表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/50

便箋22 来たれり その4

 


 俺は驚いた。

 この魔女はどうしてこんなに、ポンポンと(うそ)をつけるのだ。


 それも、ちゃんと理にかなったウソ。こんなに行き当たりばったりの出まかせ(・・・・)を言い続ければ、なにかボロが出そうなものだが……すごい。

 だが。

 だが俺は、そのことで腹を決めた。



「魔女、もういい。お前だけでも出してもらえ。俺のことは、絶対にヒミツにしてくれよ」


 俺は立ち上がり、ひそひそと魔女に耳打ちする。

 そして内ドアまで行き、ストッパーにしておいた燭台を抜き取った。そして砂に隠した聖剣を拾い上げて、玄関室を出た。

 砦に入ったところで振り返り、そっとつぶやく。



「さらには……ちょ、ちょっと待っておくれアダン殿! 少し待っとくれ!」

『またか、今度はなんなんだ』


 外から聞こえる、兄のうんざりした声。

 魔女は俺の動きを見るや、飛び上がって怒鳴る。


「待ってておくれ、便所に行きとうてな!」

 必死の魔女。

 アダンを待たせるや、こちらへ駆け寄ってきた。すかさず俺の(そで)をつまみ、玄関室に連れ戻さんばかりに引っ張る。

「なんのつもりじゃ、戻らんか! ひそひそ!」



「戻らない。俺は砦に隠れるから、お前はそのあと内ドアを閉めてくれ。そうしたら外扉をアダンに開けてもらえる。お前は外に出るんだ」

「な、なにを……!」


「作戦変更だ。お前はいったん砦を脱出してくれ」

「お、弟」


「そしてほかの魔物を雇うなりして、とにかく2人以上の人数で戻ってきてくれ」

「弟」


「ここの看守と同じ方法だ。今度はお前が、外扉と内ドアを開けてくれ。明日でも明後日でもかまわない。俺を助けに戻ってきてくれ」

 俺は祈るように頼んだ。

 いや懇願(こんがん)していた。

「お願いだ魔女。俺はアダンと顔を合わせるわけにいかない。だからお前が外に出て、ふたたび誰かと戻ってきてほしい」


「……」

「魔女」


「…………」

「魔女?」


「……わかった。わかったわえ」

「頼んだぞ」


 また歳をとっている。

 90歳を超えたであろう魔女は、泣きそうになっていた。



「弟、きっと助けに来てやるぞえ」

「頼む。これ本当に頼む」


「きっと助けに来るからな」

「頼んだぞ」


 魔女はやっと俺の(そで)を離した。

 そして内ドアに手をかける。


 ギイイ。

 玄関室のドアが、ゆっくりと閉じていく。


 魔女がドアを閉ざすまで、俺は玄関室をじっと見ていた。なんだか、ものすごく怖かったのだ。もうこの部屋を、二度と見られないような気がして。

 思わず叫びそうになった。

 やっぱり閉じないでくれ、と。


 だがドアは、俺の指示したとおり閉ざされた。

 バタン……!



 内ドアが閉ざされた。


 ああ、内ドアが閉ざされた。


 もうこちらからは開けることができない。



 ガシャン。

 俺は聖剣を放り捨てた。

 いや、手からすべり落ちた。


 拾い上げようという気にもならない。

 そのまま床に転がってろ。


 がらんとしたエントランスを見回してみる。殺風景な砦、ここにはもう俺しかいない。廊下も天井も壁も、ふだんより冷たい色に見える。


 いや、そんな場合じゃない。

 魔女。

 魔女はどうなってるんだろう。


 玄関室ではもう、兄と魔女が対面しているはずだ。魔女はなんと言って、兄に外扉を開けさせるだろうか。


 いくらなんでも、あそこまで話を引っぱったのはマズかった。

 しかもさんざん扉を開けるなと主張した(あと)だからな。


 それが急に「やっぱり開けてくれ」なんて言ったら、さすがに(あや)しむにちがいない。


 だが、俺は魔女を信じる。

 魔女の機転と詐術を信じる。


 魔女ならきっとうまく信用を得て、兄に外扉を開けさせることができるだろう。たとえ勇者アダンだろうと、きっと上手くダマしてくれるはず。



 ……なんで俺はこんなに魔女を信じているのだろう。


 理由なんかない。

 もう俺には、頼れる相手は魔女しかいないからだ。


 閉じた内ドアに、耳を当ててみる。


 魔女はまだ玄関室にいるかな?

 もう外に出たのかな?



 ……声が聞こえた。


 魔女の声と、兄の声だ。



 なんで兄の声が?

 え?


 玄関室にいるのか!?

 入ってきたのか!!?


 やがて悲壮な魔女の声が(とどろ)いた。

 兄の、せせり笑うような声もする。

 


『アダン殿! な、なにをされるのじゃ!』

『おやおや。やっと扉のロックを解いてくれたと思いきや、ひどく元気なお年寄りだ』


『入ってはならぬ! そなたは砦に入ってはならぬと言うに!』

『心配しなくても入ったりせんよ。私はこうして外から話すだけだ』


『な、ならばそこをお退()きくだされ。そ、そのように扉の前で剣を構えられては、外に出られませんわえ』

『話が早くて助かるよ。すまないが、ここから出す気はない』


『なっ……?』

『安心してくれ。竜王の手下でない者には、たとえ魔人だろうと非道はしない』


『そなた、なにが目的じゃて……』

『あんたに仕事を頼みたいだけだ。なに、とても簡単な仕事だよ』


『なに……』

『手紙を書いてほしいのだ、それも何万枚とな。本当に簡単だろう?』




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


イタいぜ!



チャッカマン



チャッカマン

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ