便箋21 来たれり その3
なんなんだ?
まさか手紙を書いたのが俺だとバレている?
魔女は俺を一瞥しだが、すぐに会話に戻る。
「アダン殿の弟君は、勇敢に戦って亡くなられたと聞いておる。お悔やみを言わせておくれ」
『ああ、まあ……痛み入る』
「それより聞かせておくれ。アダン殿はなにをしにここに来られた?」
『なに?』
「この砦には決して来ないでくれと、手紙に書いたはずじゃが」
『ああ、そのことか。たしかに書いてあったな』
「ではなぜ?」
『……手紙を書いた盗賊が、弟の死を看取ったと書いてあったからだ。その盗賊に会いたくて来たのだが残念だ』
「はて、どういうことかな」
『弟の遺品を持っているのではないかと思ったのだ。そうだ、魔女どの。この砦に、盗賊の収集品はないか?』
「え、いや……無い。盗賊が略奪したものは、すべて竜王軍が押収していきおった」
『その押収された物のなかに、剣はなかったか?』
「剣!? あいや……いや、わからぬ。無かったと思うが、どんな剣かの」
『柄まで入れれば90センチほどのクレイモア剣だ。銀ごしらえの鍔に、三日月模様の装飾がある。それと刀身に「Fragarach」と刻印されている』
!
……なるほど。
俺と魔女は顔を見合わせる。
アダンの目的は、聖剣を回収することだったのか。俺が教会から盗んだ聖剣、これを盗賊が拾ってる可能性を考えて砦に来たわけか。
……実際、的外れの推理ではない。
お目当ての聖剣は、ここにあるからだ。
俺は聖剣の刃に、目を落とした。
確かめるまでもないが、ちゃんとFragarachと彫られている……真っ二つに折れてしまってるが。こんなもの見られたら、いよいよ殺される。
「……」
『どうした?』
「いやはや、剣など無かったと思うがの。少なくとも今、この砦には無いのう」
『そうか』
「その剣を探すために、アダン殿はこの砦へ参られたのかえ?」
『そうだ。なんと言っても弟の形見なのでな』
「よう言うわ」
『なに? いまなんと?』
「あ、いやなんでも。もしその剣があるとしたら、竜王軍の出城だろうて」
『その出城が、この砦の管理をしている基地なのか?』
「左様。そこの役人が盗賊の持ち物を押収していきおったのでな」
『その基地というのは、15キロほど東にある町の城か? そこならもう行ってきた』
「……なぬ?」
『おとといだ。もう行ってきた』
「な……え?」
『2日前に、その城の魔物はすべて倒した。そうか偶然だな、さきに基地のほうを攻略してしまったわけか』
「いやちょっと待たれい。城を攻略したって、貴殿ひとりでか? 300鬼は魔物がおったろう」
『もう少しいたかな。すべて殺したが』
「……貴殿、ほんとうに人間か?」
『失礼なことを言わないでくれ。私は正真正銘、ただの人間だ』
「た、ただの……?」
『だが待てよ。その城に人間なんかいなかったぞ。囚われた盗賊はどこに行ったんだ?』
「さあ、わからんの。もう処刑されたのかもしれん」
『参ったな。ほかに盗賊の行方に心当たりはないか?』
「あるとすれば、貴殿が殺した魔物たちだけじゃが……なるほどのう」
『なんだ?』
「いや、いまの話で納得いったわえ。本当なら昨日、竜王軍の看守が訪ねてくるはずだったんでの。だが来んかった。なぜかなぜかと不思議でのう」
『そうか、私がその看守とやらまで殺してしまったのか。早まってしまったな』
「…………」
『ん?』
「……」
『おい、どうした?』
「すまぬ。ちょっと待っててくれるかえ」
『は? ああ、どうぞ』
「お、弟!」
魔女が、キッと俺を見た。
しわだらけの顔で俺に詰めよる。
「ひそひそ、おい弟! なんなんだえ、この化け物は! ヒソヒソ!」
「これで竜王軍が来ない理由がわかったな。兄に全員始末されたんじゃ来ないはずだ。ヒソヒソ」
「こやつ、もしかしたら竜王よりも強いぞ! ヒソヒソ!」
「だから言っただろ。人間だろうが魔物だろうが、アダンにとって他人の命なんかゴミみたいなもんだ。扉を開けたが最後、本当に殺されるぞヒソヒソ」
「じゃから! 私にはアダンに殺される理由なんか無いちゅうに! ヒソヒソ!」
「兄の話を聞いてたか? ヤツの目的は聖剣の回収だぞ。その折れた剣先、ヤツに見られたら終わりだヒソヒソ」
「……お前が持っとれ」
ポイ。
魔女は聖剣の先っぽを投げてよこした。砂でいっぱいの床に、すとんと刺さる剣先。
「うおっ! あ、あのな!」
足に刺さるとこだった。
俺はやむなくそれを拾い、巻きつけてある布を取り払う。ポケットに入れるわけにもいかないので、鞘の穴にストンと落としこんだ。
ついでに剣も鞘に仕舞う。
これで見た目だけは、元の聖剣になった。
そして砂のなかへ埋める。
念のため、上からさらに砂をかぶせた。隠しても意味ないと思ったが、とにかく隠さずにはいられなかった。
『おい、どうした?』
ドンドン。
『なんだ、なにをしている』
「いやなんでもない! 剣のことも盗賊のことも私にはわからん! ゴホゴホ!」
叫ぶ魔女。
むせているのは、老婆の姿だからしかたない。
「ゴホンゴホン! す、すまぬ。ゴホ!」
『大丈夫か?』
「だ、大丈夫ぞ。ゴホゴホ」
『それはそうと、なぜこの扉は開かないのだ? 内部から開けられないのは手紙に書いてあったが、外からも開けられないのはどういうわけだ』
「ゴホ。開かないように、私が魔法でロックしとるんじゃ」
『……なぜ?』
「竜王軍かと思ったんじゃよ! なにしろ私は囚人じゃからな。予定外の訪問者には警戒もするわえ」
『なるほど、もっともだ。それならロックの魔法を解いてくれ、開けてやろう』
「な、ならん!」
『は? どういうことだ、ここから出たくないのか?』
「ダメじゃ! 万が一にも貴殿がこの砦に入ることがないように、私と盗賊は手紙を書いたのじゃぞ。それを無碍にせんでくれ」
『いや私は入らないさ。扉を開けるだけだ。だからあんたは外に出るといい……いや、ちょっと待て』
「なんじゃ?」
『ちょっと待ってくれ。そのロックの魔法とやらを使っていれば、竜王軍の役人は入ってこれないんじゃないのか?』
「そ、そうとも」
『なら盗賊の連行部隊が来たときも、ロックしてやればよかったじゃないか。そうすれば盗賊は連れ出されずにすんだだろうに、なぜそうしなかった』
「簡単じゃよ。このロック魔法は、私の呼吸に連動しておる。息を数秒止めるたびに、ロック魔法が一定時間継続するんじゃよ。つまり突発的には使えんのじゃ」
『ほう。めずらしい呪法だな』
「さっきから何度か会話を中断してスマンが、そういう理由での。ときどき息を止めねばならんでな」
『もうその必要はない。さあ開けてくれ』
「それが盗賊の件があって以来、しょっちゅう息を止めとったもんでの。さて、あと何時間ロック状態が続くかのう……自分からは開けられんでな」
……!
俺は驚いた。
この魔女はどうしてこんなに、ポンポンと嘘をつけるのだ。




