七 「あと念のためガスマスク?」
「んでな」
澪がインスタントコーヒーの瓶を傾ける。カップ二つと紙コップに、ざっざっと雑にコーヒーの粉末を入れた。
湯守の使う石段途中の小さな建物。炬燵が半分ほどを占める狭い部屋に、琴吹は入浴後に招待されていた。
先程、入浴場の前で美人に言われた「嫌な匂い」は、この二人は気にならないのだろうか。
聞いてみようかと思ったが、「マジで臭い」とでも言われたらショックなので聞かずにいることにした。
二人の表情を見てると、今のところ匂いを我慢しているという風には見えないが。
ちらちらと目線を動かし室内を見回すと、小さな液晶テレビに電気ストーブ、少々のお菓子や食器などが置いてあり、ちょっとした隠れ家という感じだ。
「湯ノ沢さんに荷物持ちお願いできないかなって泉ちゃんと話しでたんだ」
コーヒーの粉末を入れ終えると、今度は粉末タイプのコーヒーミルクの瓶を取り出し、ざっざっと雑に入れる。
「えと」
琴吹は、何気なく澪の手元を凝視した。
ドライヤーなど備えている入浴場ではないので、髪はタオルで水気を取ったまま湿っている。
初日は帰りに湯冷めするのではないかと心配したが、温泉の湯はいつまでも身体が火照っているので、乾くまで放置してても寒さを感じない。
泉や澪も入浴後には湿った髪を放置なのだろうかと、つい悶々と考える。
「ん? ミルク要んない?」
瓶を傾け振っていた手を不意に止め、澪が確認する。
「いや……いいけど」
自分のものと思われる紙コップには、既に粉末ミルクが山を作っていた。まだ入れる気なんだろうかと琴吹は困惑する。
「お湯は自分で好きな量淹れでね」
澪がニコッと笑いながらそう言うと、泉が片手で電気ポットの取っ手を持ち、ドンッと炬燵の天板の上に置いた。
「あっ、ども……」
二人とも、可愛いけど雑というか大雑把というか。でも可愛いんだけどと琴吹は思った。
「あの……二人とも親戚か何か?」
個人情報に当たるだろうか。聞いて良いだろうかと戸惑いつつ、琴吹は質問した。
泉が、すっと顔を上げる。
「あっ、聞いて嫌なら答えなくていいです。すみません。何か顔立ちが似てるなって」
琴吹は両手を振った。
「この辺の土地の典型的な顔だ」
泉が興味もなさそうに言う。
「余所から来た人には似た感じに見えるらしいよね。観光客の人で時々いるよ。さっき行った店の奥さんにそっくりだけど、姉妹ですかとか聞く人」
ポットのお湯を淹れながら澪がそう説明する。
「はあ」
琴吹はぼんやりと相槌を打った。
地元の戦前生まれの年寄りがそんな話をしてた気がする。戦時中に疎開してた土地の人は、関東で見かけても顔立ちで分かるとか何とか。
全然ピンと来なかったけど。
目の大きい可愛い顔立ちの子が多いってことか。第六くらいの志望で渋々来た土地だが、案外ラッキーなのかこれと思う。
「あ、んで、荷物持ちいい?」
澪が明るい調子でそう尋ねる。
「荷物持ち……」
何気なく泉の顔を見る。どっちでもいいという感じでミルク多めの薄茶色のコーヒーを飲んでいた。
「いや……何の」
「山に行く時のでねえか。泉ちゃん、なんも言ってねえの?」
澪が泉を見る。
「よその人に頼んでもな。湯ノ沢さん、嫌なんでね?」
泉がそう言う。
「でも頼めそうな人って、あと爺ちゃんばっかでね?」
「え、山って」
「源泉見に行くの。結構山ん中なんだ」
そう澪は説明した。
源泉を見に行くとか何とか、数日前に言ってたかと琴吹は思い出す。
「何人くらいで?」
「あたしと泉ちゃん二人だな。今んとこ。湯守の婆ちゃん、腰悪くて登れねえし」
琴吹は眉を顰めた。
女の子二人。どれくらいの山奥なのか知らないが、まだ雪があるんじゃないかなと思う。
「いつもの定期的な点検ならともかぐ、今回は何あるか分がんねし」
泉がそう言いコーヒーを飲む。
「湯ノ沢さん、言っちゃ悪りいけど荷物持ち頼めるほど力持ちって感じでもねし。何か出だら弱っちくて死んじまうかもしれねし」
純朴そうな地元言葉でずけずけ言うなあと琴吹は顔を歪ませた。
「でも男の人一人くらいいた方が良くね? 何となく」
澪が言う。何となくなのかと琴吹は縮こまった。
そういえば女性の方が気が強い土地なんだったか。
「荷物って……どのくらいの」
琴吹はそう質問した。即座に断るのも格好が付かない気がする。
「主に掃除用具かな。あと念のためガスマスク?」
突然ハードなものがと琴吹は軽く固まった。
女の子二人で、そんなものが要るかもしれない場所に行くのか。断れんだろと思う。
「いや……いいけど。休講の日とかなら」
そう琴吹は答えた。ちょっと怖いし、しんどそうだが。
「やたっ」と澪が声を上げる。
「湯ノ沢さん、登山靴ある? 無ければ長靴でいいよ。雪で滑るがら、荒縄巻いて来てね」
澪が装備の説明を始める。
「荒縄」
そんなもん、AVでしか見たことが。
美少女二人を前にして、唐突にそんな連想をしてしまった。




