便箋26 聖鎧のアダン その2
「……ふう」
俺は文面を読み上げて、ため息をついた。
なんという怪文書だ。
手紙Aと大差ない。
ため息をつきながら、手紙にある7歳の女の子に話しかける。
「……なあ魔女。本当にこれでいくのか」
「きっとうまくいく、心配ない」
「なんか本当にスゴいよな、この文面」
「なにが?」
「なにがって完全に脅迫状だ。バレたら確実に殺されるぞ」
「バレっこなよい。まさかこんな子供が、昨日の老婆と同一人物だなんて気がつくわけない」
「……たとえバレなくても、あの男なら無関係の女の子さえ殺す気がする。腹立ちまぎれに、カッとなって」
「そうさせないように、女の子を殺したら身の破滅だって手紙に書いたんじゃん」
「最後のほうまで読む前に殺されるかもしれない」
「なに? なんかずいぶん消極的だけど」
「……お前は怖くないのか。正直、こんな危ない橋を渡らせるのが申し訳ないんだが」
「ぜんぜん平気! それよりあたし、このままアダンに利用されるほうがイヤ!」
「……強い」
「全身がカッカしてきた。あたしもう、やる気まんまんって感じ!」
「……」
俺は恐ろしくなった。
たしかにこの女は魔女だ。ふつうじゃない。人間ではありえないほど蛮勇だ。しかもそれを7歳の姿で言うんだから、ギャップについていけない。
「俺はおそろしい」
「なにブツブツ言ってんの。弟、手順を確認しよ」
「あーまず……アダンが戻ってくる」
「はい」
「7歳の少女、つまりお前がアダンに手紙Bを渡す」
「はい」
「家出少女のお前は、おうちに帰りたいと泣きじゃくる」
「はい」
「アダンは歯ぎしりしながらも、しかたなくお前を逃がしてやる」
「はい」
「お前は町に行って、魔物を雇う」
「3匹くらいね」
「アダンが去ったのを確かめたうえで、お前は砦に戻ってくる」
「魔物3匹を連れてね」
「お前が外扉を開ける。そんで魔物に内ドアを開けてもらう。俺は無事に救出してもらえる」
「よくできました」
「……こんな上手くいくか? というか出来るのかコレ」
「できるかできないかじゃない。やるんだ!」
「……」
「やるんだやるんだ!」
俺は頭を抱えた。
はたしてこんなことで兄をダマせるだろうか。
たしかに90歳の老婆が砦から消えて、かわりに7歳の少女がいたら……誰だって別人だと思うだろう。
まさか同一人物だとは、さすがの勇者でも気づくまい。もしかしたら手紙Bに、まんまとダマされてくれるかもしれない。
①老婆の魔女は、たまたまやってきた少女によって救出された。
②その少女は、老婆と入れ替わりで砦に残った。
唐突すぎる展開のシナリオだが、物理的な無理は一切ない。
めちゃくちゃ怪しまれるかもしれないが。
いや、もう考えるな。
これ以上の案が出なかったんだからしかたない。魔女の言うとおり、手紙Bでやるしかない。
「魔女」
「なに?」
「すまんな、いちばん危険な役をやらせてしまって」
「あたしにしか出来ないことだからしかたない。気にしないで」
「7歳の娘をいけにえにするみたいで、俺は情けない。はずかしい」
「誰がいけにえよ。ほら手紙ちょうだい!」
「……頼む」
「うん」
「頼んだぞ」
「まかして。じゃあアダンが来たら、あたし予定どおり砦から出てくから」
「ああ」
「あたしが戻るまで餓死しないでよ。さ、はやく出てって」
ひったくるように手紙を受け取った魔女は、せき立てるように俺を玄関室から追い出した。
バタン。
俺が廊下に出るや、振り返るより早く内ドアを閉められた。
なんか、ふつうに閉められた。
「……なんだよ」
運命の作戦だというのに、あっさりしてるなと俺は思う。ずいぶんドライなもんだ。もうちょっとこう、なにかあってもいいと思うんだが。
とは言え、もうあとは魔女に任せるしかない。
アダンが来るまで待つしかない。
とくに魔女は、家出少女の大芝居をせねばならないのだ。魔女の邪魔にならないよう、俺は砦のなかで息を殺しているだけだ。
さて、どうしたものか。
いつもだったら手紙を書くところだが、もうその必要もない。やることがないとなると、ひどく退屈だ。
いまからアダンが来ることを考えると落ち着けない。気持ちが焦るのにすることがないというのは、とてもイライラするものだ。
とりあえず内ドアの前に毛布を敷いてみた。
がらんとしたエントランスに座ると、なんだか広々としすぎて不気味な感じだ。
閉じた内ドアの向こうに魔女がいるわけだが……さすがに話しかけるわけにもいかないよなあ。
ドアをノックしてみようかと思うが、怒られそうでやめた。
というか、こっち側からはドアに触れないんだった。
ノックなんか出来ないんだった。
静かだ。
気配を消して隠れるのは、もともと俺に向いてないんだ。一昨日も、地下室でゴーストに発見されてしまったしな。
2年くらい前にモンスターのアジトを襲撃したときもそうだ。草むらに隠れたが、あっという間に見つかって殺されかけた。
今にして思えば、モンスターが追って来ないかとソワソワしてたのが原因だった。あれでは居場所を教えているようなものだった。見つかって当然だ。
しかし静かだ。
と、次の瞬間!
ドアの向こうから魔女の声が聞こえた。叫び声が。
『ひゃああ! りゅ、竜王様!』
『ひいいいい! な、なぜここに……!』
魔女の悲鳴を聞いて、俺は飛び上がる。
耳を疑った。
竜王、だと?




