便箋3 砦の生活 その3
こうして簡素な夕食が整った。
向かい合わせに俺と魔女は座り、どちらともなくパンに手を伸ばした。どうしてもなんというか……見てしまう。俺はちらちらと魔女を見てしまう。
「たまには魚が食べたいな。今度、看守が来たときリクエストしてみるか」
美しい女。
さすがに絶世の美女と言ったら言いすぎだが、とても俺の好みのタイプだ。まさかこの容姿も魔術によるものだろうか。俺が好意を持つような魔術をかけてるんじゃないだろうな。
「弟はなにか欲しいものはないわけ? なんだったら次に看守が来たときに伝えたげるけど」
俺はお前の弟じゃない。
ほしいもの。
欲しいものと聞かれて、俺は即答する。
「魔女も手紙を書くのを手伝ってくれ」
「無理」
魔女も即答した。
わかってたさ。
「ちっ、わかってたさ。魔導筆鑑定とやらのせいだろ?」
「わかってんなら聞かないでよ」
「……いちおう聞くが、本当に無理か? そもそも魔導筆鑑定というのはどういう原理なんだ」
「そんなことも知らないわけ? 人間は文字に魔力をこめることができない。逆に魔人は、文字に魔力をこめないことが出来ない」
「つまり?」
「つまりって、そのまんまの意味だけど。手紙を魔導筆鑑定にかけられたら、人間が書いたか、魔人が書いたかすぐにバレちゃうから。残念だけど、魔人の私は書くの手伝えないね」
「……どうしても?」
「どうしても。あの手紙は、人間のお前が書かなきゃ意味ないってわけ。魔人の私が書いたら、文面と食いちがっちゃうもん」
「……」
「ほかにリクエストないの?」
「……」
「ないのね」
「この砦から出してくれ」
ズルリ、と音がした。
魔女が2歳ほど年をとる。面白いもので、髪の長さまで変化した。口調まで、やや大人の女らしくなる。
「出られないよ、わかってるくせに。ていうかここから出ても、お前は人間界には帰れないんじゃなかったっけ?」
「もう限界だ。これ以上ここにいたら、おかしくなりそうだ」
「じゃあ窓の鉄格子のスキマからでも出ていけば? さぞ窮屈だろうけど」
「……」
「どうする? ん?」
「……」
「お前ホントに嘘ばっかつくよね。あの手紙もウソ八百だし」
「……寝る」
「寝る前に、皮袋の修理しといてよ。ほんで次の手紙も書きはじめてね、あの嘘だらけの手紙」
「嘘だらけじゃない。本当のことも2、3行くらい書いてある」
「あっそ」
もう怒る気力もない。
床に置きっぱなしだった袋……もはや穴の開いたボロ布だが、袋を拾って食堂を出た。
自室に戻ったはいいが、とてもこのまま寝る気にはなれなかった。自室と言っても、勝手に1階のいちばん奥の部屋で寝起きしているだけだが。
俺は机に皮袋を置いた。
ダークコンドルの爪の鋭いことよ、完全に切り裂かれている。
まあ仕方ない。
モンスターとは言え、たかが鳥だ。海上に手紙をバラ撒くには、袋を引き裂くしかないのだろう。むしろ鳥にしては大した知能だと褒めるべきかもしれない。
机の引き出しから針と糸を出して、皮袋を修理する。新しい布を裂け目に継ぎ合わせていくと、あっという間に袋の修繕は終わった。
俺だって冒険家のはしくれだ、裁縫くらいできなくてどうする。
さて問題は手紙だ。
幸い、砦には未使用の紙が大量にある。さすがに竜王の軍事施設だけあって、伝令用の備品はふんだんにストックされていた。まだまだ紙は余裕がある。
しかしインクが残り少ない。最悪、自分の血でも使って手紙を書くしかないだろう。気が滅入ることばかりだ。
どかっ。
冷たい床に腰を下ろし、散らばっていた手紙を拾い上げる。袋に詰めるのが間に合わず、今日送れなかった手紙の1枚だ。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
・玄歴1547年2月2日、これを記す。
・私はとある盗賊である。
・私は竜王軍の物資を盗むため、魔界で盗賊行動をくりかえしていた。
・私は不覚にも、とある砦に閉じ込められてしまった。
・この砦は、魔界ルシワ峡谷の北西15キロ、ボマ平原の東にある。
・この砦には特殊な魔方陣が展開されており、一度入ると出られない。
・この砦は、とある魔女を幽閉するための監獄である。
・魔女は終身刑を宣告され、この砦に投獄されている。
・すなわちこの砦は、魔女専用の刑務所だったのだ。
・私はこの砦を、竜王軍の施設だと誤解して侵入し、出られなくなった。
・私はこの砦の存在を勇者アダンに警告するため、この手紙を書いた。
・手紙を受け取ったあなたよ、勇者アダンに伝えてくれ。
・この砦に近づいてはならないと。
・勇者アダンもが砦に封印されないよう、私はこの手紙で警告する。
・もうひとつ勇者に伝えてほしい。勇者アダンの弟、ジバン殿が死んだ。
・ジバン殿は、ファルネイ国王の依頼で魔界調査の任についておられた。
・ジバン殿は、ファイアードラゴンに襲われて亡くなられた。
・よって彼の亡骸も装備も、もうこの世に無い。
・ジバン殿は勇敢な最期であられた。
・勇者アダンに、心よりお悔やみを申し上げる。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
改めて読んで……我ながら情けない。
魔女の言ったとおり、この手紙にはウソがある。
というかウソだらけだ。