便箋2 砦の生活 その2
「なにグズグズしてんの! はやく袋取ってよ、弟!」
魔女にどなられる俺。
お前の鳥なんだから、お前が受け取ったらどうなんだ。
というか、弟と呼ぶな。
俺はお前の弟じゃない。
おそるおそる窓穴へ手を差しこみ、鉄格子に腕をくぐらせる。
スキマの余裕なんかない、ギチギチだ。こうやってダークコンドルからボロ袋を受け取るわけだが、いつもいつも怖い。どのタイミングで掴めばいいのかわからない。
なにしろダークコンドルの爪ときたら、まるでナイフだ。下手に触ろうものなら、俺の指がちぎれかねない。
さっきも言ったが、鉄格子のスキマはようやく片手を通せるくらいの幅しかないのだ。そして窓は、限界まで手を伸ばしてやっと手首が外に出せるのだ。
つまりこの状態だと、外の様子がまったく見えない。カンと手探りで袋をつかみ取るしかない。
ぱしッ。
ダークコンドルの爪に触れずに、なんとか袋をつかむことに成功した。鉄格子の内側に、シーツ大のボロ布を引きずりこむ難しさよ。やっとの思いで砦のなかに引っぱりこんだ。
すぐさまボロ袋を床に投げ捨て、今度はこっちの袋をぐいぐいと格子のスキマから外に押し出す。さっきと違って、今度の袋は中身がパンパンだ。たかが手紙とはいえ、鉄格子をくぐらせるだけでも大変な作業だ。
途中で引っかかる。
どうにかして押しこむ。
「うわッ!」
ズルンッ!
なんとか半分ほど押しこんだところで、いきなり袋が吸いこまれていった。
ダークコンドルが、袋に爪を引っかけたようだ。そのまま、すさまじい飛翔力で持ち去ったらしい。窓を覗くと……なんという速さか、鳥はもう50メートルくらい向こうの空を飛んでいた。
「ああ驚いた、痛てて……」
せまい鉄格子に圧迫された左手がズキズキ痛い。
呪法のせいで格子に触れることはできない。
逆に言えば、それがクッションのようになって、格子で腕が傷つくのを防いでくれているとも言える。だがその反面、実際よりも格子のスキマは小さくなってしまうわけだ。
こないだなんか、腕が抜けなくなってパニックになった。
「あーあ、袋ボロボロじゃん。また縫っといて。それから、おなか空いたから早くゴハンにしよ」
かわいらしい姿の魔女。
またも年齢が変わり、今度は8歳くらいになっている。少女……いや魔女は、俺に気づかうことなく階段を下りはじめた。
「……」
俺はボロ袋を拾い、無言でついていく。
まったくどうなっているのか、魔女の背丈はぐんと縮んでいるのに、着ているローブは寸法がぴったりだ。魔女の体格に合わせて、服のほうもサイズが変わっている。
単なる黒いローブにしか見えないが、一種のマジックアイテムなのかもしれない。
ふわふわとした髪を揺らし、目下の魔女はとんとんと軽やかに階段を下る。細い体、小さな背中、袖からはみだす手の白いこと……
これがさっきまで老婆だったとは信じられない。
本当に同一人物なのか?
俺はこの半年、魔女が年齢を変えるのを毎日見せられている。女がみるみる若返り、ふたたび年老いるのだ。とても現実だとは思えない。
実際、この目で見なければ、年齢操作の魔法など信じられなかっただろう。
と―――食堂。
この砦でもっとも広い部屋だが、スペースの半分くらいしか使っていない。もう半分のスペースは物置にしていて、盾だのツボだの木箱だのを積んである。
俺が砦に来たときからこんな状態だったが、べつに片付けようという気にもならない。俺と魔女が食事をするだけの部屋なんだから、テーブルと椅子さえあれば充分だ。
テーブルにはすでに、夕食のメニューが並んでいた。
パンと干し肉と、ビン詰めのスープ、あとはフルーツが数種。見たこともない果物だが、魔界の果実だろうか。
「お皿出しといて。私、スープを温めなおす」
「ああ」
とりあえずボロボロの皮袋をそのへんに置き、言われるがまま俺は食事を配膳する。中皿を並べて、パンと肉を等分した。
あとは果物だが……皮を剥こうと思って、やめた。
なんなんだ、このビリヤードの玉みたいなムラサキの果実は。どうやって食べるのかさっぱりわからない。しかたなく大皿にそのまま盛りつける。
「スープが温まったよ、食べようか」
魔女が戻ってきた。
この果物は人間が食べても大丈夫なのか、と聞こうとして俺はギョッと固まる。
魔女が女になっている。
もちろんずっと女だったが、そういう意味じゃなく……20歳前後の年齢になっている。
こうして簡素な夕食が整った。