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死地を探して②

「うーん、この場所をまた、遥か昔あたしが子供だった頃のように、人でにぎわう観光地にしたいからかな?」


 目の前の女性が口にしたことは、草ボーボーのこの地の現状からはまるで夢物語に感じた。


「どうしてそんなことを。できっこない」


 そこまで言ってはっとした。私、失礼なことを言ってしまった。人が頑張ろうとしてることにできっこないだなんて。


「あはは。そうだね、できっこないと思うかもね。あたしもそう感じるよ。だけどさ、この世界ってきっと、できっこないことをやることは無駄なことじゃないんだよ。失敗することは、0点ってわけじゃないんだよ」


 女性はそう言って、この空の青さのようにあははと笑った。うらやましい。私はその女性の明るさを泣きそうになるほどうらやましく感じた。


「それじゃ、私はこれで失礼します」


 次の死地を探しに行かなきゃ。そう言って私は失礼にならないようにこの場を後にしようとする。


「死に場所を探しに行くの?」


 心臓を掴まれた気持ちになった。


「なんで……」


 私は何とかかんとかそう言葉を発した。


「あはは。やっぱり図星か」


 その女性はあっけらかんと笑う。羨ましいほどの空の青さだこと。


「この場所にわざわざ来る理由なんて、この海が見たいっていうことくらいでしょ? だけどあなたったら、この場所に来て早々帰ろうとした。せっかく来たのに。なら、この場所でやりたいことがあったけどそれができないと判断したのでしょ? そのやりたかったことも、あなたのその顔を見たら、すぐ分かる」


 私は分からない。私の顔で何が分かるのだろう?


「あはは、あなた、ひどい顔よ? 思いつめたような顔。もうちょっとでも何かが入ったらこぼれちゃうコップのような状態の顔。そんなあなたがこんな人里離れたこの場所でやることって言ったら一つでしょ?」


 図星だ。図星だよ。うなだれる。何も言い返せない。でも、図星だからと言って何なのだろう? 私が死のうとしていることを分かったとしても、できることはないでしょう?


「だとしたら、何ですか? 私が死のうとしてるから何なんですか? ここで会っただけの私とあなたは無関係。もう後1時間したらお互いの存在のことも忘れる。だから、ほっといてください」


 死を覚悟しているからかも知れないが、私の語気は普段よりも強くなっていた。


「あはは。そうだよね。あたしとあなたは今たまたま会っただけの赤の他人。でもさ、残念ながらあたしはそのたまたま会っただけの人間が死のうとしているのをほっとけない質でさ、だからあなたをほっとかないの」


 その女性は一点の曇りもない眼でそう宣言した。


  私はうなだれる。どうしよう。どうするのがいいんだろう? 蝉が鳴いて、夏。私も泣きたくなる。この女性を振り切れるのだろうか?


「結構です」


 私はそう絞り出した。


「あはは、まあそうつれないこと言わずにさ。袖振り合うのもなんとやらっていうでしょ? 今日あなたがここに来たの、偶然とは思えない。たぶん、偶然じゃないんだよ。だってさ、この場所を再度復興しようと思い立ったあたしが作業を開始したのって、今日からなんだよ? 


 もしもあたしがこの作業をするのを一日遅らせてたら、あたしは作業を開始する前にあなたの死体を目の当たりにしちゃうことになってた。だから、きっとあたしとあなたのこの出会いは、運命なんだよ」


 女性は息も荒くそう述べる。


「ただの偶然ですよ。よくある偶然。ただそれだけです、私とあなたの出会いは」


 私は暗いトーンでそう述べる。私と目の前の女性のテンションは、そりゃあもう朝と夜くらいの差がある。


「あはは、知ってるよ。知ってる。でもさ、たとえ偶然でもさ、この出会いは運命なんだ。そう思ったほうが、はるかに楽しいよ」


 何故かこの女性を論破できる気は全くとしてしない。この女性の言の葉は、その口から出た瞬間真実に姿を変えるかのような錯覚に陥る。


「日が落ちるね」


 確かに昼がその仕事を定時にて終わらせるかの如く、だんだんと太陽が沈んできて、夜が夜勤をはじめようとしていた。


「帰ろ、あたしの家、ここから下りたすぐそこにあるんだ」


 私は反論を諦め、おめおめと女性の後に続く。坂道を女性は軽快にかつだが、こちらの様子をうかがいながら下りていった。私は"とぼとぼ"って擬音が聞こえてきそうなほどの弱弱しさで、石段もとい獣道を下りる。


「あなた、名前は?」


 女性が尋ねる。


「霧里 凛子って言います」


「お、いい名前じゃん。じゃあ、凛子ちゃんって呼ぶね」


 下の名前で呼ばれるなんていつぶりだろう。社会人になったら、だいたいが苗字にさん付けが一般的になり、名前なんて、フルネームを書く場合と家族と話する時くらいにしか現れなくなった。


「あたしはさ、御堂 里美っていうの。里が美しいって書いて里美。我ながら、郷土愛がありそうな名前でしょ」


 私は小さく、フフと笑った。その笑いは本当に、無意識で出た笑いであった。


「お、やっと笑った。そうそう、笑ったほうが良いよ。さっきみたいな物調面で今にも死にそうな顔より、笑った今の顔の方が百万倍かわいいよ?」

 

 やっとそこで自らが笑ったことを理解した。笑うなんて、本当にいつぶりだっただろうか? 少なくとも最後に笑ったのが思い出せないくらい前だったことは、覚えてる。 


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