便箋23 来たれり その5
『手紙……?』
『私への警告の手紙を見たとき、感心したよ。この手があったかとな。不特定多数におなじ内容文をばら撒く……ビラまき作戦とでも言うべきか、まったく見事な方法だ』
『な、なにを言っとる』
『おなじ方法でビラ、いや手紙を書いてほしいのだ』
『だ、だからなにを言っておる!』
『あわてるな、いまから説明する。まず手紙の差出人はジバン・フレイ。私の弟だ』
『お、弟!?』
『そうだ、弟の名前で手紙を書いてほしい。それも何百枚とな』
『はあ?』
『おっと。手紙を海にバラ撒くのはこっちでするから、書き終えたらごっそり渡してくれればいい』
『な、なにを言うとるんじゃ』
『手紙の書き出しはそうだな……「私の名はジバン・フレイ。私は、ゴーストに精神を乗っ取られている。兄よ、お助けください」……ってとこかな』
『はあ? なんじゃそりゃあ?』
『そのままの意味だ。弟はゴーストに憑りつかれてしまった、という手紙だ』
『なん……は?』
『ゴーストに憑りつかれた弟は、その魂を乗っ取られてしまったのだ。かわいそうな我が弟よ。魔界調査中、ゴーストの操り人形にされてしまった』
『お主はいったい何を言うとる! わかるように説明せぬか!』
『いまから説明するさ。とは言え、あまり大きな声では言えないんだがね。じつは私の弟が、教会から聖剣を盗んだのだ』
『なに?』
『剣だよ、け・ん。祝福儀礼を受けた特級の神器だ』
『さっきしつこく聞いておった剣のことかえ?』
『そういうことだ。弟がそれを盗んだために、兄である私の立場にも大きな影響が出ている』
『兄のお主は信じてやったらどうなんじゃ。犯人じゃないと庇ってやればよかろう』
『いや犯人は弟だ。間違いなくな』
『どうしてそう思う』
『証人がいる。あろうことか教区長さまだよ。弟は教区長をダマして、教会の聖蔵に入ったらしい』
『ぐぬ……』
『どうだ、我が弟ながら愚かだろう』
『……たしかに、のう』
『まったく恥ずかしい話だ、兄としてな』
『その話とゴーストと、どういう関係があるんじゃ』
『飲みこみが悪いな。弟はゴーストに操られて聖剣を盗んでしまったんだ。盗んだこと自体が、弟の意思ではなかったんだよ』
『……という、ウソで押し通すつもりかえ?』
『そういうことだ。弟はゴーストに支配されつつも、自分の潔白を訴えようとした』
『手紙でか?』
『たまたま正気に戻ったタイミングで、事実を訴えるために手紙を書いた……という筋書きだ』
『……く、くく』
『どうだ、なかなかよくできた嘘だと思わないか?』
『そうそう上手くいくとお思いかえ』
『上手くいかないと困る。剣を盗んだのがゴーストのせいなら、兄である私への風当たりもマシになるというものだ』
『……お主』
『勇者たる私の身内に、犯罪者がいては困るんだ。この気持ちは、犯罪者のあんたには理解できないかもしれないがな』
『お主!』
『幸いなことに弟は死んでくれた。だからこのことは私とあんただけのヒミツだ。となれば、誰にも真相は確かめようがない。そうだろう?』
『ふ、ふ。ふふふ……』
『なにがおかしい?』
『お主もどうかしておるわえ。いまの作戦には、どうしようもない穴があるぞな』
『……ほう、聞かせてくれ』
『わからんのか。私と盗賊が、ジバンの死を記述した手紙をバラ撒いたのは半年前からじゃぞ』
『ファイアードラゴンに殺されたんだったな。それで?』
『おそらく、すでに何人もの人間があの手紙を拾っておろう』
『おそらくじゃない。王室や教会は、あんたらの出した手紙のせいで大騒ぎになってるよ』
『それみよ! いまからジバン本人の手紙がバラ撒かれるなど、どう考えても不自然じゃろうて!』
『ふむ』
『いや、むしろ逆効果じゃ。ジバンが本当は死んでおらんことを立証するようなものではないか!』
『なに? 本当は、とはどういう意味だ?』
『あ、いや、深い意味はない。ジバンは間違いなく死んどるが』
『当たり前だ、そうでないと困る』
『ほうれみい! 死んでおるはずの弟なんじゃろう。それが生きておって手紙を出すなんぞ、支離滅裂ではないか』
『ふ、ふふ。ふっふっふ!』
『……な、なにがおかしい』
『どうもあんたは魔女のくせに理解が遅いな。やっぱり年のせいなのか?』
『な、なんじゃと?』
『弟は死んだ。だが死んでから半年後に、潔白を訴える手紙を出したんだ』
『はあ? な、なにを……』
『死後に手紙を出せた理由、それはとても簡単だ。弟もゴーストになってしまったんだよ』
『な!?』
『もう一度言うぞ。弟はゴーストに憑りつかれただけでなく、その死後に自分もゴーストになってしまった』
『なにを……!」
『どうだ、これなら辻褄が合うだろう? 弟はゴーストに憑依されて剣を盗んだ。その罪に耐えられずに自殺したんだ。ファイアードラゴンに戦いを挑むという、すさまじい方法でな』
『お、お主』
『だが弟の魂は、天に召されなかった。とある魔人によって、弟はゴーストにされてしまったんだ』
『とある魔人、じゃと』
『あんたにだ。あわれな弟は、魔女にゴーストにされてしまった』
『な、なにを……!?』
『だが亡霊となってなお、自分の潔白を証明しようとした。生前なにがあったかを伝えるために、手紙を書いたというわけだ』
『な、なんという……!』
『どうしてこの作戦を、わざわざ魔女に頼んでると思うんだ? 考えてもみろ。弟の手紙を偽造するだけなら、べつに私自身が書いてもいいんだぞ?』
『……』
『残念ながら私には書けない。だから、あんたに書いてほしいんだ。この意味がわかるか?』
『ま、魔導筆鑑定……!』
『さすがに知ってるみたいだな。そう……人間が書いた文字と、魔人のそれは、科学的に判別が可能だ』
『お前は!』
『ゴーストになった弟が書いた手紙だからな。当たり前だが、その文字は魔人が書いたと判定されなければならない』
『こ……!』
『だから人間の私が書くわけにはいかないんだよ。どうしても魔人に書いてもらう必要があるんだ』
『おのれ!』
『私だって本当はこんなややこしい真似はしたくないがね。こうしないと、私の立場がマズいことになるんだ』
『き、貴様!』
『私には責任があるんだ。弟が盗んだ聖剣を探して、教会に返す責任がな』
『ぐぅ……!』
『だがこの広大な魔界で見つかると思うか? あるいは、もう粉々に砕けてしまって探しようがないかもしれない』
『ぬぬ……』
『わかるかな。最初から弟の犯行ではなかったというシナリオが必要なんだ。だが犯人が弟だと立証された以上、魔物に操られていたことにでもするしかないんだ』
『むうう!』
『あんたには感謝してるよ。あんたの手紙がジバンの死を公表してくれたおかげで、このウソが成立するんだからな。あとは……わかるだろう? 盗賊さ』
『貴様!』
『魔界で生前の弟に会った、唯一の人間。そいつさえ始末すれば、証言者はこの世からいなくなる』
『貴様ァ!』
『まさか竜王軍に連れ去られたとはな。すでに殺されているならいいが、そうでないなら口封じをしないといかん』
『よ、よくもヌケヌケと!』
『心配しなくてもあんたは殺さない。あんたがなにを告発しようと意味がないからな。魔女の証言など、教会が耳を貸すはずがない』
『おのれ!』
『さあ魔女殿、さっそくだが手紙の作成にかかってもらおう』
『断る! お断りだえ』
『おいおい。あんたの命は私の一存で決まるんだぞ』
『なにを……ハッ、や、やめろ!』
『断るならそれでもいい。私はこの扉を閉めて、盗賊を殺しに行くだけだ』
『そ、それは! や、やめてくれ!』
『はて……なにをやめるのかな?』
『その火球をどうする気じゃ! やめい!』
『すごいだろう? 我が鎧の能力のひとつ、炎弾生成だよ。いまは籠手で握っているが、弾丸のように撃ちだすこともできるんだ』
『撃たないでくれ、た、頼む!』
『撃つ……? なるほど、その手があったか。この部屋に撃ちこんで扉を閉めたら、あんたは砦ごと丸焼きだな』
『や、やめてくれやめてくれ!』
『ならば砦に戻れ! そして弟の手紙を偽造するのだ! そうすれば、あんたをこの砦から解放してやろう』
『わかった、わかった言うとおりにする……』
『けっこう! けっこうけっこう! それではなにか必要なものはあるか? なんでも手配しようじゃないか』
『そ、それよりも火炎魔法を消しておくれ……』
『フン、いいだろう。さあ火弾は消してやったぞ! なにが必要か言ってくれ!』
『な、ならば食料を頼む。なるべく多いほうがいい、さすがに何日かかるかわからんでな……』
『ふむ、もっともだ。引き受けた』
『ワインもあったら嬉しい……』
『いいとも。最高の物を探してこよう』
『紙も必要だ、インクも……ストックがもう無いでな』
『ははは、なるほど! たしかにそうだ、用意しよう』
『……そうかえ』
『ほかには? ほかには無いか?』
『と、盗賊を殺すと言うたの』
『ああ言った。それがどうした』
『あの盗賊は決して口を割ったりせん。命だけは助けてやっておくれな』
『ダメだ』
『と、盗賊はお主とおなじ人間じゃぞ! それを殺すのかえ』
『殺す。私を脅かしうる者は、何者だろうと殺す』
『ぐぅ……』
『では頼んだぞ。まず必要なものをそろえて来る。なに2、3日ほどで戻れるはずだ』
『ぐぅう』
『魔女殿はさっそく手紙の文面を考えてくれ、ははは!』
ギィイイ。
バタン。
外扉が閉じられた音がした。
瞬間、俺は叫んだ。
「魔女! 魔女! 開けろ!」
どなる。
ノドが裂けるばかりに怒鳴りあげる。
「聞いてるのか魔女! 開けろ、いますぐ開けろ!」
ギイ。
内ドアが開いた。
「兄上!」
玄関室に飛びこんだ!
ガチャ!
バタン!
はげしく内ドアを閉じる!
「お。お。弟!」
よぼよぼの魔女は、砂の上にへたりこんでいた。だが俺は目もくれず、外扉に向かって叫びまくる。
「兄上! まだそこにいるんでしょう、私ですジバンです!」
閉じられた外扉を叩きまくる。
そして蹴りまくる。
だが外扉には触れることさえできない。
くそ、くそ!
「兄上兄上兄上兄上! クズ野郎め、戻ってこい!」




