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Summer

作者: 芝田 弦也


休日がもうじき終わろうとしているのに、特にすることもなくテーブルに突っ伏していた。携帯端末で暇つぶしをするのも嫌になる位に、目や首や指が痛くなってきたから今は触る気にもなれない。かといってこのまま布団に入ってしまっては折角の休日の夜が呆気なく終わってしまう。何しようかなぁ。どうしようかなぁ。うだうだ考え込んでいたら、開け放った窓からときたまひんやりとした冷たい風が室内に入り込んできた。

室内はいまだに熱気が抜け落ちていないからじりじりとした熱気が残っているというのに、部屋の中に入り込んでくる風は夏の顔を完全に潜めた秋そのものだ。

日中には感じることのなかった湿度を伴わない乾いた風が、ノースリーブで露出している腕や肌に当たって肌寒さを覚えるくらい。

昼間のやる気をも削ぐ暑さとは無縁の、涼しい季節に移り変わろうとしているんだね。


窓に目をやり耳を澄ましてみると、虫たちが自分の身体を駆使して合奏会を行って小気味いい音を奏でている。大衆音楽を流さなくても心に潤いを感じられるのはありがたいかも。

虫ってなんで音を出しているんだっけ……? そうか求愛か!


秋の顔が見え隠れする夜更けに私は閃いた。


好きな人はいないけど、ラブレターでも書いてみるか!

なんだか面白そうだぞ。夏はベタベタしすぎて恋文とか無縁に思えるけど、今の気候ならば、さらっとしているからなんとなく合いそうだし。


大海原のように何処までも広がって見える真っ白い紙面と、その海を自由に泳ぎ回ることのできるペンを握りしめていた。何を書いてもいい。何を想って何を綴ろうがいいんだ。

天井から降り注いでくる暖色の明かりが、紙面にスポットライトを浴びせるように光を照らして際立たせていた。かつての文豪たちは誰に何を向けて言葉を綴っていたのだろうか。

恋文を書いていたわけじゃないのだから、仮想の相手に向けていた訳じゃない? 内なる情動に駆られてペンを走らせていたのかな。物思いに耽ることができたのなら、その思いを吐露する為に指を動かせばいいんだきっと。

んー。だめだ! 相手が居ないと成立しない! 思いを届けたい相手を想定しないと書き始めることができない! こうなったら小学生の時に好きだった子の事を思い浮かべてみよう。


終わりの見えない自由な空間に見えていたものは、自由奔放に動き回っていたらあっという間に想いをのせた言葉でぎゅうぎゅうに詰められて犇いていた。

誰かを想うことでそれだけで心が占められていくように、ページの中を想いの言葉だけで埋め尽くし自由に見えた場所は消えてしまっていた。


びっしり書き込まれた紙を見ているとやりきった充実感を覚える。

私だってやろうと思えばできるんだ。

何に対する自信なのかは分からないけど、漲ってくる肯定感が私の心を豊かにさせてくれていた。時計を確認すると日付が切り替わっており、夜が更に深まっていたことを知る。

充足感に包まれたまま寝れば心地いいだろうきっと。


秋風と虫に別れを告げるように窓を閉めて、ベッドの中に潜り込んだ私。


朝の訪れを知らせる時報で、まどろみの中から這い出てきた。

寝ぼけ眼で起きだして、テーブルを確認すると昨日書いた手紙が目に飛び込んできた。

昨夜まであった充足感はすっかり抜け落ちて、なりを潜めていた夏の暑さはぶり返し、私の顔は恥ずかしさで熱くなってしまった。

羞恥心で夏を通り越した寒さで鳥肌が立ったけど、秋の訪れと呼ぶにはまだ早い残暑の時。

暇つぶしで想いを綴る行為をするのはやめようと誓い、怪しげな恋文を完膚なきまでに破り捨てた。


あと少し。日中はまだまだ暑い日が続くだろう。

気の迷いは捨てて、残りわずかな今を楽しもう。

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