便箋18 魔女について その5
「短期労働者ばかりの社会になったら、いよいよ社会がスムーズに回らなくなるんじゃないか。ド素人ばかりの軍隊とかになったら、治安を維持できないだろ」
「……弟。あのさあ」
「なんだ?」
「お前……竜王と同じこと言ってるわよ」
「え、本当か?」
「うん。竜王もおんなじこと言って、私のギルドを解散させたんだもん。私の考えを、危険思想だって決めつけてさ」
「危険思想は言いすぎだと思うが……」
「それだけじゃなくて。長期的な経済発展と安定雇用を侵害するかもしれない罪で、私は終身刑よ?」
「さっきも聞いたよ。ん? 長期的な経済発展の侵害ってどういうことだ?」
「エキスパートがいなくなるんじゃないかって仮定よ。たとえば戦艦を作るとして、そのノウハウを後継者に伝授するには長い時間が必要になるでしょ?」
「うん」
「短期雇用ばかりの社会になれば、その技術を後継者に伝える余裕がなくなってしまう。そうなると後継者が絶えて、ついには戦艦を作れるものがいなくなってしまう」
「そうそう! 俺もそれが言いたかったんだよ」
「アホな理屈よ」
「ア……どこがアホなんだ。竜王の言うとおりじゃないか」
「なに竜王の味方してんのよ」
「技術の継承ができなくなったら困るだろう」
「だからこそ私のギルドが必要なんじゃないの。何万という人材のなかから、才能のある者を見つけるチャンスを増やせるんだから?」
「うむ? どういうことだ?」
「だから! 何万の短期労働者のなかには、すごい逸材が紛れてるかもしれないじゃない。そしたらそのまま直接雇用してあげればいいのよ」
「う……」
「もしかしたら労働者本人さえ自覚してない才能が、たまたま派遣された職場で発揮するかもしれないじゃない。試してみたらそれが天職だったなんて、よくある話でしょ」
「う……む」
「一生を低所得者として過ごしたかもしれない者が、職場との出会いによって高収入になれるかもしれないじゃない」
「ま、まあそのチャンスもあるかもだが」
「逆に聞きたいんだけど、雇用する側のリスクって考えたことある? 長年教えた弟子に、やっぱり才能がないのがあとでわかったらどうすんの?」
「それは……雇ったほうに見る目が無かったとしか」
「無かったじゃすまないわよ。世の中のみんなが、竜王や勇者アダンみたいなのばかりじゃないんだよ? さんざん教育した新人が、一人前になってくれなきゃ大損じゃん」
「ぐむ」
「だからこそ玉石混合のなかから、玉を探し出すチャンスを増やす必要があんのよ。それとも努力したら、弟はアダンみたいになれるわけ?」
「……無理だ」
「ほれ見なさい。大多数の人材を、試しに雇ってみる機会が大切なのよ。逆に、多くの職場を体験してみる機会も大切なわけ。私の派遣ギルドは、その役割を担ってたのに」
「担ってたって、具体的にどのくらいやってたんだ」
「え? えー……5、6年くらいかな」
「それじゃ魔界にどんな影響を与えたかなんて、まだわからないじゃないか」
「冗談じゃないわよ。何万っていうモンスターが登録してたんだから」
「な、何万? そんなにいたのか?」
「そう! ほんの1年くらいで、この規模に成長したの。どれだけ魔界に役立ったかって証拠じゃない? 表彰されてもいいくらいよ」
「いや、それだけの人数がいたら不満の声とか」
「システムに不満があるんだったら、私のギルドと契約しなきゃいいのよ。けど契約さえしてれば、かならず仕事を紹介してあげれるのよ」
「そんなに仕事の依頼なんか来るのか?」
「もうスゴかった。いっつも山のように依頼があったもん。村から軍から富豪まで、毎日100件以上の求人依頼が来てたもんね」
「す、すごいな」
「だからこそ私のギルドは急成長したんじゃん。みんな仕事を紹介してほしくて、ギルドメンバーに加入してきたわけで」
「ううむ」
「私のギルドなら、個人個人の能力に合った仕事を斡旋してあげれる。そりゃ仕事のなかには、びっくりするような低賃金の求人もあったけどね」
「だろ?」
「逆にギルドメンバーには、どこ行っても通用しないような低級モンスターもいたっけ。もう、気が遠くなるくらいなんの能力もないヤツ。でも、そんな魔物にも仕事を与えてやれる」
「それって誰もやりたがらない低賃金の仕事は、低能力の魔物に押しつけるってことだろ?」
「だから! 押しつけるんじゃなくて紹介! お試しでやってみて、イヤならすぐ辞めても辞めさせてもいいんだってば」
「ううむ……なんか引っかかるな」
「引っかからなくていいから。私は魔界のためにがんばってたの!」
「じゃあ魔界のためになることだと、竜王に訴えればよかったじゃないか」
「訴えたよ、何度も弁明書を出したんだから。でも竜王の保守的な考えは変わらなかった。命令書1枚でギルドは解散、閉店ってわけ」
「スピーディーだな」
「もうさ、化石みたいな経済学を引きずってんのアイツ! だから私みたいな進歩的すぎるアイディアを理解できないのよ!」
「そして発案者のお前は終身刑か。たしかに保守的だな」
「本気どうかしてるって。これじゃまるで魔女狩りじゃない?」
「まるでもなにも、お前は魔女だろ」
「絶対おかしい!」
そのとき。
そのとき!
ガチャ。
ガチャガチャ。
「!!」
「わ!」
心臓が口から飛び出るかと思った。
いきなりだった。
閉じられた外扉が、カタカタと動く。
誰かが外にいる!
外扉のノブを、誰かがまわしている。
「……」
「……」
俺と魔女は顔を見合わせた。
魔女は、驚きすぎて12歳くらいになっていた。
とうとう竜王軍が来たのか?
いや、ちがうかもしれない。
誰だ?
どうして入ってこない……?
いや俺はバカか。
なぜ入ってこないって、内ドアを開けたままにしてるんだから外扉が開くはずがない。
ガチャ。
ガチャ。
機械的にドアノブを回す音だけが続く。