便箋1 砦の生活 その1
拝啓
親愛なる義兄上、聖鎧の勇者アダン様へ。
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手紙、手紙、手紙。
もう300通くらい書けただろうか。
徹夜で書きまくった手紙の束はとても机に乗せきれず、床で山盛りになっていた。魔女にも書くのを手伝わせたいところだが、そうもいかない。
同じ文章を書き続けたせいで、ああ……右手が痛くてしかたがない。中指なんか、ものすごいペンダコが出来てしまった。
あの魔女は自分の年齢を自由に操れる。
自分の年齢を、だ。
ある日など60歳の姿だったのが、直後に5歳の姿になってしまった。不思議なことに、記憶まで若返ることはないらしい。幼児化しても、俺のことを忘れたりはしないようだ。
なんと言ってもあいつは魔女なのだから、年齢操作のほかにもいろいろな魔法を使えるのだろう。だが、この砦から出る魔法は知らないようだ。
と、考えていたらその魔女がやってきた。
部屋の入口で、フヒフヒと嫌な笑い声を立てている。
「おやおや、今日はそれっぽっちしか手紙を書けてないのかえ? まあええ、さっさと袋にまとめて2階に持ってお行き」
ちっ。
魔女め、いちいちイヤミな言いかたをしやがる。
今度は80歳くらいだろうか。
朝は38歳くらいの姿だっただけに、変化のギャップがすごい。
年齢を変えるたびに、話しかたまで年齢相応に変わる魔女。しわがれた声でヒヒヒと笑いながら、薄暗い廊下を去っていく。
腰の曲がったヨボヨボの後ろ姿ときたらどうだ。俺が飛び蹴りでも食らわせれば、かんたんに背骨を折ってやれるだろう。いっそ、そうしてやろうか。
「くそ」
バサッ!
バサッ!
山積みになった手紙を、皮袋につめこむ。100通ほど詰めたら袋はもういっぱいになった。
この皮袋は、サンドバッグをさらに細くしたような形だ。おそらく、この世でいちばん細長い皮袋だろう。まるで巨大なソーセージだ。
しょうがないだろう。
この細さじゃないと、窓の鉄格子を通すことができないんだから。それに、この砦にあったボロ布を縫い合わせて作ったんだからな。こんなのでも上出来なくらいだ。
たぶん袋の底では便箋がグシャグシャになっているだろう。
……知ったことか。
麻縄で口を縛って、よいしょと担ぎあげる。
壁に立てかけてある聖剣を持っていこうかと思ったが……やめた。あんな折れた剣がなんの役に立つというんだ。袋だけでたくさんだ。
ここは砦としてはそんなに大きくない。
だが、牢獄としては非常に広いといえる。
俺は半年前、自分からこの牢獄に入ってしまった。
うかつにもこの砦に侵入してしまい、脱出不可能の魔方陣に閉じこめられたのだ。
外からはかなり巨大な砦に見えたが、それは単に壁が厚いからだった。
内部は2階建ての石造り。
おっと、地下室もあるから3階建てになるのかな。とはいえ、食堂、寝室などを合わせても10室ほどのちっぽけな砦だ。魔界に無数に点在する施設のひとつである。
2階。
木製の階段を上がるとすぐに、平野をのぞく窓がある。窓と言ってもガラスはない。20センチ×20センチくらいの、ただの穴だ。
ただ奥行きが50センチ以上ある。砦のカベの厚さが、そのままトンネル状になっているのだ。具体的には、俺が腕を伸ばしてようやく指先を外に出せる感じだ。
そのうえ、真ん中あたりに十字の鉄格子がある。
人間では絶対にくぐり抜けるのは不可能だ。
そんな窓と呼んでいいのかわからない穴だから、周囲を見回すことなんてまったく出来ない。かろうじて平野のほんの1か所が見えるだけだ。
ちなみに砦の反対側はガケだ。
落ちたら確実に死ぬような断崖絶壁だ。
ああ、ちなみに誤って転落する心配はない。崖側の窓にも鉄格子があるので、落ちたくても落ちられない。まあ崖崩れでも起きたら、砦ごと真っ逆さまだが。
……俺も最初は考えたんだ。
あの鉄格子を破壊して、なんとか脱出できないかと。
窓の鉄格子は特別製だ。
どういう呪法になっているのか知らないが、鉄格子には触ることができないからだ。
「壊せない」じゃなくて、「さわれない」。
どんなに触れようとしても、あとほんのわずか触れられないのだ。握ろうとしても、どうしても指と鉄格子に数ミリの隙間ができる。
薄い空気の層に阻まれるというか……無害、かつ接触不可能なバリアのようなもので守られてるのだ。
竜王の魔方陣が、砦全体に組みこまれているらしい。
こんな高度な結界呪文は見たことも聞いたこともない。少なくとも、俺に解除できるレベルの呪術でないのは確実だ。
扉という扉、窓という窓がこの仕組みになっているらしい。
この砦に来てすぐのころ、扉に剣を叩きつけたことがある。もちろん全力でだ。残念なことに剣はポキンと折れてしまった。精霊の力が宿った剣だったが、砦の魔法を切ることはできなかった。
正直、この砦から出る方法などない。
だからこそ俺と魔女は、脱出するために協力しているのだ。そのカギになるのが、さっき袋詰めにした大量の手紙だ。
「ダーコンが来た、どいて」
魔女だ。
いつもいつも急に現れやがる。
2階に上がってきたことに、まったく気付かなかった。それより、今度は16歳くらいの姿になってやがる。かわいらしい姿……魔女は睨むでもなく、ほほ笑むでもなく、無表情でダーコンがどうのと声をかけてきた。
ダーコン?
ああ、あのダークコンドルか。
バサッ!
バサッ!!
窓の外に、巨大な黒い影が上下するのが見えた。せまい窓ごしでもわかる、すさまじい大きさの鳥だ。魔女のペットだそうだが、何度見ても圧倒される。
「ダーコン!」
魔女は俺を押しのけるように窓穴へ顔を近づけ、鳥に話しかけた。きわめて乱暴な口調で。
「ダーコン、遅いんだよ! 朝のうちに来いって言ったじゃん」
「ギャアアアアアアアア!」
魔女はふつうに話しているが、鳥のほうは鳴き声をあげるばかりだ。これで会話になっているのがすごい。
「ギャアアアアアアアア!」
怪鳥はやや上昇すると、足につかんでいる皮袋を窓に近づけた。袋と言っても中身が入っていないし、それどころか完全に破けているのでただのボロ布になってしまっている。
あれは前回、俺が渡した袋だ。
いつもいつも大穴を開けて返してくるから、また俺が縫わなくてはいけない。
「なにグズグズしてんの! はやく袋取ってよ、弟!」
魔女にどなられる俺。
お前の鳥なんだから、お前が受け取ったらどうなんだ。
というか、弟と呼ぶな。
俺はお前の弟じゃない。