便箋22 来たれり その4
俺は驚いた。
この魔女はどうしてこんなに、ポンポンと嘘をつけるのだ。
それも、ちゃんと理にかなったウソ。こんなに行き当たりばったりの出まかせを言い続ければ、なにかボロが出そうなものだが……すごい。
だが。
だが俺は、そのことで腹を決めた。
「魔女、もういい。お前だけでも出してもらえ。俺のことは、絶対にヒミツにしてくれよ」
俺は立ち上がり、ひそひそと魔女に耳打ちする。
そして内ドアまで行き、ストッパーにしておいた燭台を抜き取った。そして砂に隠した聖剣を拾い上げて、玄関室を出た。
砦に入ったところで振り返り、そっとつぶやく。
「さらには……ちょ、ちょっと待っておくれアダン殿! 少し待っとくれ!」
『またか、今度はなんなんだ』
外から聞こえる、兄のうんざりした声。
魔女は俺の動きを見るや、飛び上がって怒鳴る。
「待ってておくれ、便所に行きとうてな!」
必死の魔女。
アダンを待たせるや、こちらへ駆け寄ってきた。すかさず俺の袖をつまみ、玄関室に連れ戻さんばかりに引っ張る。
「なんのつもりじゃ、戻らんか! ひそひそ!」
「戻らない。俺は砦に隠れるから、お前はそのあと内ドアを閉めてくれ。そうしたら外扉をアダンに開けてもらえる。お前は外に出るんだ」
「な、なにを……!」
「作戦変更だ。お前はいったん砦を脱出してくれ」
「お、弟」
「そしてほかの魔物を雇うなりして、とにかく2人以上の人数で戻ってきてくれ」
「弟」
「ここの看守と同じ方法だ。今度はお前が、外扉と内ドアを開けてくれ。明日でも明後日でもかまわない。俺を助けに戻ってきてくれ」
俺は祈るように頼んだ。
いや懇願していた。
「お願いだ魔女。俺はアダンと顔を合わせるわけにいかない。だからお前が外に出て、ふたたび誰かと戻ってきてほしい」
「……」
「魔女」
「…………」
「魔女?」
「……わかった。わかったわえ」
「頼んだぞ」
また歳をとっている。
90歳を超えたであろう魔女は、泣きそうになっていた。
「弟、きっと助けに来てやるぞえ」
「頼む。これ本当に頼む」
「きっと助けに来るからな」
「頼んだぞ」
魔女はやっと俺の袖を離した。
そして内ドアに手をかける。
ギイイ。
玄関室のドアが、ゆっくりと閉じていく。
魔女がドアを閉ざすまで、俺は玄関室をじっと見ていた。なんだか、ものすごく怖かったのだ。もうこの部屋を、二度と見られないような気がして。
思わず叫びそうになった。
やっぱり閉じないでくれ、と。
だがドアは、俺の指示したとおり閉ざされた。
バタン……!
内ドアが閉ざされた。
ああ、内ドアが閉ざされた。
もうこちらからは開けることができない。
ガシャン。
俺は聖剣を放り捨てた。
いや、手からすべり落ちた。
拾い上げようという気にもならない。
そのまま床に転がってろ。
がらんとしたエントランスを見回してみる。殺風景な砦、ここにはもう俺しかいない。廊下も天井も壁も、ふだんより冷たい色に見える。
いや、そんな場合じゃない。
魔女。
魔女はどうなってるんだろう。
玄関室ではもう、兄と魔女が対面しているはずだ。魔女はなんと言って、兄に外扉を開けさせるだろうか。
いくらなんでも、あそこまで話を引っぱったのはマズかった。
しかもさんざん扉を開けるなと主張した後だからな。
それが急に「やっぱり開けてくれ」なんて言ったら、さすがに怪しむにちがいない。
だが、俺は魔女を信じる。
魔女の機転と詐術を信じる。
魔女ならきっとうまく信用を得て、兄に外扉を開けさせることができるだろう。たとえ勇者アダンだろうと、きっと上手くダマしてくれるはず。
……なんで俺はこんなに魔女を信じているのだろう。
理由なんかない。
もう俺には、頼れる相手は魔女しかいないからだ。
閉じた内ドアに、耳を当ててみる。
魔女はまだ玄関室にいるかな?
もう外に出たのかな?
……声が聞こえた。
魔女の声と、兄の声だ。
なんで兄の声が?
え?
玄関室にいるのか!?
入ってきたのか!!?
やがて悲壮な魔女の声が轟いた。
兄の、せせり笑うような声もする。
『アダン殿! な、なにをされるのじゃ!』
『おやおや。やっと扉のロックを解いてくれたと思いきや、ひどく元気なお年寄りだ』
『入ってはならぬ! そなたは砦に入ってはならぬと言うに!』
『心配しなくても入ったりせんよ。私はこうして外から話すだけだ』
『な、ならばそこをお退きくだされ。そ、そのように扉の前で剣を構えられては、外に出られませんわえ』
『話が早くて助かるよ。すまないが、ここから出す気はない』
『なっ……?』
『安心してくれ。竜王の手下でない者には、たとえ魔人だろうと非道はしない』
『そなた、なにが目的じゃて……』
『あんたに仕事を頼みたいだけだ。なに、とても簡単な仕事だよ』
『なに……』
『手紙を書いてほしいのだ、それも何万枚とな。本当に簡単だろう?』




