便箋11 ミーティング その2
ごく。
ごくごく。
泡の入ったレモネードも美味いような気がするな。
「魔女、今日なにがあったか教えてくれ。時系列でだ」
「いつもどおり、3人の看守が来た。今日来たのはゴブリンだった。3匹のゴブリンの看守」
「いきなりだけど待ってくれ。いつも看守はそんなに大勢で来てたのか?」
「うん。砦のなかに入ってくるのが2人。そんで1人は外で見張りしてるの。見張りっていうか、外扉を開くために待機してる係」
「なるほど。まあ、そりゃそうなるか」
「そんで2人が砦に入ってくるけど、そのうちの1人が玄関室で待ってるの。もう1人が内ドアを開けて、やっとあたしに配給物を受け渡してくる感じ」
「徹底してるな」
「そりゃだって。この砦から出るには、外から開けてもらう人手がいるもん」
「ところが今日は4人目がいたわけか」
「配給の箱の中にね」
グビ。
ごくごく。
「ゴーストとは恐れ入ったなあ……」
「あたしが箱を受け取った瞬間、いきなりフタが開いた。いきなり中からゴーストが出てきたの。出てくるなりアイツは言った。たしかに人間の気配がするぞ、って」
「……こわいな」
「もしかしたら、いつか来るんじゃないかと心配してたの。砦を自由に出入りできるタイプの看守が来るんじゃないかなって」
「……」
「でも、いつ来るかわからない。来ないかもしれない。わかんないから、配給の日は弟を地下室に隠してた」
「……そういうことだったのか」
「そういうこと」
「玄関室の血は? 看守の血だって言ってたな」
「うん。ゴーストが飛び出て地下室に飛んでったもんだから、あたしパニックになったの。そしたら看守のゴブリンが襲いかかってきた。「もう遠慮はいらないぞ」とか言って」
「……それは」
「犯されるとこだった。でもここで、とんでもないことが起きた。玄関室のドアが開いたの。バーンって」
「……え? 誰が開けたんだ?」
「決まってんじゃん、玄関室で待機してたゴブリンだよ。そいつは内ドアを開けて、「俺も混ぜろ」って叫びながら入ってきたの」
「なんて奴らだ」
「あたし、内ドアが開いた瞬間にゴブリンを振り払って玄関室に飛びこんだ。死にもの狂いで」
「よくそんなことできたな」
「腕を掴まれそうになった瞬間、32歳から7歳になったの。いきなり背丈を半分にしたら、たいていスルンと逃げれるからオススメだよ」
「いや勧められても。できるかそんなこと」
「玄関室に入ってすぐに内ドアを閉めるつもりだったけど、間に合わなかった。2匹とも、すごい速さで玄関室に入ってきたの。逃げたつもりが一転、袋のネズミになっちゃった」
「それで、どうなった」
「やっつけた」
「……どうやって?」
「聖剣で」
「聖剣!?」
「黙ってたけど、弟の剣の先っぽを持ち歩いてたの。ほら、弟がいつだったか内ドアを斬ろうとして、逆に折れちゃったじゃん?」
「……見当たらないと思ったら、お前が持ってたのか」
「うん、なにかの役に立つかと思って。それでチョンチョンって刺したら、ゴブリンが爆散した」
「チョンチョンっていうのはなんだ? 2匹とも刺したってことか?」
「2匹とも刺した。そしたらゴブリン、ボカンボカンって爆発した」
「なんてことだ」
「さっきも言ったけど、砦の外にも待機役の看守がいたはず。そいつも入ってくるかと思ったけど、入ってこなかった」
「なんでだ?」
「たぶん異常を察してだと思う。ゴブリン2匹が爆死したとき、すごい断末魔をあげたから。ぐおおお、ボカーンみたいな」
「それじゃ入ってこないだろ」
「たぶん今ごろ基地に戻って、このことを報告してるころだと思う」
「最悪だ」
「でも1個だけいいことがあったよ。ゴブリンが爆散したら、なんでか内ドアが開けっ放しになったの。勝手に閉じる仕組みになってるはずなんだけど……なんであのドア、急に閉まらなくなったんだろ?」
「ああ、それだったらなんか、金属片みたいなのがドア下に引っかかってたぞ」
「え、見てきたの?」
「ああ。もしかしたらあの金属片は、ゴブリンの鎧かなにかだったかもな」
「ホントに? じゃあゴブリンの爆死で、たまたま挟まったのかも」
「そうそう、ドアが閉まったらマズいから、いまは配給の箱を使って押さえてあるぞ」
「え? 食料も入ってるのに、配給箱をあんな血だまりに置いたの?」
「ほかに手ごろなのが無かったんだ。文句言うな」
「気持ち悪い」
「文句ばかり言うな。それでゴブリンを殺したあと、お前はどうしたんだ」
「どうって……上の階でダーコンの叫び声が聞こえたから走ってったの。そこでダーコンが裏切ったのを知って……あとは、弟が見たとおり」
ゴクン。
レモネードがなくなった。それでもなんだか、まだ喉が渇いている。
「……俺たちはさ」
「なに?」
「俺たちは、なんでこんなに落ち着いて話してるんだろうな。もっと焦るべきなのに」
「こんな砦にひと月もいたら、誰だってジタバタすんのがバカらしくなるよ」
「それもそうだな」
「ね?」
「なあ、魔女。頼みがあるんだが」
「なに?」
「……言いにくいんだが」
「なに?」
「20歳くらいになってくれないか」
「なんで?」
「イヤならいいんだ」
「イヤじゃないけど」
「……それはいったん置いといて」
「置いとくの?」
「あー……ダークコンドルは、その、お前を裏切ったって言ったよな。具体的になにをしたんだ? 密告されたって言ってたけど、あの鳥は喋れたりしたのか?」
「喋れないよ。アイツの言葉がわかるのは、マスターのあたしだけだもん。だからアイツ、手紙を竜王軍の基地に持ってったんだって」
「なるほど、鳥にしては賢いな」
「感心してる場合じゃない。アイツを孵化させてやったあたしの立場はどうなんの」
「もっと優しくしてやればよかったんだ。あの鳥はあの鳥で、待遇に不満もあったんじゃないのか? もっと耳を貸してやるべきだったんだ」
「フン……こんなふうに?」
ズル。
ズルズル。
魔女の姿が変わる、20歳くらいに。
長い黒髪の、妖艶な女に成長した。
「……」
「どう? 弟の好きな私になったげたけど」
「誰がお前を好きだなんて言った?」
「言ったも同然じゃん」




