま動かなくなってしまった。
まさか鎧のなかにアダンが隠れているのか?
ガシャン!
鎧が動く。
「うわっ!」
驚いて俺は飛びのいた。
ギチ。
ギチギチ、ギシッ!
動いている。
鎧はまだ動いている。
「……な、なんなんだ??」
首なしの鎧がゆっくりと俺に向かってくる。
こ、怖すぎる。
「ぐ……お、弟……」
右手を押さえた魔女が立ち上がる。苦痛の涙を流す魔女は14歳くらいか。ゆっくりとゆっくりと、鎧に向かっていく。
ボタボタと指から血が落ちる。
「魔女! 魔女、大丈夫か!?」
「うん……だ、大丈夫。それより鎧、これ空っぽだよ……えいや!」
ガンッ!
魔女が鎧にキックを見舞った。
すると―――
ガランガラン!
ガランガランガラン!!
ガラン、ガラン、ガラン……!
鎧がばらばらに崩れた。
「な……なん、なんだ」
ガランガラン!
散らばる手甲、胴、肩当て……分解する各部が、床に散らばる。そしてバラバラになった鎧のなかから、どさりと布袋がひとつ転がり出た。
だがアダンはどこにもいない。
本当にいない。
じゃあこれ、なんで動いてたんだ??
鎧のなかにあったのは、本当に袋だけのようだ。
「ど、どうなってるんだ? ア、アダンはどこだ……?」
「アダンなんか最初からいなかったんだよ……そ、そういうこと、だったのね……ぐっ」
「魔女! くそっ、何がどうなって……手を見せてみろ!」
「い、痛い……痛いぃ……」
「見せろって! 見せろ!」
「い、痛い……痛い! 痛い! うええええ……」
「こ、こりゃひどい……」
ひざまづいて無く魔女。
無理やり右手を開かせてると、目を覆いたくなるような有様だった。切断こそされてないが、人差し指と中指の肉がめくれて骨まで見えている。
「う、動かすなよ! とにかく止血してやる」
「うううう! うっうっ」
シャツを裂いて、魔女の指を縛る。
応急処置くらいにしかならないが、いまはこれが精いっぱいだ。
「うう……弟、ありがとう」
「礼を言うのは俺のほうだ。お前がアダンの不意を突いてくれたからだ。指をこんなにしてまで……」
「だから、あれはアダンじゃないって……痛たた……わ、私はいいから、そこに落ちてるカブト拾ってきて」
「あ、ああ」
転がる鎧のパーツのなかから、血だらけの兜を拾い上げる。
「ジバアアン。魔ぁ女ぉおお」
気味の悪いことに、空っぽのカブトが呻いているではないか。な、なんでカブトがしゃべるんだ?
ズキン!
「痛っっ……!」
刺すような痛みが俺の右手を襲う。
しまった、右手が折れてるんだった。マヒして気づかなかったが、いまごろ痛みがひどくなってきた。
しかたなく、カブトは足で転がすことにする。
ガン。
ガラン。
「魔ァアア女ォオオオ。ジバァアアアアアアアン」
薄気味悪いカブト。
爪先でちょっと蹴るだけで、おなじ言葉をくりかえす。き、気色悪い。というかカブトのくせに喋らないでほしい。本気で怖い。
「魔女、本当にこの鎧はなんなんだ?」
「これはね……ちょっと待って。弟、それ右手折れてない!?」
「あ、ああ。折れたみたいだ。まいったな」
「このバカ! 見せて!」
「見てもしかたないだろ。痛いんだから触るな」
「いいから見せて!」
「あ痛てて! ひっぱるな!」
「見せてっての!」
「魔ァアア女ォオオオオオ! ジバァアアン!」
「うわっ!」
「ぎゃあ!」
カブトがいきなり叫んだもんだからビビった。
いやだから、ただのカブトがなんで俺の名前を呼ぶんだよ。
「こ、これはどうなってるんだ??」
「いけない! こ、こんなことしてる場合じゃなかった!」
「なにが?」
「説明はあと! そのカブト、外扉の前まで持ってって」
「え? な、なんで?」
「いいから早く! 私もあとから薬箱持ってくから」
「あ、ああ。わかった」
「お願い。あ、ついでにその袋も持ってって」
「鎧から出てきた袋?」
「そう。急いで」
「あ……ああ」
わけがわからない。
とにかく布袋とカブトを拾い上げた。
右手は完全に使い物にならず、どっちも左手で持つしかない。袋のほうは脇に抱えた。け、けっこう重い。この布袋、マクラくらいの大きさだが色んな物が入ってるようだ。
いや、それより兜の有様はどうだ。
「うわ……」
7ミリもないであろう視界用の穴には、魔女の指の肉がこびりついていた。痛ましい……だが拭き取るのも抵抗感がある。
どうしていいのかわからず、そのまま俺は玄関室に向かう。
「ジバァアアン……!」
その間もカブトは俺の名前を呼んでいた。気味が悪いこと、この上ない。
―――さて、玄関室。
玄関室に着いて驚いた。
どうしたわけか、内ドアが開いていたのだ。よく見たら、ドアが砂山に引っかかっているではないか。
どうやら鎧がやったらしい。砦に駆けこんだときに、たまたま踏みこんだ砂が小山になったらしい。そこに内ドアが引っかかったようだ。
偶然とはいえ助かった。
いや、これではいつ閉じてしまうかわからない。
「待てよ……あった、燭台」
燭台は砂の上に転がっていた。
とりあえずカブトと袋を置いて、燭台をドア下に挟みこむ。この燭台には世話になりっぱなしだな……よし、うまくドアを固定できた。
あとは魔女を待つしかないが、いよいよ右手の感覚がなくなってきた。
本当なら気絶するほどの激痛なはずだが、内出血によるマヒで感覚が鈍くなっている。その代わり真っ赤に腫れてきた。
あ。
これ指だけじゃなく、橈骨も折れている。
魔女がなにをしてるのか知らないが、早く帰ってきてほしい。
おや?
床に2枚の手紙が落ちている。
魔女が落とした手紙2通だ。
忘れてた。
こんなもん書いたおかげで、とんでもない目にあったんだ。
……待てよ?
思わず2枚とも拾って文面を見返す。




