便箋15 魔女について その2
……じゃあやっぱり、なんでまだ来ないんだ?
と―――
「ふわああああ。弟、おはよう」
魔女が起きてきた。
なんてことだ、14歳くらいの姿になっている。のんきにアクビなんかしやがって、状況わかってるのかコイツ。
「おはようじゃないだろ。状況くらい聞いたらどうなんだ」
「変化あったら弟のほうから言ってくるじゃん。ていうか玄関室、なんでこんな砂だらけなの?」
「さっき撒いたんだよ。血の臭いがひどかったからな」
「あ、それナイスかも。ほんでどうだった? なんか状況に変化あった?」
「ないよ。竜王軍の襲撃どころか、なんにもない」
「おっかしいなあ。もしかして逃げた看守、基地に戻る途中で事故死でもしたのかな。それならラッキーだけど」
「ラッキーなもんか。どのみち看守全員が戻らないとなれば、竜王軍が黙ってるわけない」
「それにしても、まだ来ないって変じゃない?」
それから1時間ほど、俺と魔女は玄関室で待ってみた。
昨夜と違い、会話が途切れることは無かった。
ずっと2人で対策を話し合った。
どうして竜王軍はまだ来ないのかを推理したり、もしいま竜王軍が来たらなにをすべきかを講じた。
しかし竜王軍は来なかった。
さすがに俺も起きているのが限界だったので、仮眠をとることにした。とは言え、いつなにがあるかわからない。自室からマットを引きずってきて、玄関室を出てすぐの廊下で横になる。
ところが廊下は石畳だ。
冷たい石の上は、マット越しでもひんやりする。体の芯から冷えそうで、たまらず起きあがった。
空き部屋に行って、マットとシーツをもう一組ずつ持ってくる。2枚重ねにしてから寝そべり、ようやく眠れた。
スヤ。
スヤ。
「ん。んん……」
起きた。
どのくらい寝ていたんだろう。
寝てる途中、トイレに行こうとした魔女に踏んづけられたのは覚えてる。思わず目を覚ましたが、廊下奥にある窓の外は明るかった気がする。
どうやらふたたび寝てしまったらしいな。
廊下の奥、窓に目を向けると外はもう暗いようだった。
ぐっ!
か、体が痛い。
「おはよう弟」
「……おはよう魔女」
俺と魔女は、玄関室で夕食をはじめた。ビスケットと水だけの粗末な夕食だ。ちなみに魔女は40歳くらいになっていた。
「魔女、寝てる間に変化はあったか?」
「なんにもなかったよ」
「なんで来ないんだろうな、役人」
「なんでかな」
「なあ魔女。もし竜王軍が来たら、どうすべきだと思う?」
「私にそれ聞くの? 玄関室で待機しようって言ったの弟でしょ」
「確かに言ったが、どうしたらいいのかわからない。外扉が開いたら、一目散に外に飛び出そうくらいの気持ちだった」
「弟、けっこうヤケクソなとこあるよね」
「もうそのヤケクソ感も消え失せた。とりあえず竜王軍に来てもらわないと困る」
「もしかしたら本当に来ないかもね。よく考えたら、ほっといても私たち勝手に餓死するんだし。わざわざ処刑しになんて来ないかも」
「そうだとしたら、俺たちはおしまいだな」
「何度も言うけど、竜王軍が来たとしても外扉を開けてくれる保証なんかないよ?」
「と言うと?」
「火炎魔法とか爆発魔法とか、砦ごと始末されるかもしれないってこと。もしかしたら窓から毒気魔法とか流しこまれたりしてね」
「やめてくれ。気が滅入る」
「わかったやめる」
「逆にさ、外扉を開けさせるように仕向ける方法はないかな。竜王軍が、扉を開けざるを得ないように誘導できないかな」
「私もずっとそれを考えてんのよ。でも思いつかない」
「……まいったな」
「こうやって話してたら、なんか名案を思いつくかもよ」
「どんな話をだ」
「なんでもよくない?」
「それじゃあ前から気になってたんだが、お前の服」
「服? これ?」
「ああ。お前が年齢を変えるたび、身長に合わせて服のサイズも変わるだろ? そのローブは、そういうマジックアイテムなのか?」
「これは私の魔法。着てる者の体形に、服のほうが伸び縮みする魔法をかけてんの」
「そんなことまでできるのか。すごいな」
「服はふつうの囚人服。女性用の」
「えらい黒いんだな、魔界の囚人服は」
「これメッチャ着心地悪いから嫌い」
「ふうん」
「竜王のセンスじゃないかな。古いんだよね、魔女って言ったらこういう姿だろみたいな」
「その竜王って、どんなやつなんだ?」
「へ? 竜王?」
「人間界でも、竜王の正体について話題になってるんだ。そもそも、ふつうの魔人とどう違うんだ?」
「なにも違わないよ。ただ単に、魔界でトップクラスに強いってだけ」
「強いのケタが違うってわけか。なにしろ軍団まで結成するくらいだからな」
「竜王軍は、もう私設兵団とはいえない規模だからね。3大陸14地域を支配してるし、事実上の魔界正規軍だよ」
「みんなよく従うな。恐怖支配ってやつか?」
「そうとは限んないよ。強い権力者のもとには、莫大な金が集まってくるからね。おこぼれに預かろうと、さらに大勢のモンスターが集まってくるのは当然じゃないの」
「優秀ね……」
「いまや、竜王政治を支持してる魔物のほうが圧倒的多数じゃないかな。ていうかそんなの、人間の世界でもおなじじゃない?」
「ま、まあな。否定はできないが」
「でしょ? 竜王は戦いに勝ち続けて、いつのまにか魔界最大の結社のトップになったってだけ。それが行くとこまで行って、いまでは軍事と政治の中枢まで上りつめたって感じ」
「……具体的にどんなやつだ? やっぱり竜の魔人なのか?」
「さあ? わかんない」
「へ?」
「何回かナマで見たことあるけど、そのときは老人の姿だった。けど、それは魔法で変身してるだけだね。アイツの本当の姿を見たやつなんて、マジで魔界に何人もいないと思うよ」
「……なんだそれ? 魔女とおなじで、年齢を操作できるのか?」
「わかんない。年齢操作の魔法かもしれないし、変身魔法かもしれない。あるは他人の肉体を操ってるのかもしれないしね。そのくらいの魔法なら、チョチョイと使えるはずよ」
「す、すごい……」
「そりゃそうよ。竜王は魔界で唯一、ブラックブックをすべて解読した魔人だもの」
「ブラ……なに?」
「ブラックブック」
「なんだそれ?」
「全666巻の魔術書。1冊5000ページだったかな。1ページにひとつの魔術が紹介されてるから……全巻あわせて333万くらいの魔法が載ってることになるのかな」
「……まさかその魔法、竜王はぜんぶ使えるのか?」
「うん。たぶん」
「……たとえばどんな魔法があるんだ、そのブラックブック」
「え? そりゃなんと言っても空間制御の魔法だね。この砦みたく、ひとつの方向にしか通行できなくするみたいなのとか。下には行けるけど、上に上ったら肉体が崩壊するような呪いとか」
「怖いんだが」
「ほかに有名なのだと……生物の体内に爆弾をしかける魔法でしょ。ほかには、自分の影を分身にできる魔法でしょ。息を止めてる間だけ無敵化できる魔法もあったっけ」
「……アダンでも勝てないかもしれんぞ、そんな化け物」
「やってみないとわかんないよ? なにごともね」
「ほかには? ほかに竜王のことを教えてくれよ」
「ほか? ほかには……魔界七大爵のひとりで、人間界侵攻作戦の最高責任者」
「そんな有名なこと誰でも知ってるよ。魔界の住人しか知らないことを教えてくれ。たとえば弱点とかさ」
「そんなん竜王の側近ですら知らないって。竜王はすごい秘密主義なんだから」
「そうか」
「そうだよ」
「……」
「あ、ノド乾いた。水とって」
「ああ」
「ありがと。ごくごく」
「……」
「ごくごく」
「なあ魔女。お前は、どうして終身刑になったんだ?」
「ぶっ! ゴホゴホン! いきなり変なこと聞かないでよ!」
飲みかけの水を吹き出す魔女。
ちょっと俺にかかる。