便箋25 聖鎧のアダン その1
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――― 運命の朝が来た。
俺と魔女は朝食を済ませ、大急ぎで2通の手紙を置いた。
アダン宛てのウソ手紙をだ。
「またニセ手紙か……俺たちも懲りないな」
「もう持ち芸だね」
「で、どっちの手紙にする?」
「さあどうしよっか。ていうか、まずどこに置く?」
7歳の魔女。
なんとなく生意気な感じがする。
2通の手紙を書いたはいいが……さてどうしたものか。置き場所が問題だ。俺たちはしばらく顔を見合わせたが、結局ぽつぽつと玄関室へ向かった。
内ドアをくぐると、昨日とおなじ砂だらけの床が広がっている。自分で撒いた砂とはいえ、歩きにくいことこの上ない。
「魔女、この手紙どこに置こうか。不自然じゃないとこってあるか?」
「不自然って言いだしたら、その手紙がいちばん不自然だけど」
「いまさらそんなこと言うなよ。ちなみに不自然っていうのは、どっちの手紙のことだ」
「どっちもかな」
「いまさらそんなこと言うな」
「ごめん」
魔女の言うとおりだ。
なんなんだ、この手紙は。
俺は2通のうちの1通を広げた。
■■■【 手紙A 】■■■■■■■■■■■■■
・勇者アダンよ、助けてくれ。
・今週中に竜王を倒しに行ってくれ。
・お前が帰ったあと、竜王軍がやって来た。
・私はいま、ヤツらの目を盗んでこの手紙を書いている。
・竜王は新しい魔術を発明したそうだ。
・魔女の血を50人分集めて飲めば、不死となる魔法だ。
・お前がこの手紙を読んだとき、私はもう竜王に連れ去られているだろう。
・竜王が不死になれば、もう誰にも倒すことはできなくなる。
・勇者アダンよ、私を助けに竜王の城へ来てくれ。
・竜王は来週にも50人の魔女を集めるという。
・かならず今週中に竜王を倒してくれ。
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「……」
手紙Aを読み直し、俺の手は震えた。
なんだこりゃ?
我ながら、よくもこんなウソ八百を考えたもんだ。
「……この手紙、どこに置く?」
「外扉には1ミリの隙間もないし、2階の窓から放り捨てるわけにもいかないでしょ。じゃあやっぱ玄関室に置くしかないじゃん」
「となると……」
「やっぱ、入り口の目立つとこかな」
「外から手が届く位置じゃないとな。アダンが警戒して読んでくれないんじゃ意味ないしな」
「扉開けてすぐのとこに置くっきゃないよね」
「あとは俺たちの待機場所だな」
「待機場所だね」
俺たちは顔を見合わせる。
このニセ手紙作戦における最大の問題。それは俺たちふたりが、砦のなかで息をひそめている必要があるということだ。
いや、まず作戦を振り返ろう。
①アダンが戻ってくる。
②外扉を開け、ニセの手紙を見つける。
③手紙には竜王が不死身化すると書いてある。
④これはマズいと、竜王退治にすぐ向かってもらう。
「なあ魔女……正直な話、どう思うこれ?」
「これって?」
「手紙A作戦に決まってるだろ。これどう思う」
「キビしいんじゃない? あのアダンが、こんなもん信じてくれるとは思えないけど」
「信じてもらえないと困る。もうさっさと竜王退治に行ってもらうしかない」
「魔女の血を50人分飲んで不老不死か……我ながら、よくこんなデタラメ書けたもんね」
「実際そういう魔術とかないのか? 魔女の血を飲むようなの」
「ないよそんなもん。気色悪い」
「それに……食料がもう、あと1週間分しかないしな」
「マジでヤバい」
「竜王さえ死ねば、砦の魔法が消えてここから出られるってのに」
「だから手紙に、今週中に竜王を倒してって書いたじゃん。2回も」
「念入りに書きすぎて、かえって怪しすぎな」
「それにいくらアダンでも、そんな簡単に竜王を倒せるとは思えないよ。もしズルズル何か月もかかったら、あたしたちその間に餓死しちゃうよ」
「じゃあ、手紙Bのほうでいくか?」
「それしかなくない?」
手紙Aは却下。
アダンをさっさと竜王退治に行かせるためのウソ手紙だが、リスクが高すぎる。しかたなく、俺はもう1通のニセ手紙を広げた。
■■■【 手紙B 】■■■■■■■■■■■■■
・勇者アダンへ。
・お前はいま、女の子からこの手紙を受け取ったはずだ。
・お前が去ったあと、7歳の女の子がやってきて扉を開けてくれた。
・まったく面識のない女の子だが、たまたまこの砦を見つけて扉を開けてくれた。
・あいにくだったな勇者、私はこのまま逃げる。
・さて私の恩人たる女の子だが、この砦に残るそうだ。
・理由は家出らしい。
・ここには水も食料もないから帰れと言ったが、言うことを聞かない。
・そこで女の子は置き去りにすることにした。
・恩人を置き去りにするなど理解できんかもしれんが、魔人とはそういうものだ。
・ともあれ、さすがに1日たてば腹も減って、家に帰る気になるだろう。
・まあ扉が開かないから帰れないんだけどね。
・というわけで、その子を砦から解放してやってくれ。
・ちなみにその子が死んだ場合、私は魔法でそれを知ることが出来る。
・その子に手を出せば、お前がしようとしたことを公表するぞ。
・重ねて警告する。
・私の恩人に手を出せば、お前は破滅だ。
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「……ふう」
俺は文面を読み上げて、ため息をついた。
なんという怪文書だ。
手紙Aと大差ない。
ため息をつきながら、手紙にある7歳の女の子に話しかける。
「……なあ魔女。本当にこれでいくのか」
「きっとうまくいく、心配ない」




