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便箋16 魔女について その3

 


「なあ魔女。お前は、どうして終身刑になったんだ?」

「ぶっ! ゴホゴホン! いきなり変なこと聞かないでよ!」


 飲みかけの水を吹き出す魔女。

 ちょっと俺にかかる。



「かかった水」

「ゴホン、な、なによ急に! ああびっくりした」


「言いたくないなら言わなくていいが」

「べつに言いたくないわけじゃないよ。ていうか聞いてくれるんなら、むしろ(うれ)しいかな」


「終身刑になった話をするのがか?」

「どっちかと言えば聞いてほしい。だって私、なんにも悪いことしてないんだから」


「……悪くないのに投獄されたのか」

「ムチャクチャな言いがかりで終身刑にされたのよ。だって私の罪状、雇用法違反だよ?」


「雇用法? 魔界にも雇用の法律があるのか?」

「そこから!? あるに決まってるじゃないの。私は法律に従って労働組合(ギルド)を作っただけなのに、それを犯罪だって()(ぎぬ)を着せられたのよ」


「ちょっと待てよ。いったい、どんなギルドを作ったら投獄されることになるんだ」

「人材を派遣するギルドよ」



「……へ?」

「だから人材の派遣。登録したモンスターに、組合が仕事を斡旋(あっせん)するの」


「斡旋って……いや、ギルドってそういうものだろ。それってただのギルドだよな?」

「基本的にはね」


「なにかふつうのギルドとは違うのか?」

「そうね、たとえば……弟が船会社のオーナーだとしようか。来月までに戦艦を作らなきゃいけないとします」


「ふむ」

「自社にもちゃんと船大工(ふなだいく)はいるわけだけど、それだけじゃとても人手が足りない。もし弟がオーナーならどうする?」


「どうするって、すぐに人手をかき集めるよ。それこそギルドに依頼して募集する」

「どんなギルドに依頼する?」


「どんなってなんだ。造船のギルドに決まってるだろ」

「そこに依頼しても工員が集まらなかったらどうする?」


「どうするって……どうしようもないだろ。戦艦を作れるわけない。少なくとも来月に間に合わない」

「そりゃそうよね」


「戦艦なんて誰が発注してくれたか知らないが、注文はキャンセルするしかない」

「そこで私はギルドを作ったのよ。緊急的に人数を必要とする事業に、魔物を派遣するギルドを」


「……いや、だから。それはつまり船大工のギルドだろ?」

「ちがうちがう、大工とかじゃなくて。職種に関係なく人材を派遣するの」



「どういうことだ?」

「私のギルドはいろんな魔物を登録してたわ。ドラゴンもいればスライムもいたっけ。強い魔物もいれば、弱い魔物もいた」


「……えーっと、聞き間違いかな。ドラゴンもスライムも、おなじギルドに所属してるのか?」

「そう。彼らを業務のレベルに応じてどこにでも派遣する、超柔軟なギルドよ」


「えーっと……それは何ギルドになるんだ?」

「えっとが多いわね、だから何ギルドとか無いのよ。しいて言うなら人材斡旋(あっせん)ギルドって感じかな」


「よくわからないが、なんかスゴそうだな」

「さっきの戦艦作りの例えなら、剣士だろうとフェアリーだろうとドラゴンだろうと、船会社に派遣しちゃうわけ」


「はい?」

「必要なら、パン屋にでも炭鉱にでも派遣する」


「はあ? い、いや待てよ」

「なんだ?」


「それって能力的にどうなんだ」

「能力的にってどういうこと?」


「いや、なんていうか……適正というか……たとえば俺だったら剣は使えるけど、シチューの作りかたは知らないわけで」

「はあ? なんの話?」



「だから、ようするに適正だよ。剣士には剣士の、料理人には料理人の、必要最低限の能力ってものがあるだろ。料理できないやつを食堂に派遣しても、させる仕事がないじゃないか」

「あるよ」


「あるかぁ?」

「無いと思ってんの? それは弟、世間知らずすぎるって。食堂の仕事って料理するだけじゃないんだよ。ウエイターの仕事もあるし、なんなら皿洗いだってしなきゃいけない」


「う。な、なるほど確かに」

「人手が足りない食堂では、料理人がそういう雑用もしなきゃいけないわけ。ということはだよ? だれかが雑用をしてくれれば、料理人は料理に専念できるわけよ」


「ま、まあな。なるほど」

「だから私はそういうギルドを作ったのよ。職種に関係なく人手を用意できるギルドをね」


「……ふむ。ま、まあ便利そうだな」

「しかもこのシステムは、魔物たちの風紀や能力向上にも役立つわけよ」


「風紀の向上とは?」

「さっきの食堂の例で言うならさ。請負(うけおい)先の料理人が「このモン材(・・・)、使いものにならない」って判断したら、そいつをその日にキャンセルするのも自由ってわけ」


「モンザイ?」

「派遣されるモンスター人材のこと。ウチのギルドじゃ、略してモン材って呼んでた」


 ちょっと興奮してきた魔女。

 いつのまにか28歳くらいになっている。テンションが上がると若くなるようだ。



「有能な魔物には、いろんな現場からどんどん声がかかるじゃん? 逆に、無能な魔物はどんどん仕事が来なくなるわけ」


「問題大ありじゃないか」

「問題ないから。その無能にでもできる仕事を、私が探してきてやるんだもん」


「あ……なるほど」

「私は仕事の無い魔物に雇用を作ってあげる。同時に、人手の足りない事業にいつでも人材を派遣してやれる。言ってみれば、労働力の傭兵(ようへい)化って感じかな」


「う、うーむ」

「これまでのギルドは、ひとつひとつの独自性が強すぎたんだよね。冒険者のギルド、農業のギルド、魔術のギルドみたいに閉鎖的すぎた」



「ふむ……ふむ」

「もちろんそれにもメリットはあるけどね。ただそれが行きすぎた結果、あまりにも専売的になっちゃってんのよ」


「当たり前だろ。魔術家じゃないと、魔術の仕事はできないじゃないか」

「ところが実際はそうじゃないのよ。どんな職業、どんなミッションにでも、誰にでもできる雑務ってのがあるからね。その雑用係を用意するのが、私の作ったギルドなわけ」


「ふ、む」

「もちろんハイレベルの能力を持った魔物を、ハイレベルなミッションに派遣したりもするよ? でもそういう高度な仕事って、あんま多くないんだよね。依頼そのものが少ないのよ」


「まあ、そりゃそうだ。そうそう高難度の仕事なんて生まれないからな」

「でしょ? そうなったら、どんなに高い能力があるやつでも失業状態になるしかないわけじゃん? 仕事そのものがないんじゃ、能力の生かしようがないもんね」


「その時は、とりあえずの仕事を斡旋するわけか」

「お、わかってきたじゃない。とりあえずって言いかたは引っかかるけど、そういうこと。そいつに頼むにはちょっと低レベルな業務だとしても、仕事がないより絶対いいわけじゃない?」


「うーん。まあ失業状態になるくらいなら、仕事を紹介してもらえるほうがいいよな」

「そういうこと! どんな魔物にでも、どしどし仕事を紹介してやれるわけ。これが市場(しじょう)にどんだけ有益なことか、ふつうに理解できるでしょ?」


「……うん。まあ、な」

「ね!?」


「あ、ああ理解できた」

「それがあの竜王さあ!」


「ああ。あの、ちょっと声押さえてくれ」

「私が奴隷商人とおなじだって言うのよ。それで人身売買の罪で終身刑よ! どう思う!?」


「うーむ、ちょっと罪状がおかしい気がするな」

「ちょっとどころじゃないから! マジでバカみたいじゃない!? 竜王のメチャクチャな判決のせいで、私はこの砦に拘置されたってわけよ!」


「……」

「はあー! はあー! ウッ、し、心臓が……」


 息を切らせる魔女。

 この女がここまで興奮するのは見たことがない。よっぽど体に(こた)えたのか、苦しそうに脇腹を押さえている。どうやら魔人の心臓は、右の腹にあるらしい。




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イタいぜ!



チャッカマン



チャッカマン

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