死地を探して①
夏、熱い夏、太陽は燃えている。アスファルトの大地に太陽の熱がこもり、その空からの熱がアスファルトからも私を苦しめ、なんなんだよと思う。
その大地を歩く私の様はまさに、ゾンビのように見えるだろう。だがそれは、致し方ないのだろう。私はもはや生きることができず、死に場所を求めて歩く、さながらゾンビのような存在だ。
「熱い」
ただそれだけつぶやく。海の側のアスファルトを歩く。右を見ると海が見えるが、そんなことは全く興味なく、私は歩く。
生きていきたかった、生きていきたかった、生きていきたかった、生きていけなかった。そんな私だ。
吐き気のするような息苦しさは、ずっと私の心にあった。子供のころからずっと。臆病な私は人の目ばかりを気にし、そして現にその人の目が、私の息苦しさの根源だったのだろう。
泣きたくなる。本当に泣きたくなる。泣きたくなります。
アスファルトの大地でアリの軍隊が死んでしまったバッタに群がって、えっさほいさとそれを運ぼうとしている。そんな一連のお仕事を邪魔しないように私は歩幅を広げて歩く。
羨ましい。
私は心の底からそう思った。私はあのアリのようになれなかった。決してとしてうだつが上がらない社会人だった。要領が悪く、常々他者に迷惑をかけた。先輩や同僚からたくさんの仕事を振られたが、私はてんぱり、その仕事を綺麗にこなすことができなかった。
たくさん迷惑をかけ、怒られ、そして自信を無くし、いつしか私は会社に行けなくなってしまった。会社に行く前動悸が激しくなり、冷や汗だらだら、込み上げる吐き気と相まって、私の足は鉛のように玄関から出なかった。
我ながら不思議だったのだ。本当に私のものではないかのようにその足は動かなかった。そして私はそこから会社に行けなくなり、それから休職1か月を経て退職。そこからは何もせず貯金を使い続ける日々。
父は死んで、母はおばあちゃんの介護をしている。金銭面はかつかつ。そんな母に心配をかけたくなかった。たまにかかってきた母からの電話でのお決まりの質問。
「仕事はどう? 頑張れてる?」
に対してのお決まりの嘘。
「うん、なんとかついていけてるよ。大変だけどね」
そんな言葉をなんとかかんとか絞り出し、電話口で伝わりもしないのに笑顔を作る。
そんな生活も成り立たなくなった。貯金がなくなってきた。だが、不思議と焦りはなかった。
私はもはや絶望しており、貯金が尽きたら死のう。そう決めていた、そして現に私はそれを実現するのだ。
これは私の最後の旅で、目的は死地だ。私はゾンビのような歩きで自らが決めた死地に向かう。
ここはさびれた村で、もう人は住んでいない。ちょっと前までは多少は老人が住んでいたみたいだが、今はもはやその人たちもいないみたい。
廃れた道。悲しい村。聞こえるのは蝉の声ばかり。綺麗な海。だから、私はここを選んだ。人間社会に馴染めなかった私は人のいない、少しばかり自然の綺麗なこの廃村を死地に選んだのだ。
空は高い。こんな日に私は死にに向かう。アパートには遺書を置いてきた。ありきたりなやつだ。死を選ぶ私をお許しくださいとかなんとかかんとか適当なことが書かれている、普通の遺書。
山を登る。ほとんど獣道のような道。昔はもうちょっと整備されていたらしい石段には苔が生えていたり、木が落ちていたりといって、危なく歩きづらい。それでも私は歩く。
スニーカーにGパンにTシャツ。Tシャツには大きなツキノワグマの絵が描かれていた。そんな出で立ちで私は階段を上っていく。ゾンビの行進はゆっくりとだが確実に、死地に向かう、残酷な階段を進んでいく。そして私は、目的地についた。
そこは、麓から30分程時間をかけて、何とかかんとか上がり切った山の上の開けた場所だった。
海が見える。地平線の果てまで海が見える。私は涙が出る。たどり着いたのはとても綺麗な場所で、言い換えると私の死ぬ場所だ。元々観光地だったがもはや人が訪れなくなったこの海が見える場所、通称”希海ヶ原”。リュックサックの中にはひもがある。これを適当な木にかけて、そして私の人生が終わる。
死にたかった。死にたくてここに来たのに、足がすくむ。涙が落ちる。
「ごめんなさい」
何故かその言葉が出た。
だが、私は死ぬ。覚悟を決める。
しかし、その覚悟は残念ながら、叶わないかもしれない。
「珍しいね、こんなところにお客さんなんて」
私はこの場所を死地に選んだ。その理由の一つとして、この村は廃れており、人がいないからだ。だが、私が死地に選んだこの場所には人がいて、私に笑いかけてきている。
絶望した。私は死ぬ場所を決めることすらうまくできないらしい。人がいる横で自ら死ぬなんてできるわけがない。
「なにしてるんですか?」
私のそんな疑問に、なにやら作業をしていたらしい女性は手を止め、こちらに向かってきた。そして、私に向かい合って立つ。
背の高いすらっとした女性だ。私よりも背が高く、真っ赤な長髪をポニーテールで結んだかっこいい女性。身に着けたのは体を動かしやすそうだが、お世辞にもお洒落とは言い難いジャージ。だが、そのダサいジャージすらその女性が身につけるとかっこよく感じる。
「あはは、ここら辺の草刈り。ここら辺汚いでしょ? 昔は結構綺麗な場所だったんだけど、もはや見る影もなくなっちゃってさ。だから、草むしりしてたの」
確かに草ボーボーなここは、お世辞にも綺麗な場所ですねとは言い難い。
「なんのためにそんなことしてるんですか? ここはもう廃村で、元観光地だったこの場所にも来る人なんて誰もいないのに」