便箋27 聖鎧のアダン その3
『ひゃああ! りゅ、竜王様!』
『ひいいいい! な、なぜここに……!』
魔女の悲鳴を聞いて、俺は飛び上がる。
耳を疑った。
竜王、だと?
「え……? え!?」
竜王!?
ま、まさか竜王がこの砦に!?
「竜王が来たのか!?」
俺はドアにすがりついた。
もちろん開けられない。
開けるどころか、ドアには触ることさえできない。叫ぶことしかできない!
「魔女! ここを開けろ!」
どなる。
自分で言ってて無茶だとわかる。外扉が開かれているなら、内ドアを開けられるわけがない。
知るか!
俺は怒鳴り続ける!
「開けろ、開けるんだ魔女!」
どなる。
俺の声は、どんどん悲壮になった。
「竜王よ! 我が名はジバン! 魔女とともに貴卿に降伏する、その魔女に手を出すな!」
俺の声は砦中に響いたはずだ。
喉が裂けるほどの声で叫んだ!
竜王よ、竜王よ!
魔女よ魔女よ!
と。
ガチャ―――
内ドアが開いた。
とたんに、俺は言葉が出なくなった。
殺される。
俺は背中が冷たくなった。ゆっくりと開いていくドアを、凝視することしかできない。
俺が竜王に勝てるはずがない。
殺される。
折れた聖剣を取りに行こうか。いやとても間に合わない。ああ、どうして剣を物置に放ってきてしまったんだ。
もうダメだ。
死ぬ―――
そのとき。
7歳の魔女が、ドアの陰からそーっと顔を出した。
「ごめん、ちょっと冗談のつもりだった」
かわいく謝る魔女。
顔を半分だけ、内ドアからのぞかせている。
10秒。
20秒、ようやく俺の口から言葉が出た。
「…………竜王は?」
「来てない。冗談のつもりだった、ゴメン」
「はり倒すぞお前」
かわいく謝る魔女。
わなわなと唇をふるわせる俺。
「私が殺されるかもと心配してくれたのね。うれしい」
あどけない笑みの魔女。
「さ、それじゃ作戦に戻るね」
ギイイイ。
魔女がドアを閉じていく―――
ふざけんな!!!!!!
「お前ふざけるなよ! やっていいことと悪いことの区別もつかないのか!」
「な、なによ」
玄関室へ飛びこみ、俺は魔女につかみかかる。完全にアタマに血が上った。逃がさないよう、内ドアを叩き閉める。
バタン!!
「こんなときによく悪ふざけが出来るな! 俺をからかうのもいい加減にしろ」
「そ、そんな怒んないでよ。ちょっとしたジョークじゃん」
「あれがジョークか! 俺がどんな気持ちになったかわかるか!?」
「ふええ」
玄関室に俺の声がガンガン反響する。
さっきから怒鳴りっぱなしで、いよいよ声が出なくなった。しかも魔女は半泣き……だんだんバカらしくなってきた。
「しかも……ゲホン、ゴホン! はあはあ……も、もういい」
「ゴメンかった」
「いいから黙ってアダンを待ってろ。もう俺はなにがあっても、ひと声も出さないからな!」
「そんなこと言わないで。もうちょっといてよ、退屈でさみしかった」
しおらしくなった魔女が、シャツの裾をつまんできた。
なんなんだコイツは!
魔人のすることは本当にわからん。
もう構ってられるか。
俺は内ドアのノブに手をかけた。
が。
だが遅かった。
内ドアより一瞬早く、外扉が動いた。
ガチャ。
ギイイイイイイイ……ゆっくりと外扉が開いていく。
「え!?」
「ぃえッ!?」
俺と魔女は飛び上がった。
俺はあわてて内ドアのノブを回す。
だが外扉が開いたために、内ドアはビクとも動かなかった。
「し、しまった……!」
「ひぃ! あ、アダン?」
しまった。
なんてタイミングだ!
戻ってくるのは明日じゃなかったのか!?
最悪。
最悪だ……!
ギイイイイイイ。
ゆっくりゆっくりと扉が開いていく。
「……!」
「うう……」
魔女が俺にしがみつく。
俺は恐怖のあまり、内ドアにもたれかかった。必死にドアノブを回すが、もちろん開かない。
ガチャガチャ、ガチャ!
ガチャガチャガチャ!
開くわけがない。
もうダメだ……!
だが。
バタン!
なぜか急に、外扉が閉まった。
「うおおおおおお!」
「ぎゃああ!」
ガチャン!
ドドドドドド!
俺がノブを回しつづけていたため、思いきり内ドアが開いた。寄りかかっていた俺たちは、廊下に放り出されてしまう。
子供の魔女が、コロコロと転がった。
そして、バタン!!
勢いで内ドアは閉まってしまった。
砦の廊下で、俺と魔女は重なる。
俺の上で魔女がわめく。
「あいたた、鼻打った!」
「しー! 魔女、しー!」
「痛たたたた! 弟、大丈夫か?」
「ああ、俺は大丈夫だ。だけどドアが……」
「ドアを閉めないで! まだ閉めないでよ」
「そりゃ残念だ。もう閉まってるよ」
「え……」
「閉まってしまった」
「ああもう……最悪……」
「やってしまったな、最悪だ」
完全に閉じてしまった内ドアを見て、がっくりと魔女はうなだれる。
俺もがっくりと頭を下げた。




