便箋24 来たれり その6
「兄上! まだそこにいるんでしょう、私ですジバンです!」
閉じられた外扉を叩きまくる。
そして蹴りまくる。
だが外扉には触れることさえできない。
くそ、くそ!
「兄上兄上兄上兄上! クズ野郎め、戻ってこい!」
「お、弟! なにしとる!」
魔女が俺にしがみつく。
いや、扉から引き剝がそうとしているらしい。もちろん老婆の力では、俺にかなうわけがない。腰にしがみつく魔女などお構いなしに、俺は叫び続ける。
「戻ってこい、アダン!」
叫ぶ。
「戻れ、戻ってこい! 戻ってこい!」
叫びまくる。
「戻れ……!」
戻ってこない。
どうやらもう砦の外にはいないらしい。
「弟! やめんか!」
バシン!
魔女に頬を叩かれた。つづけてバシン、バシンとまた叩かれる。老婆とは思えない腕力……と思ったら、魔女は40歳くらいになっていた。
「なに考えてんの! なにを!」
涙目の魔女。
「…………すまん」
「バカじゃないの。本当にアダンが戻ってきたらどうするつもり?」
「すまん」
「……計画とぜんぜんちがう事態になっちゃったわね」
「恐ろしい男だったろう?」
「……うわさ以上ね。竜王とおなじくらい怖かったわ。とくにあの鎧が」
「聖鎧か。当たり前だが、今日も着てたか」
「すごい魔力だったわ。さすが勇者の神器ね」
「あんなやつ、勇者なもんか」
「魔力を蓄積できる神器ね。たぶん10種くらいの能力を持ってるわよ、あの鎧」
「鎧だけじゃない。ほかにも4つくらい神器を持ってるはずだ」
「いやあ化け物だわ」
「ああ、化け物だ……」
「……うう」
俺の胸に顔をうずめ、魔女は泣く。
震える肩を抱きしめようとして、俺はしなかった。兄がおそろしい目に合わせてしまって、申し訳なさでいっぱいだった。
「魔女、アダンが戻ってくるのは2日後くらいって言ってたな」
「うん」
「どうしたもんかな」
「どうするってなに。言うとおりにするしかないでしょ」
「兄の言ったとおりに手紙を書くってことか?」
「……弟には不名誉なことになってしまうけどね。ゴーストにさせられるってどんな気持ち?」
「そんなことどうでもいい! 手紙を書き終えて兄に渡してみろ。すべてを知ってるお前は、まちがいなく殺されるぞ」
「……かな?」
「確実に殺される。そういう男だってのは痛感しただろ?」
「……まあね」
「あいつ、盗賊も殺す気だな」
「いないんだけどね、そんな盗賊」
「……これからどうする?」
「さあ、どうしよう」
「どうしたもんかな」
「どうしようか」
「あー……とりあえず」
「とりあえず?」
「食事にしないか」
「……」
「腹が減った、ホントに」
「……私も」
俺と魔女は玄関室をあとにした。
砦に戻るとき、うっかり内ドアを閉めそうになって死ぬほど焦った。この内ドアを閉じてしまったら、なにもかも水の泡だ。
内ドアを全開にして、放り捨ててあった燭台をドア下に挟みこむ。
夕食はとても豪勢だった。
豪勢というか、2日分の食料をテーブルに並べた。残っていたワインも、すべて2人で飲んでしまった。
酔った。
俺と魔女は、すっかり酔ってしまった。
明日になれば、きっと上手い方法を思いつくはずだ。でも、出来ればずっと夜が明けないでほしい。ひどく疲れた。
そんなことを言いながら、俺と魔女は朝を待った。




