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或る勇者

作者: うらとも

男2

勇者のみ女でも可

勇者:魔王を討伐し、世界を救った英雄。だが、その力を恐れられ、王によって地下牢獄に監禁された。


王:勇者に魔王討伐を命じた王。魔王討伐後、勇者の力に怯える民を安心させるため、勇者を地下牢獄送りにした張本人。


王女:未登場。王の娘。勇者とは相愛の仲だが、彼が地下牢獄送りになることを止められなかったことを悔やんでいる。今の勇者にとって唯一の希望。


 :本編


 :王城。地下牢獄。


 :扉の前にやってくる王。


勇者:「――よお。王様。久しぶりにツラ見せたと思えば、ずいぶんと辛気くせえ顔してるじゃねえか」


王:「勇者よ。そういう貴様はずいぶんと見窄らしくなったものだな」


勇者:「はっ。誰のせいだと。――で? 外は今、ずいぶんと騒がしいみたいじゃねえか」


王:「知っていたのか」


勇者:「これでも元、勇者だからな。力まで奪われた覚えはねえよ」


王:「ならば話は早い。協力してくれ」


勇者:「おいおい、ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ。俺をこんな地下牢獄に閉じ込めておいて、何都合のいいこと言ってんだ? あんたんとこには立派な騎士団がいたはずだろう?」


王:「外の現状を知っているなら、騎士団が今どのような状況かもわかっておろう。人手が足りておらんのだ」


勇者:「徴兵しろ」


王:「無茶を言うな。民にそんなことを強いれば、たちまち王政は破綻する。内紛によって自壊するなど、もってのほかだ」


勇者:「じゃあ潔く散るんだな。民を守りきれなかった愚王として」


王:「そうならないために、貴様にこうして頼みに来ているのだ」


勇者:「話聞いてたか? 俺は手伝わねえから諦めて死ねって言ったんだぜ?」


王:「勇者よ。貴様の怒りはもっともだ。だが、あの場ではこうするしかなかった。貴様もわかっておろう」


勇者:「魔王を倒して、世界に平和をもたらした英雄が、次の魔王候補? 馬鹿馬鹿しい。力を持たない連中は何かに怯えてないと生きてられないのか?」


王:「長い間、魔王という恐怖にさらされて来たのだ。平和が戻ったと言っても、すぐさまそれに慣れるわけではない。民は安心したいのだ。次の未知なる恐怖を考えるよりも、身近にある恐怖を知ることで。さらにそれを抑え込むことで、目の前にある平和が真実のものであると。そう信じたいのだ」


勇者:「だからその贄になれって?」


王:「わかっているからこそ、貴様もここに収まっているはずだ」


勇者:「魔法防壁まで張っておいてよく言うぜ。これじゃ無理やり出ようとしたって5分はかかる。その間に封印でも掛けられれば、さすがに打つ手がない」


王:「だが、それをおいても理解していない貴様でもあるまい」


勇者:「言っとくが、納得してるわけじゃねえ。この怒りは本物だ。むしろ、自分が守ろうとした連中が、ここまで弱い存在だったことに驚いてるぜ。俺が城を出る時、みんなが笑って送り出してくれた。それがどうだ? 魔王を倒して戻ってきてみたら、一様に不気味なものでも見るような目で睨みつけてきやがった。感謝の一言もなくだ。挙げ句の果てに、俺が次の魔王? ふざけるのも大概にしろよ。自分じゃ何もできないくせに、人を指差すときは一人前か。それで? 今はなんだ? 別の恐怖が現れたから、助けてくださいだ? ほんと、何様のつもりだよ」


王:「勇者よ。民とは弱き生き物だ。誰かに守ってもらわなければならない。そうして選ばれたのが貴様だったのだ。責任を感じろと言うわけではない。だが、どうか使命と思って、果たしてはくれないか。己を襲う理不尽ごと包み込んで、どうか再び、その手に悪を滅するためのつるぎを持ってはくれないか」


勇者:「何度も同じ話をさせるな。もし、それでも俺を働かせたいって言うなら、国民全員をここに連れて来い。そして土下座させろ。そうすれば考えてやるよ」


王:「勇者よ。それでは民の恐れる、次の魔王の姿と変わらぬのではないのか」


勇者:「そうさせたのは誰でもないあいつらだ。それが嫌なら、その別の恐怖とやらに潰されるんだな。俺はその骸の上で、高らかに笑ってやるよ」


王:「……そうか。ならば、仕方ない」


勇者:「はっ。ようやく諦めたかよ」


王:「あぁ。私も、この手は取りたくなかったのだがな」


勇者:「あん? なんだよ。言っとくが、俺に洗脳の類は通用しねえぞ。封印術ならまだしも、悪意の技なら加護が働く。これは神の領域だ。誰にも抑え込むことはできない」


王:「そんなことはせん。ただ――。我が娘を、代わりの勇者として立てなくてはならん」


勇者:「はあ?! おい! そりゃどういうことだよ!!」


王:「そのままの意味だ。貴様が勇者としての役割を降りるのであれば、代わりの人間が必要になる」


勇者:「だからってなんであいつが!」


王:「あの子自身が望んだことだ。貴様が魔王を討ち倒し、この城に戻ってきた時、民の疑念から貴様を守ってやることが出来なかったからとな。その責任を果たすため、あの子は次の勇者になることを選んだのだ」


勇者:「……あいつ、なんてことを……!」


王:「貴様も知っておるだろうが、勇者とは本来、神に選ばれたもののみがなれる絶対無二の存在だ。故に、代わりの役など立てられるものではない。だが、唯一、勇者が自らその任を降りる時、その特性を他者に移し渡すことができる。そしてその権限を持つのは、この私だ」


勇者:「お前……!」


王:「これでも私はこの国を統べる王だ。貴様と同じく、神にその役割を認められたな」


勇者:「だからって、俺の同意もなしにその権限が行使できるわけ……!」


王:「残念ながら、貴様の意思は関係がない」


勇者:「――っ!」


王:「あくまで貴様と私は同列なのだ。だが、無闇な勇者の転位は混乱を招く。ともすれば、民の反乱を誘発しかねん。しかし、貴様の意思が外に出ない今、そして民の疑念が貴様に向けられている今、私の行為は是として認められる」


勇者:「あんた……、それでもあいつの親か……」


王:「先にも言ったであろう。これはあの子の意思だと」


勇者:「それを認めるのか!」


王:「親の情よりも、時には優先させなければならないものがある。それが一国の王というものだ」


勇者:「……おかしいよ、あんた……」


王:「人ではいられないのは、お互い様ではないかな? 貴様とて、まさか自分を人だとは言うまい」


勇者:「…………」


王:「さて。それでは勇者よ。貴様から勇者の力を剥奪する。安心してくれ。これまでと生活は変わらん。ここにいてさえくれれば、要望はいくらでも叶えよう」


勇者:「勇者の力を失っても、ここから出られねえのかよ」


王:「念のためだ。貴様に力が残ると言っているのではない。民への体裁のためだ」


勇者:「……はっ。ほんと、クソみたいな役割だな、勇者ってのは」


勇者:「…………」


勇者:「……いいぜ。やってやるよ」


王:「なにをだ」


勇者:「しらばっくれんな。――勇者だよ。続けてやるっつってんだよ」


王:「おお。そう言ってくれると思っていたぞ」


勇者:「クソが。よくもまあいけしゃあしゃあと」


王:「そう睨んでくれるな。私とて、娘を守りたかったのは同じだ」


勇者:「脅しに使っておいてよく言うぜ」


王:「――では、力の剥奪はやめにしよう。改めて――勇者よ。国王として、その名をもって貴様に命じる」


勇者:「……ほんと、最悪だな……」


王:「世に復活せし魔物の掃討、およびその原因について調査をせよ」


 :


勇者:「――っ! あー、くそ。太陽の光なんて何ヶ月ぶりだ? 目が焼けそうだ……」


王:「勇者よ。旅立つ前に、ひとつ聞いておきたい」


勇者:「あ? なんだよ」


王:「此度のこの事態、貴様はどう考える?」


勇者:「……そうだな。まず思いつくのは魔王の復活だが、綺麗さっぱり消し去った上、存在そのものに封印魔法を幾重にも掛けたんだ。それはあり得ねえ。なら、人の手による魔物の召喚だが――これも、多分ちがう。魔物の復活は国全土で確認されてんだろ? そんな規模の召喚魔法、仮に大魔法使いでも100人以上は必要になる」


王:「では、他になにがある?」


勇者:「……あり得るとするなら――。魔王の魂の召喚」


王:「魂の召喚? だが、先ほど魔王に対しては存在そのものにまで封印をかけたと……」


勇者:「あぁ。だが、魂ともなると話は別だ。魂ってのはそれだけだと不安定なんだよ。それを入れる肉体があって、はじめて安定する。器に注いだ水と同じだ。器を傾ければ、たちまち水はこぼれて形を失う。俺たちが封印をかけた存在ってのは、つまり魂と肉体を繋げる意味合いそのものなんだよ。わかりやすく言うなら、水が注がれないよう、器に蓋をしたみたいなもんだ」


王:「故に、魔王の魂は安定しない……」


勇者:「あぁ。安定しなければ、勝手に消滅する。何度復活しようともな。だが、何一つ出来ないってわけじゃない」


王:「……何ができると言うのだ」


勇者:「それが、今回の肝なんだよ。……もし、誰かが魔王の魂を復活させて、自分の体に取り込んだなら――一時的にではあるが、魔王の復活は可能になる」


王:「なんだと……!」


勇者:「だが、本当に一時的だ。大魔法使いでも、もって1週間。並の人間なら、3日ともたない」


王:「……ならば、そこまでして果たそうとする目的はなんだ? 3日や1週間でなにができる?」


勇者:「……さあな。それが予想できないから怖いんだよ。俺が地下牢獄に閉じ込められたと知って、短期間で世界征服が出来ると企んだか……、仮にそうだとすれば、見通しが甘くて安心するんだけどな。そうじゃない場合……」


王:「……勇者よ。図々しいことはすでに百も承知している。だが、改めて言わせてくれ。――どうか、我々を救ってくれ」


勇者:「…………」


勇者:「……悪いが、俺はあんたらを救うつもりはない。どうせ感謝もされねえんだ。助かるんなら勝手に助かることだな。ただ――。ただ、俺はあいつだけは絶対に救う。俺に向けられた悪意に、もう巻き込まれなくて済むように」


王:「…………」


王:「――勇者よ。これを」


勇者:「あん? なんだよ、これ」


王:「あの子から君への手紙だ」


勇者:「っ!」


王:「君が往くことを知り、急いで書いていた。こんなに汚い字は見せたくなかったと言っていたよ」


勇者:「…………」


王:「だが、君にどうしても伝えたいと、あの子の想いの全てが、ここに綴られている。読んでやってくれ」


勇者:「……あいつ」


勇者:「…………」


勇者:「……いや。やめておく」


王:「は?」


勇者:「あいつのことだ、どうせ慣れてもねえ罵詈雑言使って、俺が後ろ髪引かれないように気ぃ遣った文章書いてんだろうけど、逆効果なんだよな。そんな風に思っちまったら、せっかく割り切った決意が揺らい仕舞う。……だから、これは読まない」


王:「……本当によいのか?」


勇者:「あぁ。あいつには、読まずに破り捨てたってそう言っといてくれ。俺を地下牢獄送りにした奴の言葉なんざ、聞く気もないってな」


王:「……わかった。その旨、正確に伝えよう」


勇者:「頼んだぜ」


王:「だが、せめて持ってはゆけ。あの子のことを想うならば」


勇者:「…………」


勇者:「……わかったよ」


王:「――では。勇者よ。頼んだぞ」


勇者:「任せてください、なんてもう言わねえぜ。ただ、忘れるなよ。俺が誰の平和を望んでいるのか。それさえ間違えなけりゃ、あんたはまだ王でいられるさ」


 :勇者、旅立つ

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