便箋19 来たれり その1
ガチャ。
ガチャ。
機械的にドアノブを回す音だけが続く。
「……どうする? 内ドアを閉めるか?」
「……どうもこうも、それしかないじゃないの」
ひそひそ。
俺は床に置いたままだった聖剣を拾い上げた。鞘から抜いて、外扉に向ける。先っぽが折れているが、いまの俺には唯一の武器だ。
剣を握りしめたまま、俺はゆっくりと後ずさる。そして内ドアの下に挟んでおいた燭台を、そっと外した。
魔女に視線を送る。
魔女も、俺を見て頷いた。
いつのまにか、また20歳くらいになっている魔女。その手に聖剣の先っぽを持っている。心なしか、少し震えているようだ。
無理もない。
俺だって震えているのだ。
「内ドアを閉めるぞ。魔女」
「待って。1、2の3で閉めて。私がカウントする」
内ドアを閉めた瞬間、外にいる何者かが入ってくるのは明らかだ。まず間違いなく竜王軍の役人だろう。
開いた瞬間、俺たちは外に飛び出さねばならない。
剣を突きのばし、体当たりのように駆け抜けるんだ!
くそ。
床に砂を敷き詰めたのを、いまごろ後悔する。足の踏んばりが効かない。
いいや構うか!
俺は左手に剣を持ちかえた。そして、十字になっている鍔を右手で握る。師匠直伝の突進剣の構えだ。
「魔女、ドアを閉めるのはお前がやってくれ。俺が飛び出すから、そのあとをすぐに追ってこい」
「……わかった」
ドア係を魔女と交代すべく、俺はじりじりと外扉に進む。
「弟」
「なんだ?」
「外に出た瞬間、扉を閉めたりしないでよ。私をトカゲのシッポにして、ひとりで逃げたりしないでよ」
「こんなときに冗談はよせ」
「外に出たあとも私を置いてかないでよ」
「お前こそ、そこにあるホウキに乗ってひとりで飛んで行くなよ」
「私、ホウキで飛ぶ魔法なんか使えない」
「そんな魔女が存在していいのか」
「いいのよ。じゃあ……準備はいい?」
「ああ」
「いくわよ……1、2の、3!」
バタン!
俺は内ドアの閉まる音を背後で聞くや、全神経を両足に集中して息を止めた。
行くぞ!
……行くぞ!
行く、ぞ。
「……」
「……」
4秒、6秒、10秒……俺は固まったまま、外扉に剣を向けつづける。
い、息が続かない。
「ぷはっ、ちょ……あれ?」
「……なん、あれ?」
両肩の力が抜ける。
あれ?
あれれ?
誰も入ってこない……なんだそりゃ?
「なに? どうなってんの?」
「……なんで入ってこないんだ?」
魔女が俺の横にならび、まじまじと外扉を見つめる。もちろん俺も魔女も、剣を構えたままだ。警戒を解くわけにはいかない。
魔女は右手をいっぱいに伸ばして、折れた剣をつき出している。その状態じゃ刺そうにも刺せないだろうが、シロウトめ。
いやそんな場合じゃない。
外にいるヤツは何をしてるんだ?
もう、ドアノブを回す音さえしなくなった。
「俺たちがモタモタしてたから、帰ってしまったのか?」
「ま、まさか」
ひそひそ。
すると魔女は信じられない行動に出た。
扉をノックしたのだ。
コンコン。
コンコン!
「魔ッ……お前!」
ノックしやがった!
あわてて魔女の腕をつかむ。
「なに考えてるんだお前!」
「だって、しょうがないじゃん。開けてもらわないとさ」
ひそひそ。
「だからって、わざわざノックなんかするなよ!」
「だって」
ひそひそ。
「ちょ、ちょっといったんリセットさせろ!」
「リセットって何よ? あ、こら!」
ガチャッ!
俺は大慌てで内ドアを開いた。そして、燭台をドア下に挟みこむ。
こ、これで外扉を開けることは出来ないぞ。
「ふう」
「いやちょっと弟! なにしてんの!」
「これで外扉は開けられないぞ。ざまあみろ」
「それじゃ意味ないじゃん。いますぐ内ドア閉じてよ!」
「も、もう緊張の糸が切れた。耐えられん」
「そんなことでどうすんの! 閉めて!」
「ぜったい閉めん!」
「閉めてって! いやもういい、私が閉める」
「あ、やめろ! 俺の内ドアに触るな!」
「うるさいどいて!」
ワーワー!
内ドアを閉めようとする魔女。
そうはさせじと妨害する俺。
と。
コンコン!
また表扉をノックされた!
「ぎゃあ!」
「ぶ!」
驚いた魔女が飛び上がる。
ガンッ!
たまたま真上にあった俺のアゴに、魔女の頭突きがヒットした。俺はアゴを、魔女は頭をおさえて床に倒れる。
「~~~!!」
「~~~!!」
悶絶。
コンコン。
コンコンコン!
外扉からまたしてもノック。
「あいたた、うぐ……ちょっと待ってくれ!」
魔女が叫ぶ。
まだ頭を抑えつつ、涙目で訪問者に向かって叫んだ。
「どなたか! どなたであるか!」
「~~~!!」
やめろ、と言おうとしたがダメだった。
アゴを打ったと同時に舌を噛んでしまい、俺は声が出なかった。
もうダメだ。
魔女、こいつを信じたのが間違いだった。なんてことをしてくれたんだ……
そして。
外扉の向こうから、声が返ってきた。
『そこに誰かいるのか。もしかして、手紙にあった盗賊か?』




