六 「うっわ。一回目で大凶引いた人初めて」
可愛いJKの湯守代理が、実は修験者みたいに妖怪調伏する能力持ちとか。
ラノベや漫画じゃあるまいし。全く信じられない。
夜八時ちょっと前。
いつもの通り琴吹は入浴道具を手に霧湯を訪れた。
佐藤商店で十枚ほどまとめ買いした “湯札” を一枚だけ切り離し、湯守のいる小さな建物前の木箱に入れる。
すっかり慣れて来たなと、上機嫌で小さな窓に向けて会釈した。
「あ、湯ノ沢さん、コーヒー飲みません? コーヒー」
可愛らしい声を上げて中から手を振っていたのは、佐藤商店の娘、澪だった。
炬燵が半分ほどを占めている狭い部屋に、泉と二人仲良く座っている。天板の上にカップを二つ並べ、インスタントコーヒーの瓶を傾けて雑にコーヒーの粉末を入れていた。
「え……えと。お風呂入ってから……」
どういう表情をしていいか分からず、琴吹はついヘラッと笑ってしまった。泉が興味なさげにこちらを眺める。
「だな。泉ちゃん、入ってる人いでも時間になると掃除始めちまうからな。さっさと上がってからの方がいいな」
澪がポットの給湯ボタンを押し、湯を注ぐ。もわっと湯気が立った。
確かに、と琴吹は思った。
初めの頃、時間も気にせずに入浴していたら掃除道具を持った泉が入浴場に入って来て床磨きを始めたのでビビったことがある。
「時間言ってあんだから、掃除始めで何が悪いの」
コーヒーを口にしつつ泉が言う。
悪くはないです。時間を意識せずにいたこちらが悪いんです。琴吹は内心で謝罪した。
しかし場所は男湯だ。女の子には見られたくないものにもう少し気を使って欲しかった。
「あ、そだ。湯ノ沢さん、クッキー食べる?」
澪が六角形の抽選箱のようなものを差し出す。「御神籤クッキー」と派手なロゴが描かれていた。
「引いて引いて」
困惑したが、籤をモチーフにしたクッキーかとすぐに気づく。「いいの?」と言って手を入れた。
黒い色のパッケージを取り出す。黄色い文字でデカデカと「大凶」と書かれていた。
つい固まる。
「うっわ。一回目で大凶引いた人初めて」
澪が大きな目を丸くする。次の瞬間、一転してにっこりと笑い「美味しいですよ、とぞ」と言う。
ま、遊びだしな。彼女もそのつもりなんだろう。
一瞬でも気にしてしまったのが恥ずかしい。
澪の傍らでは、泉がスマホを見ながらクッキーを二、三袋ほど開けポリポリと食べている。
「はは。風呂入ってから食べるから」
琴吹は早足で石段を一、二段ほど降りた。
「ごゆっくりぃ」
澪がにこにこと手を振る。
気にしてはいないが。そう思いながら、琴吹は階段を降りた。
そういえば、ここの近くの神社で災いを嘘に変える縁起物が買える日があるとかネットで見なかったっけ。
行ってみようかなと思ったりする。日付を改めて調べて。
いや気にしてないけど。
地下の一番下まで降りると、左手に男湯と女湯の入口扉が並んでいる。右手には物置の入口らしき扉。正面には神棚。
右手の扉の横にあるベンチに、浴衣を着て座る女性がいた。
二十代前半ほどだろうか。
長い黒髪を腰まで垂らし脚を組んだ様子が色っぽく、下半身が大蛇の妃永さんと同列の艶っぽさを感じる。
この人は人間だよな。そう思いつつ琴吹はつい凝視した。
胸元を見る。何でそこを見るのか自分でも分からんが、視線を移してしまう。
デカい。
浴衣の袷がもう少し開いたら谷間がヤバくないか。余計な心配をしてしまった。
女性が顔を上げこちらを見る。
切れ長の目、通った鼻筋、形の整った唇。
凄え美人と琴吹は思った。
ここに入浴しに来たんだろうか、それとも入浴後なのか。後者なら惜しかったと思ってしまう。
「キミ、この辺の人?」
女性がそう言い、唇の端を上げて笑いかける。
「あっ、えと。最近、こちらに引っ越して来て。し、進学で」
緊張して琴吹はそう答えた。
「ふぅん」と頷き、女性が立ち上がる。
長い髪をサラサラと掻き上げる仕草が、エロいと思ってしまった。
この辺の人かどうかを聞くということは、観光客だろうか。
たまにホテルの温泉だけでなく、街中の共同浴場めぐりをする人もいると同じアパートの人が教えてくれたが。
「ふぅん」
もう一度そう言い、女性が琴吹に歩み寄る。
くんくんと軽く鼻を鳴らすような音をさせた。
い、いい匂いだなあと思う。湯上がりの湯気の香りに、ほんのりお香のような香りが混じる。
親戚の親戚のかなり遠縁が神社だが、そこで嗅いだ白檀の香りに似てる。
だが、ややしてから。
「あれ」と琴吹は眉を寄せた。
物凄くいい匂いの中に、微かに硫黄の匂いが混じっているような。
温泉巡りしまくってるんだろうかこの人、と琴吹は思った。
この硫黄の匂いは、別の温泉の匂いなのか。
「あらやだ」
女性がくんくんと鼻を鳴らす。
「キミ、泉ちゃんのお友達?」
「え」と琴吹は口元を歪ませた。
「いいいいいえ、ゆ、湯守と入浴客として良好な関係に努めておりますが、おおおおお友達ってほどじゃ」
美少女JKとお友達。照れる。高校時代には一切無かったから。
「ちょっと嫌ぁな匂いがする」
女性がニッと笑ったように見えた。琴吹が表情を確かめる前に踵を返し、石段を昇って行く。
何か変な匂いでも付いてたか。先程クッキーを貰った際、泉と澪もそう思っていたんだろうか。
琴吹は自身の着ている服のあちらこちらを摘まんだ。クンクンと音を立て、しばらく執拗に嗅いでいた。




